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泣きたくなるほどのボロネーゼ

駅からも近い場所に創業5年ほどのパスタ屋がある。そこのスパゲッティは変わっていると評判だ。

食べると涙が出るのだ。
比喩でも、賛辞でも、アレルギー反応でもない。
本当に感極まって涙が止まらなくなるらしい。

この日も隣のサラリーマンが、ミートボロネーゼを食べ終わる前からボロボロボロボロと泣いていた。
スマホで美しい女性の写真を眺めている。
彼と彼女に何があったのか分からないが、麺をすすりながら、ひたすらすすり泣いている。

俺はと言うと、サラリーマンと同じボロネーゼを食べたが、涙が全く出ていなかった。何もこみあげてくるものがない。


3日前、双子の弟が亡くなった。
でも、死んだことを聞いたときも、お通夜も、葬式も、こみあげてくるものがなかった。
周りは毅然とふるまう兄貴として、俺に感慨深い視線を送ってくれていたが、泣くのをこらえていたわけではない。
まったく悲しくなかったのだ。

俺たち兄弟は、生まれた瞬間から常に比べられてきた。
弟は成績優秀でスポーツ万能、なのに俺は勉強も運動も苦手だった。
モテまくる弟、ぼっちの俺。

弟はJリーグの内定が決まっているストライカーだった。でも、高校サッカー選手権の決勝戦前日に死んだ。

タッチのように弟の意志を継げない俺は、ただただ葬式の準備をするしかなかった。
そして、どこか安心している自分もいた。
「もう比べられなくて済む……」

そんな自分が憎らしく、怖くなった。だからこのパスタ屋にやってきたのだ。
だけど、本当に悲しい感情がないと、泣きたくなるボロネーゼを食べても意味がないと気づいた。
店にとっては商売上がったり、だろう。
バレないようにすぐさま帰らなければ――。

店を出ようとしたそのとき。カウンターに自分そっくりの若者を見つけた。
死んだはずの弟だ。
弟がボロネーゼを食べながら号泣している。

よくよく思い返してみた。記憶というのは改ざんされてしまうものだ。
死んだのは俺のほうだった――。
弟に負け続けることが怖くなって、生きていくのが辛くなった俺はビルから飛び降りた――ような気がする。

「兄貴……俺……」
弟は麺をすすれないほど嗚咽しながら泣いている。
「ごめんね」


俺はレジの前で立ち尽くし、ボロボロボロボロ泣いていた。
こんな気持ち、生まれて初めてだった。

「ありがとうございました。またお越しください」
店主に金を渡して、店を出た。

外は冬だ。
白い息を吐く。俺は生きている。

口に付いたソースを拭って、俺は前に前に歩き出した。



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