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当事者バイアスはいったん脇へ置き - ヘディングのリスクについて

発信のモチベーション

私が実名で「小さな子どもたちにヘディングさせるのは危ないよ」と声をあげ始めたのは2020年の夏。そこに至るまでの経緯は繰り返し書いてきたので省略するが、息子がサッカーのヘディングが原因とされる重症の怪我(硬膜下血腫)を負ったからだ。

2020年の夏時点で、英国や(2020年2月)アメリカ(2015年11月)のようにヘディングを規制する動きは日本国内で見られなかったし、2021年1月現在も、JFA(日本サッカー協会)から育成年代におけるヘディングについてガイドラインやコメントが出された様子はない(もし私が見逃していたら教えて欲しい)。

正直言って当初は被害者意識が強かった。危険を証明できる、信頼に足る医学論文や数字を見つけては、現状のルールでは子どもたちの安全を守れないと主張してきた。

場所が場所だけに過剰に危機感を訴えていたかもしれない。でも同時に、早く気付いてあげれば息子の怪我は予防出来たはずだという自責の念や反省もあった。加えてチームや競技団体側の危機感の無さや反応の低さに失望もしていた。本当に色々な思いが渦巻き、発信することへの迷いもあった。

いずれにせよ、自分の息子の怪我が何よりも重大だと感じてしまうのは親として当たり前の反応だろう。可能な限り気持ちをクールダウンして客観的に事実を見つめる必要があることもわかっている。

それでも、サッカーの現場で子どもたちが大きなクリアボールを躊躇なくヘディングで返す場面、ダンッ!という衝突音を聴くたびに反射的に顔を歪めてしまう。息子のMRI画像が頭をよぎるからだ。

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息子はもうサッカーを続けることはできない。しかし、今後は息子のような怪我を未然に防げると信じているから発信のモチベーションは下がらなかった(不幸にも事故で重い障害を負ったり命を失ってしまった子どもの親御さんが啓蒙活動を行う動機を今は深く理解できる)。

当事者である我々親子が声をあげ、このリスクについてより多くの人に知ってもらおうという思いで発信を続けている。

英国におけるヘディングの議論の再燃と遺族の訴え

現在、サッカーの母国で専門家や元選手らが議論している内容(ヘディングと脳障害の関係)は、いまサッカーをしている子どもたち、保護者、そして指導者にとって非常に重要な情報だ。なぜなら選手の将来に多大な影響を与える可能性が証明されつつあるからだ。

ちなみに息子が発症した硬膜下血腫は、人口の2.6%が有するとされる先天性の「くも膜嚢胞」が原因で、いま英国で盛んに議論されているヘディングを原因とする認知症などとは異なるが、頭部へのダイレクトな衝撃を禁じることで、どちらのケースでも選手を救うことができる。

息子の脳内には無害な小さな水溜まり(くも膜嚢胞)があり、サッカーのヘディング程度の衝撃でも、その水溜まりや周辺の血管が破れ脳内に水腫や血腫を発生させてしまう。その結果、頭痛、めまい、嘔吐、麻痺などの症状を引き起こすことが分かっている。

さて、ここに現在進行形の議論と未来に向けた動きがある。

英国は2020年2月、12歳以下はサッカー練習中のヘディングを禁止した(試合中は禁止されていない)。このニュースを伝えるどの記事にも書かれているが、元サッカー選手が認知症などの神経変性疾患で死亡する割合は、一般人と比べて3.5倍だという研究結果(グラスゴー大学発表)に基づいている。

The three football associations changed their guidance on the skill, following a study that showed former footballers were 3.5 times more likely to die from neurodegenerative disease.


2020年11月以降、英国では元選手や遺族を中心にサッカーのヘディングに対して規制を求める声が再燃している。少し長いですが、詳しい記事を見つけたので紹介します(拙訳)。

