見出し画像

サーカスの「平らな目線」が私を救った理由。(その①)

24歳ではじめて体験した差別。

生まれて初めての独り暮らしが、フランスの地方都市だった。
3年も準備して、ようやく手にした、フランスの大学の学生証。
期待より100万倍大きかった、不安。
たった一人で乗り込んだフランスの国立大学の学部は、あふれんばかりの学生で、キャンバスも建物も大きくて、インターネットの情報なんて無かった時代なので、とにかく情報が載っていそうな張り紙を探すのだけれど、一体、いつからどうやって入学の手続きをすれば良いのかすら、どこにも具体的な情報がみえない。

不安で潰されそうで、けど、まだバブル期の終わり頃で日本が経済大国で、「日本人」であることは、アジア人だけどお金はあるから信用できる、みたいに思われていた時代。
まぁ、それでも、アパートを借りるのも大変だった。

ようやく借りたアパート、入って1週間で、ストレスや疲労でクタクタで、洗濯ものを入れたでっかい鞄を肩に下げ、コインランドリーに向かう途中、歩道の向こうから歩いてきた高齢の女性が、すれちがいざまに、耳打ちしたのである。
「日本に帰れ。」

え、
今、何か聞こえた?なんのこと?
奨学金を獲得して、ようやく、たったひとりで乗り込んだ(1年間、日本人はまったく知り合わなかった街)、ただ、美術史を学びたいという思いで憧れと不安でいっぱいになりながら住み始めた1週間で、
日本に帰れ、って?え?
呆然として、ただでさえ重い、洗濯物袋とともにふらついた足元を、覚えてる。

その数日後、まだまだ慣れない暮らしのなかでも(そのとき持っていた電化製品は、カセット部分が壊れたラジカセーラジオとカセットテープレコーダーが一体になったものー1つだった)、ささやかな喜びを見出そうとしていた、そのとき、玄関のドアを叩く、激しく無情な音が響いた。
「税官吏だ!開けてください!」
え?税官吏?え?

アパートに入居してまだ1週間、初めての海外暮らしで、パスポートを下着の周りに巻きつけていた(!)私。
玄関の扉を開くと、制服を来た、ものものしい男性が2人。
パスポートは、ええと、お腹の周りに巻いてあるけど・・・まだフランス語でそれが説明できず、ジェスチャーで、待って、と示して、トイレに入る。
外で「彼女は中で何をしてるんだ??」と、いぶかしげな声。
彼らは拳銃を持ってはいなかっただろう、けど、トイレからパスポートを手にして出てきた私を迎えた2人の表情は険しかった…。

疑いは晴れたけど。

どうやら、近所の誰かが、怪しいアジア人が入居したから調べてほしい、と通報したものと考えられ、
数日前にすれ違った女性の
「日本に帰れ。」
という言葉が、頭の中でこだました。

ただでさえ、異国の独り暮らし、大学での不安にそのような”事件”が加わり、その後、私の目に見えたフランスの景色は、まさに佐伯祐三の絵のごとく、あらゆる窓、あらゆる建物の内部は、真っ黒に塗り潰されたように映り、
「ボンジュール」
と、扉を開けることが、できなくなっていった。
すべての人に敵意があるように思えて、いつしか
「この国は、差別主義の国」
という、暗い辛い、確信だけが、育っていってしまったのである。

一方で、美術史を学ぶことだけは、反比例するように悦びが増大していく。
日本の大学にいたときに一度も感じられなかった「発見する喜び、理解した、という喜び」に、満ち満ちていたのである。

フランスの大学で過ごした1年を、なんと表現したら良いのだろう?

学問のうえでは、人類の歴史がらせん構造であることを理解した!という、天にも昂るほどの悦びを感じ、
あれほどに憧れたルーブル美術館にも自由に入館できる権利を得て、
人間として、「学ぶ」ということの大切さを体感したことは、一生のうちで最も貴重なことの1つだと思う。

しかし一方では、もう、フランスという国が、憎いというか悲しいというか、
「差別」という一面にがんじがらめになってしまって、
もはや多面的に、その国を捉えることはできなくなってしまっていたし、
もっと困ったことには、「差別されている」という状況を受け入れることができず、「自分よりもっと差別されている人がいる」「自分のほうがまだ、まし」という、
いわば、人の肩に足をかけて、ぐっと踏み込んでその人より上にあがろうとするような、
差別のなかの上下関係みたいなものを、自ら生み出してしまうのである。
あまりにも追い込まれたときに、人間は、「自分は、あの人よりはまし」と、他者を押し下げようとしてしまう、という、最も恥ずべき行動に出るのだ。
客観性が残っていても、もう逃げる余地はなくて、自己防衛本能が働くというか…
その時の深層心理の”恥ずかしさ”は、その後の10年を決めることになる。

(②に続く)

瀬戸内サーカスファクトリーは現代サーカスという文化を育て日本から発信するため、アーティストをサポートし、スタッフを育てています。まだまだ若いジャンルなので、多くの方に知っていただくことが必要です。もし自分のnote記事を気に入っていただけたら、ぜひサポートをお願い申し上げます!