SFラブストーリー【海色の未来】6章(前編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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翌朝。
わたしは庭で水撒きをしているマサミチさんのところへやって来た。
あるひとつのお願いをするために……。
すべてゼロからはじめればいい──。
そう覚悟を決めたら、わたしにもできることがあるはずだと自然に思えた。
そして、朝食の時間。
食堂にみんなが集まると、マサミチさんは話を切りだした。
「じつは比呂さんに、うちの家事をお願いすることになってね」
「それって……どういうこと?」
美雨ちゃんがキョトンとわたしを見る。
「これからはわたしがみんなのご飯作ったり、掃除したりするんだよ。
……と言っても、まだ慣れないし仕事も多いから、お手伝いさんには続けて来てもらうんだけど……」
家事のプロでもなんでもないわたし。
そのわたしが、こんな大きな洋館の仕事をさせてほしいだなんて、
無謀なお願いだったと自分でも思う。
でも、ここに置いてもらう限りは、なにか役にたちたかった。
──料理も掃除も自信があるわけじゃないけど……とにかく、わからない仕事は教えてもらうしかない。
いろんなことをゼロからはじめる。
古葉村邸での仕事はその第一歩だった。
「つまり……俺、食事当番から解放?」
海翔くんの目が輝く。
「ボクの部屋、掃除してもらえるの?」
期待に満ちた声で流風くんが言う。だけど、
「自分の部屋の掃除くらい自分でやりなさい」
とマサミチさんにたしなめられる。
「食事に関しては、朝食当番はそのまま。夕食は比呂さんとお手伝いさんに交代でお任せしようと思う」
「まあ、それだけでもかなり楽になるな」
海翔くんが満足そうにうなずき、流風くんもニコニコしている。
「やった……美雨の作った夕ご飯、食べなくていいんだ」
「は!? ちょっと、流風!?」
「ふたりとも、朝から大騒ぎするんじゃないよ」
またひともめしそうな雰囲気を、マサミチさんが穏やかにおさめる。
「さて……じゃあ比呂さんが作ってくれた朝食をいただくとしようか」
「え? 比呂ちゃん? 今日は海翔の当番なのに?」
「お兄ちゃん、ずるいよ。流風に当番代わってもらったの忘れたの?」
「あー? そうだっけ?」
わざとらしい海翔くんに、流風くんがあきれる。
「そうだっけじゃないよ。海翔、また寝坊したんだね」
「それはね、海翔くん、バイトで帰りが遅かったから……」
わたしがフォローしようとすると、美雨ちゃんと流風くんがふくれっ面になる。
「比呂ちゃん! もうお兄ちゃんのこと甘やかしたらダメ! 次に寝坊したら、たたき起こして!」
「サボるのがうまいんだよ、海翔は」
「は、はい……」
「まあ、今日のところはいいだろ?
これからは俺がサボらないように比呂が気をつけてくれれば済む話だし」
海翔くんがため息まじりに言う。
「そうだよね。ごめんなさい……」
──って、あれ? 今、なんであやまったんだろう……。
──海翔くんの堂々とした態度につい……。
「お兄ちゃん、調子にのんないでよ!」
「海翔はずうずうしいんだよ」
「おいっ! 今お前、上から目線でなに言ったっ?」
「ま、まあ、みんな、冷める前に食べない? ね?」
収拾がつかなくなり、どうしようかと思ったとき……
「あれっ、じいさん。なんでもう食ってんだよ?」
海翔くんの言葉に、みんなの視線がマサミチさんに集中する。
「ん? いただきますは、ちゃんと言ったよ?」
野菜サラダを食べながら、マサミチさんが微笑んだ。
「わたしたちのことほったらかしで、自分だけ先に!」
美雨ちゃんがムッとしながら抗議する。
「子どものケンカにいつまでも付きあってられないよ。僕はこれからクラリネット教室だからね。
お前たちもそろそろ時間じゃないのかい?」
「ホントだ! 学校はじまっちゃう!」
「そういや俺、約束あったんだ」
「あ、ボクも」
3人がいっせいに朝食をかきこむ。
──昨日も今日もバタバタだ……この家、いつもこんな感じなのかな。
みんなのパワーに押され気味だったけれど、なんとなくこれからの生活が楽しみになっていた。
今日はお手伝いさんが来ていたので、みんなが出払ったあと、さっそく仕事を教えてもらった。
そして午後から、ひとりでサンルームの掃除に取りかかっている。
──それにしても、家にこんな広いサンルームがあるってすごい。
──立派なバルコニーもあるし……。ホントにお屋敷って感じ。
そのとき、玄関のドアが開く音がする。
──誰かな。
テーブルを拭く手を止めて振りかえると、廊下を歩いてくる海翔くんの姿が見えた。
──確か約束があるって出て行ったんだっけ。
──ずいぶん早く帰ってきたけど、どんな用だったんだろう……。
海翔くんもわたしに気づき、サンルームへやって来る。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
海翔くんは肩にかけていたギターケースを置くと、不機嫌そうな顔でソファに腰を下ろす。
──なんか怒ってる……? あ、違うかも。
──海翔くんって、喜んでるのにムッとした顔するときあるから。
──サンドイッチのときもそうだったし……。
「ねえ、海翔くん。なにかいいことでもあったの?」
すると海翔くんが眉間にシワを寄せる。
「……この顔がいいことあった顔に見えんの?」
「え……」
──うわっ、外した。ホントに機嫌悪かったんだ。