Football and dementia: heading must be banned until the age of 18
サッカーと認知症:ヘディングは18歳まで禁止すべき
スポーツの世界では、慢性的な神経変性疾患、一般的に認知症として理解されている症例に関するリスクについて警鐘がならされています。頭蓋骨内で、脳に対して小さく反復的な衝撃がこの病気の原因であることを証明する事例の数が増えてきています(文章内引用論文:https://link.springer.com/article/10.1007/s00401-020-02197-9)。
1966年ワールドカップ優勝チームであるイングランドチームで注目を集めた選手たちが認知症を発症しているのはサッカーのヘディングが原因だったと指摘されています。(文章内引用記事:https://www.theguardian.com/football/2020/nov/02/football-and-dementia-players-who-died-with-or-are-living-with-the-disease-england-1966)。今こそ、18歳以下のヘディングを完全に禁止し、それ以降の年代は注意深く観察しつつ、ヘディングの回数を減らしていくべきなのです。
選手同士の大きな衝突によってピッチから担ぎ出されるとか、何か予断を許さない兆候があり病院へ検査に連れていく、といった場合だけに限りません。それは小さな、毎日受ける衝撃 - 日々繰り返し続けられる類の衝撃の場合も同じです。研究によると、ある特定の形態の認知症(慢性外傷性脳症、もしくはCTEとして知られているもの)(文章内引用論文:https://www.nhs.uk/conditions/chronic-traumatic-encephalopathy/)は、日常的に繰り返される活動のなかで継続的に脳へ衝撃を受けた人々の間でのみ起きている、という事実がわかってきています。
反復されるインパクトの怖さ
1970年ワールドカップのイングランド代表メンバーだったジェフ・アステルは、CTEによる死亡が労災と認定された最初のイギリス人サッカー選手となりました。アステルの家族は長い間、サッカーのヘディングが原因だと主張し続けてきました。しかしサッカー界は1966年のワールドカップで優勝したイングランド代表のヒーローが認知症と診断されたときだけしかそのことに注目しませんでした。
当時はボールが重く、近年は軽いボールに変わったからという理由でその因果関係を見過ごすことはできません。実は新旧どちらのボールも14~16オンスあり、それはデマなのです。ただ、古いボールは濡れたときに重くなりましたが、ボールのスピードは今よりも遅く、ゲーム中でもヘディングの高さまで蹴られることは少なかった。
最新の研究では、練習中、たった20回ボールをヘディングするだけで脳の機能に測定可能な変化がすぐさま起こることがわかっています(文章内引用論文:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S235239641630490X?via%3Dihub)。これらの結果は、他のヘディング研究でも確認されており、またマウンテンバイクのダウンヒルのようにデコボコ道を走ることにより生じる脳への反復的な衝撃についての研究結果とも一致しています。(引用論文:http://clok.uclan.ac.uk/35231/
さらに心配なことに、スコットランドの元プロサッカー選手を対象とした大規模な調査では、一般人と比較すると元サッカー選手の方が認知症の薬を処方されたり、認知症で死亡するというどちらの可能性も有意に高い - アルツハイマー病にいたっては5倍の増加率を示しています。(文章内引用論文:https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1908483?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org&rfr_dat=cr_pub++0pubmed
これらの調査結果は、最終的にサッカー協会(FA)にユースサッカーのルールを変更する圧力をかけることになりました。2020年2月、FAは直接の因果関係を否定しましたが、5年前にアメリカが実施したことを踏襲し(文章内引用記事:https://www.independent.co.uk/sport/football/news/us-soccer-ban-heading-ball-children-over-fears-concussion-and-head-injuries-a6728341.html)、ヘディングの影響を考慮したガイドラインに変更しました。
現在のガイドラインは、子供たちが試合でヘディングをすることを禁止しているわけではありませんが、段階的に導入される12歳になるまでは練習中にヘディングをすることを禁止しています。しかし、これらの措置は十分とは言えません。
この11月には、Enough is Enough(もうこんな事はたくさんだ)と呼ばれる新しいキャンペーンが始まり、それに付随して7項目の憲章が発表され(文章内引用記事::https://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-8955591/Enough-Sportsmail-launches-campaign-tackle-dementia.html)、サッカーにおけるヘディング規制の一層強い介入を求めています。元イングランド代表キャプテンのウェイン・ルーニーとデビッド・ベッカムもこれを支持し、1966年の伝説選手、ジェフ・ハースト卿も子供たちのヘディング禁止を支持しています。

