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多美子の逡巡:戯曲(3200字)

登場人物
多美子 エンジニア(助手)
ローリンゲン教授 インテリ教の最高権威
ノベール 正体不明のインフルエンサー

あらすじ(舞台背景)
 世界を一瞬のうちに破滅させる兵器の開発に、多美子はエンジニアとして携わっていた。なぜこんな仕事に就いているか。それが神の意志に他ならないと考えているからだ。罪悪感に苛まれることはない。この兵器が産声を上げる前から人類は永く、殺し合いに殺し合いを重ねてきた。その史実を踏まえれば、ほとんど確実に全滅へと向かっているように思える。だが現実には、人類は壊滅どころか、爆発的に増殖していて、しかも殺戮は終わっていないのだった。この世界では、確かに殺戮は継続されている。これはどういうことだろう?
 かつて人類に蔓延したポピュリズムを打破した気でいるインテリ教団によれば、これはある種の終末論だ。いま、人類は最終段階にいる。人類史の過程そのものがエネルギーの大量放出の歴史であり、発射目前に迫ったこの兵器は、最大にして最後の(自然法則に基づく)超爆発に、血潮に代わって花火のような奢侈を飾ってやるに過ぎないのだ・・・
必ずしもインテリ教団の独善という訳ではない。彼らも一応は民主主義の正当なプロセスを踏襲して実質的な政治権力をふるっているのだった。しかし実際のところ、それが誰の意思に基づいているかは定かではなかった。

所 格納庫制御エリアおよび発射管制エリア(二つは同じ空間にあり、後者は一段高く位置している)
時 最終兵器打ち上げ前夜

(制御エリアにて、多美子は最後の調整作業および確認業務に当たっている。そこへローリンゲン教授がやってくる)
 教授「多美子くん」
多美子「はい、なんでしょう」
教授「すこし、いいかね?」
多美子「はい、もちろんです」
(二人は制御盤から離れ、教授が多美子に缶コーヒーを渡す)
多美子「ありがとうございます」
教授「いやいや。なんでもないよ。しかしいよいよだね」
多美子「そうですね。不思議な気分です」
教授「君は本当に頑張ってくれた。心から感謝しているよ」
多美子「ありがとうございます。私がここで頑張れたのも、すべては神と社会のおかげです。最高の恩返しができて、とても幸せ・・・」
教授「そうだね。いずれにせよ壊滅は免れない」
多美子「はい。苦しみ悶えながらただ死がやってくるのを待つなんて、あんまりだわ」
教授「そう。人類の英知を結集したこの美しき魔物とともに華々しく散るのが・・・」
(教授は言いよどむ)
教授「えぇっと」
多美子「先生?」
教授「ん?ああ、えぇ・・」
多美子「神の意思・・・」
教授「ああ!そう!そうだ。神の意思、そう、神の・・・」
多美子「どうかされましたか?」(不安げに教授の顔を覗き込みながら)
教授「・・・実はだがね、多美子くん」
多美子「はい」
(沈黙の時間が続き、うつむいていた教授が意を決して顔を上げる)
教授「わたし、死というものが、すこし怖くな・・・」
(はぁっと驚きの声をあげ、口を手で覆う多美子)
多美子「先生!」
(視線が定まらないで、あっちこっち見やる教授)
多美子「なにを言ってるんです!先生ほどのお方が・・・」
教授「あっぁあぁ、そうだね、すまない。少しばかり、気の迷いが・・・」(力が抜けきってしまい、傍らのデスクに手をついて体を支える)
多美子「先生、これですべてが終わるんです。もう誰も苦しまなくていい・・・。そうでしょう?ローリンゲン先生!」
教授「そっ、それがだなぁ・・・そこなんだがぁ・・・えー・・・つまり・・」
多美子「先生!神の意志が間違ってるとおっしゃるんです?」
教授「いや、ちがうんだ。ちがうんだ多美子くん。神は間違えてなどいない。けれどな、たとえば君は、人の気持ちを読み違えたりしないかね?」
多美子「それは・・・」
教授「それと同じように、人間は神の気持ちを読み違えたりもする、と君は考えてみたことがないかね?」
多美子「先生、いったいどうしたっていうんです?哲学は危険です」
教授「そう、哲学は危険だ。考えることは危険だ。みんながそれを神の思し召しというなら、素直に従うべきだ。それはわかっているよ」
(ほっと安堵の息をつく多美子)
多美子「よかったです」