「ははっ、ご、ごめん。なんか……ぼんやりしてた。はは……」
──風向きが悪い。こういうときは迷わず退散っ。
「ほ……ほかの場所も掃除しなくっちゃ。広いおウチは大変だねえ」
そそくさと床に置いてあったバケツを持ち、部屋を出ようとしたけれど……
「待って」
ドアのところで海翔くんに呼びとめられる。
「……なに?」
「グチ聞いてくんない? ちょっと話し相手になってよ」
海翔くんは腕組みをしてソファの背にもたれ、相変わらずの不機嫌顔でふんぞりかえっている。
「お願いだからさ」
「……」
──偉そうだなあ。とてもお願いしてる態度じゃないけど……。
──まあ、グチを聞くくらいなら……。
「うん……いいよ」
もどってきて、海翔くんの向かいのソファに座った。
「なにがあったの?」
わたしが聞くと、少し間があいてから、海翔くんはのんびりと口を開いた。
「……あのさ。じいさんが比呂に家の仕事しろって?」
てっきりグチがはじまるんだと思っていたら、海翔くんはそんなことを言った。
「まさか。わたしからお願いしたんだ。
短期バイトが終わったから、今のところ無職なんですって、ちょっとウソついちゃったんだけどね」
「……いくらで引き受けたの?」
「お金なんかもらうわけにはいかないよ。食費すら入れてないのに」
「マジ? 完全タダ働き?」
「タダじゃないって。ここに置いてもらってるんだから……。
わたし……最初は働かせてもらうなんて、絶対ムリな気がしてたんだ。
素人レベルの家事しかできないし……。でも、海翔くん言ったでしょ?
自分を赤ちゃんだと思ってればいいって。
それで、吹っ切れたみたい。今は思いつくこと、ゼロからなんでもやってみるしかないかなあって」
「ふうん……」
海翔くんはしばらく黙っていたけれど、やがてふうっと息を吐いた。
「ゼロからか……。ある意味、俺もそうなんだよな」
「えっ?」
「バンド、やめるんだ」
「それ……どういうこと?」
「久しぶりにメンバーに呼び出されたから、活動再開かと思いきや……。
人の顔見るなり、バンドから抜けてくれ……だもんな」
海翔くんは苦笑いして、ソファに立てかけているギターケースに手を置いた。
「海翔くん……」
──朝、約束があるって言ってたっけ。
──きっと練習だと思って、楽しみに行ったんだろうに……。
「なんか、俺っていろいろ注文うるさくてやりにくいらしい。そこまでこだわるなら、ひとりでやれ……だってさ」
さばさばと海翔くんは言った。
その様子はいつもと同じように飄々としていて、なにを考えているのかわかりにくい。
だけど、一緒に音楽をやっていこうと思っていた仲間に、そんなことを言われてこたえないわけがない。
グチを聞いてくれとわたしを呼びとめるくらいだ。
よほど落ちこんでいるんだろうと思う。
──励ましてあげられるといいんだけど……。
──でも、なにを言えば……。
「あーあ、今日は久々に合わせられると思ったのにな」
海翔くんが、ぼんやりと天井を眺めながらつぶやいた。
──本当に音楽が好きな子なのに……。
わたしはただ、黙って海翔くんのそばにいることしかできなかった。
ひととおり掃除も終え、玄関ホールを通りかかったときだった。
「ただいま」
出かけていたマサミチさんが、ちょうど帰ってくる。
「おかえりなさい。クラリネット教室、どうでしたか?」
「楽しかったですよ。先生に上達が早いって、褒められたしね」
「さすがですね! あ、マサミチさん、お茶でも淹れましょうか?」
「ありがとう。でも、さっき友だちとカフェに寄ってきたから。ところで……海翔、なにかあったの?」
マサミチさんが声を潜めて言う。
サンルームの仕切りのドアは開け放たれていて、ソファに座り、ぼんやり庭を眺めている海翔くんの姿が見えた。
「じつは……」
わたしは海翔くんのバンドから外されてしまったことを、マサミチさんに説明した。
「そう……。ただでもスランプだったみたいなのに、大丈夫かな」
海翔くんのほうを見やりながら、マサミチさんが顔を曇らせる。
「帰ってきてからずっと元気がなくて、わたしも心配なんです」
──海翔くんはまだ19歳。
──これから新しいメンバーを見つければいいとは思うけど……。
──今は思い描いていた道が、絶たれたような気持ちになってるのかも……。
どんなに素質があっても、それが心の強さに結びつくとは限らない。
もしかしたら、理想を実現できる才能があればあるほど、思いどおりにならない現実に遭うともろいのかもしれない。
「あいつ、ああ見えて溜めこむタイプだから。なにかで気晴らしできる器用さもないし……」
「気晴らし……?」
──そうだ。励ますことはできなくても、気晴らしくらいなら……!
「あのっ、マサミチさん、お夕飯の支度までには帰ってくるので、海翔くんとちょっと出かけてきてもいいですか?」
「それはかまわないけど……どうしたんです?」
「気晴らし、行ってきます!」
わたしはそう言うとすぐに、サンルームへ向かった。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/b9irjSnQWwA
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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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