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1. サッカー協会(FA)と、プロサッカー協会(PFA)は、認知症とサッカーの関連について独立調査を行うための資金を増やすべき
2. PFAは、認知症に苦しむ元プロサッカー選手、介護者、家族に救いの手を差し伸べよ
3. PFAは、専門の認知症チームを任命し、アルツハイマー学会の「認知症と戦うスポーツ選手組合」(SUAD)のキャンペーンを応援するとともに資金援助を行い、認知症サポートラインと繋がるべき
4. PFAは、認知症を患う人々と、彼らの介護者のために、定期的に資金調達のためソーシャルイベントを開催せよ
5. 認知症は正式に労災と認められるべき
6. サッカー規則制定委員会(IFAB)は、脳震盪における一時的な選手交代を直ちに承認せよ
7. クラブはプロフェッショナルを含む全てのレベルにおいてヘディングを規制すべき。トレーニング中、1度のセッションにつきヘディングは20回を限度とし、セッションとセッションのあいだに最低でも48時間の間隔を開けよ
そして選手組合であるPFAは、今、プロ選手によるトレーニングでのヘディングを減らし、(回数など)常に状況を把握することを求めています。
この憲章にある要求は、認知症の人たちのアフターケアや、この問題についてのより高額な調査活動など、かなりコストのかかるものになるでしょう。しかしこの憲章で最も重要な要求は、ヘディングトレーニングをどのトレーニングセッションでも20本以下に厳しく制限し、ヘディングを含んだセッション間の時間を最低48時間あけることで、プロ選手を認知症から守るというものです。
このような進歩的な政策は、世界選手組合、Fifproの医療責任者であるヴィンセント・グートバルジ博士のようなスポーツ関係者がさらに多くの研究が必要であると主張しても、開始を遅らせるべきではない。統治機関はもはや中途半端な措置をとったり、さらなる議論を求めたりすることはできない。この議論は、すでに50年前から行われているのだから。(文章内引用記事::https://www.theguardian.com/sport/blog/2020/nov/18/why-50-years-football-connect-heading-with-concussion
禁止せよ
スポーツにおける脳外傷は、医学的な問題ではなく公衆衛生上の危機です。もし、PFAが成人選手のトレーニングでのヘディングを減らすための「緊急行動」を提唱するための確固たる証拠があるのなら、子供たちのためのヘディングポリシーは、トレーニングと試合の両方で、緊急性の問題として抜本的に改正される必要があります。(文章内引用記事:https://www.theguardian.com/football/2020/nov/20/pfa-calls-for-urgent-intervention-to-reduce-and-monitor-heading-in-training?CMP=Share_iOSApp_Other
メディアは失われたサッカーの英雄たちの悲劇に主に焦点を当てていますが、これはユース選手にとってはもっと大きな問題です。この国で、プロレベルサッカーをする人は0.01%未満ですが、国内の11歳から15歳までの子供のほぼ半数がサッカーをプレイしているのです。
もし子供たちが12歳から18歳までの間にボールをヘディングすることが許されているとしたら、これは6年間、頭部へのダメージを受け続ける行動を意味します。子供たちは十分な情報に基づいた意思決定をすることができない。だからこそまっさきに保護される必要がある。トレーニングにおけるヘディング禁止を12歳でやめることについて論理的な理由はない。ヘディングは18歳まで待てる。ヘディングが無かったとしてもこのスポーツはうまく生き延びるでしょう。

長くなりましたが、記事翻訳は以上です。

現場では

息子は7ヶ月の治療を終え血腫は完全に消えました。医師と話し合い、家族で相談し、4年生の終わる3月末までと決めて息子は友達の待つチームに復帰しました。

しかし練習や試合では相も変わらず小さな子どもが積極的にヘディングをしていて、見るたびに胸が縮む思いをしています。プロになる選手は何万人にひとりですが、いま何十万人もの子どもたちがサッカーをプレイしていて、ひとりひとりに将来があります。

火事で燃える家から子供を救出するような英雄的行為はしばしばニュースになりますが、未然に火事を防いでもニュースにはなりません。しかし当事者からすれば火事が起きたら失うものばかりです。子どもにはこれから先の長い人生が待っていることを、大人はよくよく考える必要があると思います。

おしまい。


もしお時間があれば、私が運営するフットボールファミリー・ユナイテッド(長いので最近は縮めてファミユニと呼んでます)のアンケートにご協力いただけたら嬉しいです!

このアンケートは、サッカーを楽しむ子どもたちや保護者の声を幅広く集め、指導者や競技団体、メディアや専門家の方々に声に耳を傾けていただくことを目的として作りました。子どもたちが楽しく、長く、安全にサッカーを楽しめる環境を私たちと一緒に拡げていきませんか?



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