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SFラブストーリー【海色の未来】7章(前編)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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海翔くんが作っているのはオルゴールの曲だと知ってから、数日がたっていた。

朝食後、わたしはキッチンでふたり分のコーヒーを淹れると、サンルームで読書をしているマサミチさんのところへ運んだ。


「お待たせしました」

「ありがとう、比呂さん」


食後にサンルームでマサミチさんとおしゃべりするのが、最近の日課だった。


「マサミチさん、今日のご予定は?」

「晴れてるから、公園で写真を撮ってこようかなと思ってるんです」

「あ、いいですね」


サンルームには涼しい風が気持ちよく入り、窓際にある鉢植えの葉はまぶしく日差しを返している。


──ホント、今日もいい天気……。

「海翔はまだ起きてきませんか」

「はい……」

──昨日も遅くまで作曲に打ちこんでたんだろうな……。

──このところ食事もみんなと一緒にとらないし……。


あの夜。サンドイッチを食べ終えるとすぐ、何ごともなかったかのような顔でキーボードに向かった海翔くんを思い出す。

考えてみれば、毎日食事を部屋に運ぶものの、あれからまともに海翔くんと話していない。


「あいつは曲作りがはじまると、ほかになにも見えなくなるんですよ」


本を閉じ、マサミチさんが優しい笑みを浮かべる。


「そうみたいですね……」


一瞬、困った顔をしてしまったのかもしれない。

マサミチさんが心配そうにわたしを見た。


「もしかして作曲のことで、海翔が比呂さんにご迷惑をかけてるんですか?」

「……いえ、違うんです」


わたしは小さく首を横に振る。


「今、海翔くんが作っている曲が……その……海翔くんにとって、大事な曲だってわかってるのに、

海翔くんの力になりきれない自分がもどかしくて……」

「やはり……海翔とは一緒に歌えないのかな?」

「えっ……?」

──マサミチさん、知ってる……?


唖然とマサミチさんを見る。


「海翔が今度のオーディションにあなたと出るって、自分から話してきたんです」

「なっ……」

──海翔くん、気が早すぎる……!

「比呂さんに無理を言ってるんじゃないのかと聞いたら、断る気がなくなるような曲にするから大丈夫だと……」

「マサミチさんにまで、そんなことを……」

「ワガママなヤツで申し訳ないです」

「い、いえ……。

でも……やっぱり海翔くんって、かなりの自信家ですよね。

なんだか羨ましいです」

「そう見えるかもしれませんが、あいつの自信は張りぼての自信ですよ。

本当は、もろいくらいに繊細で……。

まあ、それも海翔の才能のひとつなんだろうとは思いますが……」

──もろいくらいに繊細……。

そういえば、思い当たることはいくつもあった。


わたしが組むのを断るたびに見せた、寂しそうな表情。

海翔くんはすぐに強気な態度にもどるから、あまり気にはとめてなかったけれど……本当は、わたしが思うより傷ついていたのかもしれない。


「どんなに偉そうなことを言っても、海翔は僕から見ればまだまだ子どもです。

自分の繊細さを守る術を身につけていない。本当の強さも育っていない……。

そして、これは僕の勘なんだけどね」

「はい……」

「今作っているあの曲でオーディションに出ることは、アーティストとしての未来が開かれるかどうか……

あいつがこれから本当の自信を持てるかどうかを決めてしまうんじゃないかな」

「え……」


一瞬、ドキッと胸が音を立てる。

マサミチさんの勘は正しい。

海翔くんが……ハーヴがトップアーティストになっている7年後の世界では、今作っているあの曲は確かに存在している。

オルゴールの曲はちゃんと完成している。


──だとしたら……

もしあの曲がなかったら、海翔くんはトップアーティストにはなれない……?


氷を身体にあてられたような冷たさが全身を走る。


──わたしの行動で、海翔くんの未来が変わる……?


