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汐里の狂酔

 間延びした永い時間が、曇り空のようにどんよりと停滞している一方で、晴れやかな気持ちの日曜日。そして刻一刻と陽が傾いていく日曜日。
 アパートの外観は30年という築年数に相応しているが、その寂れた感じからはとても想像がつかないほど、部屋の内装は洗練されていて、リビングに置いた茶色い木目調のカウンターテーブルがよく映えていた。

 汐里は自前のサングリアを口に含ませると、テーブルに胸を乗せ、伸ばした腕を枕にして頭をあずけた。そして虚ろな目をして庭先を眺める。

 結婚して2年になる夫が、そこで趣味のDIYに勤しんでいる。思えばこのカウンターもまた、彼の作品の一つだった。
 こうして旦那が趣味に明け暮れているのを、アルコールと一緒に見ているのが、汐里の趣味だった。

 しかし彼女には、もう一つ、違う趣味があった。

 コンコンコン……と、金槌の音が遠くから響いてくるなか、ブゥッとスマホの振動する音が耳のそばでした。
 通知画面が起動され、——『待ちに待った瞬間が訪れた』と、一瞬かすめるも、だが容易には信じられないほど、彼女は幾度も期待を裏切られていた。要するに汐里はすっかり現実的になっていた。

 『どうせまたニュース速報かなにかだろう』

 と特に期待も寄せないで、『まぁ一応』と消えてしまった通知画面を表示させた。

 すると通知されていたのは、ニュースでもクーポンの報せでもなく、まさに汐里が望んでいたものだった。

 『マッチングが成立しました!やっときた!!』

 はたと身を起こして、サングリアを飲みつつ、アプリを開く。相手は3日前にイイネを送った29歳の看護師だった。見た目は上々、趣味もインドア中心で、汐里の好みだった。

 『いいじゃんいいじゃん!かわいいじゃん!』
「ねぇー!アッくん!見て見て!」
「んー?」とアッくんは興味なさげに、見向きもせず返事をする。

「やったじゃん!アッ君にもついにこの瞬間が!」
気に障ったらしい彼は作業を止めて言った。
「いやいや、マッチングくらいならそんな珍しいことじゃないから。俺だって」
「なに言ってんの?だってさ、1か月半ぶりだよ?」と汐里は腹を抱えて笑いこける。
「いや普通だから」
「うそ言わないでー」と汐里は、テーブルうえに両腕をクロスさせて作った輪のなかに顔を埋ずめながら投げかけた。

 はじめ、汐里は彼の浮気を心配していたのだった。アプリの退会をいつまでも後回しにしているのだから、疑うのは当然だった。だが確かに彼のスマホには、もうずっと開いていないようなアプリがいくつも長いこと放置されていた。なによりも潔白を証しているのは、この婚活アプリに登録されている彼のマイページには、女っ気が全くなかったことだった。
 それは汐里のプライドをかえって傷つけてしまうほどで、「わたし選ぶ相手間違えたかな?」なんて言いだす始末だった。

 アッ君が趣味を打ち切って、庭から上がってきた。椅子を窓辺まで引いて座った。
「ほんとに悪趣味だな。その子は真面目にやってるんだから。人の気持ちを踏みにじるなよ」

 汐里はポカンと開いた口が塞がらない。
「なんだよ」とアッ君。
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる汐里。


 「そんな心配しなくても、どうせ返事なんか来ない、って思ってるんだろ」

 いじけたような、悲しそうな顔をしてどこか一点をぼんやりと見つめているアッ君。
 汐里にはその姿が愛らしく感じられ、スマホをかざし、パシャリと一枚その中に収めた。急いでプロフィールのメイン写真にアップした。29歳の看護師から返事がくることはなかった。


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