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都会の恋愛は無理ゲーとか言って地元に戻ってきたけど、それはそれで。

世界の終わりのようなモクモクとした煙が立ち上がり、曇った冷たい空へと流れ込んでいく。
地元に最近できた、人気焼き肉チェーンは週末になると家族連れやカップルでにぎわっている。
アタシは「あの店に行ったら終わり」だと思っているから行かない。1度行ったことがあるけれど、前菜のキムチがすっぱすぎた。肉が硬かった。でも、味のことなんてほんとは何も分からない。

Uターン帰省して半年が経つ。苦労すると思った就職活動だが、ライター経験があるだけで地元の新聞社に中途採用された。面接官が高校の先輩にあたるおじさんだったことは否めない。
「あ。東高校? あ、そう、東高校か……」

生活・芸能欄や書評記事、なぜか連載小説の担当も引き継がれ、そこそこに仕事量は多いがあまり苦ではない。むしろ暇なくらいだ。全国紙と同じ記事が載るページ以外を埋めるのが一苦労なくらい、この町は何も起きない。
そういえば、こないだは遊園地を会場にした街コンの告知が1面広告を飾った。どうせ野菜の包み紙にされるだけ。そう思ったけど、遊園地コンは大盛況に終わったらしい。
33歳。ここ5年くらいは枯渇したダムのように、まともな男と出会えなかった。勧誘、セフレ、不倫、浮気、不倫。「東京の恋愛は無理ゲー」だと、静岡生まれの十和子が言っていたけれど、無理ゲーに挑戦しすぎて、魂を何基も失った。気がする。

かといって、だ。とはいえ、だ。この町の同世代の男性もピンと来ない。臆病で醜い自尊心の清野は明白だが、だせぇしつまらない。
もしかしたら向こうもそう思っているかもしれないけど。

焼肉屋の前の交差点でミラーをこすられた。たぶん飲酒運転していたであろう男は青ざめてアタシの軽自動車(母親の)に寄ってきた。
高校の同級生だった、青柳君だ。君って歳じゃないけどな。
何かに似ているな、と冷静に頭も巡らせる。織田裕二もとい引退後の阪神・藪にそっくりなルックスをしている。イイ意味じゃないよ。
「酒井さん?」
食べ放題を満喫して気が緩んだ青柳君はアタシの軽自動車が左折するのに気がつかなかったという。めんどいから「いい。母親のだし。車興味ないし。……明日早いし」とあしらった。
「ごめんなさい。――申し訳ない」
後で分かったのだけど、青柳君は、地元の電力会社で働いている、らしい。そういえば文系なのに理系に進もうとしていたな。
焼き肉の匂いがついたコートが冷たい風にのってアタシに伝わる。
「新聞記者やってる? ホームページで見たよ」
確かにアタシはなぜか中途採用のページで「一日の仕事」というコーナーに登場している。見ている人なんていない。この町に。
と思ったけど、いた。

青柳君は、無理ゲーを逃れて地元に戻ってきていた。アタシは青柳君がすきだった。
間違いなく、高校時代は――。

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