教授「ところでだな・・・」(うつむきがちになる)
多美子「先生、そろそろ仕事に戻らなくては・・・」
教授「ああ、わかっているよ。だけど最後にひとつ」
多美子「最後、ですよ?」
教授「ああもちろんだ。そのぉ・・・なんというか・・・このみんなの意思っていうのは・・・」
(はぁっと驚きの声をあげ、口を手で覆う多美子)
多美子「先生!」
(上向いたりした向いたりして狼狽える教授)
多美子「先生はノベールさんを疑うのですか!
教授「そうじゃない!ちがうんだよ多美子くん!決してそうではない。ただ、わたしにはどうも彼の存在がわからない・・・いったい何者なんだね?」
多美子「先生、彼は彼であり、同時にわたしたち代弁者でもあるんです」
教授「しかしわたしは彼と直接意見を交わしたことが・・・」
多美子「直接交わさずとも、先生の意思は自ずとノベールさんと一致するのですよ!だから先生は余計な議論に煩わされることなく自分の仕事に集中できる。そうでしょう?なんだか今日の先生、ちょっとおかしいわ・・・」
教授「すまない多美子くん。すこしわたしは、興奮しているのかもしれないね」
多美子「先生・・・そうですよね。わたしこそ強く言ってしまったみたいで・・・前夜ですもの。緊張して気がふれてしまいのもきっと無理のないことでしたわ。わたしこそ謝るべきだわ・・・」
教授「いや。いいんだ。わたしとしたことが、彼の実在を疑ってしまって・・・。いったいどうしてこんなことに・・・」
多美子「先生、仕事に戻りましょう・・・」
教授「多美子くん・・・わたしは思うんだ。人類は本当に何もしなくとも壊滅してしまうのかな・・・」
多美子「先生。無駄なことに時間を割くのはやめましょう・・・本当の本当にどうしたっていうんです?いくら前夜とはいえ・・・そんなことに疑問を抱いて考えてみたところで、結局はノベールさんの言うように、答えは応になるんです」
(沈黙が続く)
多美子「戻りましょう・・・」
教授「多美子くん!!」
(立ち止る多美子)
教授「確かに我々は沈没する船に乗っているのかもしれない・・・」
(多美子はうつむく)
教授「だけど聞いてくれ!」
多美子「先生・・これ以上は・・・」
教授「わたしは・・・わたしは・・・君を愛している!!」


(驚き果て、空いた口をパクパクさせる多美子)
教授「君を愛しているんだ!!多美子くん!!」
多美子「先生・・・お気持ちは・・・もちろん嬉しいです・・・」
教授「君を失いたくないんだ・・・」
多美子「どういうことです?」
教授「いいかい。多美子くん。君とわたしの死は、あまりに抽象的だ」
多美子「なにが言いたいんです?」
教授「人類が滅ぶ前に、君とわたしは寿命を全うするだろう」
多美子「だから打ち上げるのはやめて、愛に生きようとおっしゃるの??」
(黙り込む教授)
多美子「そんな!先生!いけません!そんなエゴが許されるはずがありませんわ!今にも銃弾と暴力の恐怖に怯える子どもたちが何万といるんです!それなのに人類はもう助からないのです!だったら・・」
(教授は相変わらず黙ったままで何も答えようとしない)
多美子「先生・・・見損なったわ・・」
(沈黙)
多美子「わかりました。先生。もうけっこうです」
(多美子は発射管制エリアに駆ける)
教授「待て!待ちたまえ!多美子くん!わたしは君を愛している!愛しているんだ!神に誓って!いや!神を敵に回したって君を守りたいんだ!」
(階段を駆け上がるさなかに振り返る多美子)
多美子「わたしはあなたが嫌いよ!なんて罪深き人なんでしょう!」
(発射ボタンまで駆ける多美子。追いかける教授)
教授「待つんだ!」
(発射キーを差し込み、指一本で押せる状態の多美子)
教授「そうだ!わたしは罪深い!・・・罪深い・・・わたしは・・・それでも、もっと君と一緒にいたいと思ってしまうんだ!」
多美子「自分の欲望のためだけに私を守るっていうの!?世界の惨劇を放置して!?」
教授「なにか他に方法があるはずだ。考えよう!一緒に考えようじゃないか!」
多美子「先生!先生は愛に犯されている!愛の病だわ!愛は現実を見えなくするの!現実は一刻の猶予も許さないわ。考えている間にも子供たちが凶弾に倒れ、女たちが蹂躙され・・・」
教授「しかたがないんだ!多美子くん!考えてみたまえ!彼ら死んでいった人々は、救われたいと願ったすえに破滅を望んだか!」
多美子「それは・・・でも・・・でも・・わたしは嫌よ!このまま平然と生きるなんて!」
教授「それこそエゴじゃないか!」
(考え込む多美子)
多美子「そうかもれない・・でもそうだとしても、みんなの意思だから・・・」
教授「みんなの意思であり、神の意思だと言いたいんだね」
多美子「・・・・・・わたしがやらなくても誰かがやるに決まってるわ。そう、もう決まってること。あなたにだって止められやしない」
教授「まだ間に合うはずだ。多美子くん・・・そのボタンを押す前によく考えよう。あきらめてはいけないんだ・・・」



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