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3分で読める短編:熱帯夜

 飲み物でも買いにコンビニに行こうとアパルトのドアを開けた瞬間、いわゆる夏の匂いに包み込まれて私は思わずイヤホンを外した。

 私にとっての夏の匂いとは、すなわち小学校のプールの匂いだった。今年引っ越してきたこのアパルトの目の前には小学校がある。今まで毎朝毎晩仕事に行く時と帰ってくる時はこの小学校の前を通っているはずだが、プールの匂いを感じたのは始めてだった。

 なんだか懐かしい気持ちになって、小学校の門の前に立ってみる。なんだか小さく感じられるのは、単に私の身体が大きくなったからなのか、それとも私の通っていた小学校の門が特別大きかったからなのかは分からない。

 自分の家の目の前なのに、不思議と「せっかくだから」という気分になって、小学校の周りをぐるりと周ってみることにした。玄関のガラスに貼られた今月の標語。周囲を囲むフェンス越しに見える校庭のサッカーゴール。家庭科室のカーテンの隙間から見えるネットに入った黄色い石鹸。夢中になって歩いているうち、気づけば目の前にプールがあった。

 もう夜中だというのに、不思議とプールには綺麗な水が張られているようだった。私はフェンスを越えて、少しだけプールの水に触れたいと思った。勿論不法侵入であるし一瞬思いとどまったが、一層強く香ってくる塩素の匂いが私の心を身体ごと強く引っ張って離さなかった。

 フェンスはさほど高くなく、意外と簡単によじ登ることができた。手を掛けたとき、昨日仕事中に書類のフチで切ってしまった指の傷が絆創膏の下で少し痛んだが、そんなことは全く気にもならなかった。

 私はフェンスの上から飛び降りると、番号のついた飛び込み台に腰掛けてサンダルごと両足をプールに浸した。冷たくて気持ちがいい。

 綺麗な満月がプールの水面に移ってユラユラ揺れている。私にはそれがなんだかプールに白く輝く穴が空いているみたいに見えて、その穴に飛び込もうと飛び込み台からジャンプした。

 ばしゃん。小学生用のプールは私の思い出のそれよりもずっと浅くて、飛び込んだつもりがしっかりと足が着いてしまった。腰から下だけを包み込んでいるプールの水は今では生温く感じられた。私はなんだか寂しくなって、両手で水面をばしゃばしゃと弄んだ。

 絆創膏は、ふやけて、とれた。指の傷が少し染みた。

  





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