怖くなり、思わずギュッと両ひじを抱えた。


「あ……僕からこんなふうに言われたら困りますよね。すみません、気にしないで」

「は、はい……」


それからマサミチさんは、自分の趣味の話を楽しそうにしゃべるだけで……

海翔くんのことは一言も話さなかった──。


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その日の夜──

わたしは美雨ちゃんの部屋で、算数の宿題を教えていた。


「この式の間違いは、もうわかるよね?」

「えーっと……。あ、ここで引き算したからかあ」


勉強机に向かう美雨ちゃんは、うんうんとうなずきながら式を書きなおす。


「できた! 比呂ちゃん、見て」

「どれどれ……ん、これで正解!」

「やった! じゃ、ちょっと休憩しよっと!」

「え? もう?」

「だって、比呂ちゃんがいれてくれた紅茶、冷めちゃうし」


美雨ちゃんはそう言うと、シュガーポットの砂糖をざくざくとティーカップに入れる。


「美雨ちゃん……砂糖、多すぎるんじゃない?」

「こうするのがいちばん美味しい!」


小学生なのに紅茶好きの美雨ちゃん。


息抜きにリクエストするのは、いつも甘いミルクティーだった。


「ねえ比呂ちゃん、今日のはなんていう紅茶?」

「ダージリンだよ。好きなんだ、この紅茶」

「ふうん……」


美雨ちゃんは紅茶に砂糖もミルクも入れないわたしを不思議そうに眺める。


「それ甘くないよね? そんなのが好きなの?」

「うん、美味しいよ。それより、ほかにわからない問題は?」


すると、美雨ちゃんがニヤッと笑う。


「あとはねー、漢字ドリル。たくさんあるから手伝って」

「それはダメ。漢字は自分で書かなきゃ」

「えーっ、ヤダなあ」

「がんばって」


不満そうにむくれる美雨ちゃんの頬を笑ってつつく。


「じゃ、行くね。海翔くんの部屋に食事運んでくるから」


そう言いながら立ちあがったとき、美雨ちゃんに呼びとめられる。


「比呂ちゃん……」

「どうしたの?」

「お兄ちゃん、バンドで歌えなくなっちゃったでしょ」

「うん……」

「でも……比呂ちゃんがいれば、大丈夫だよね?

お兄ちゃんはアーティストになること、あきらめないよね?」


訴えるような切実な目を向けられる。


「美雨ちゃん……」


美雨ちゃんを安心させたかった。

だけど今のわたしは、美雨ちゃんになにを言ってあげればいいのかわからなかった。




次の日。

学校へ行く美雨ちゃんを見送ったあと、そのまま庭にまわって掃除をはじめた。


──今日も暑くなりそうだな。


まぶしい日差しに目を細めながら、ホウキで石畳を掃く。

ホウキが地面にあたるかたい音を聞きながら考えるのは、やっぱり海翔くんのことだった。


──わたしが海翔くんの誘いを断って、あの曲が完成しなかったら、海翔くんがチャンスを逃すってこと……?

──アーティストの道が遠のいてしまうってこと……?


思いつめていたのか、気がつけば肩にギュッと力が入っている。


──まさか……ね。


ひとつ、はあっと大きく息を吐く。


──海翔くんの才能なら、なにがあっても大丈夫。

──今回のオーディションを逃したとしても、チャンスはたくさんやって来るはず……。


そう自分に言い聞かせたものの、どうしても心の中の不安が打ち消せない。

長い間、音楽スクールにいて多くのミュージシャン志望の子を見てきた。

だから本当はわかっている。

ひとつひとつのチャンスの重みが。

もちろん、運だけではどうにもならないけれど、才能だけでもどうにもならない。

歌の世界はそういうところだ。

タイミング、巡り合わせ、人との出会い……

いろんなものが絡みあって、7年後にあのハーヴがいる……。


「わたし、どうすれば……」

「比呂ちゃん?」

「えっ!?」


ハッと我に返ると、流風くんがすぐそばにいた。


「流風くん……。あっ、もうすぐ先生がいらっしゃるんじゃないの?」

「うん。だからカモミールティーを淹れようと思って下りてきたんだ」

「わたしが用意して運んであげようか?」

「自分でやるから大丈夫。それより比呂ちゃん。

さっき、海翔がどうとか……なにぶつぶつ言ってたの?」

「ウソっ、わたしが?」

「うん」

──心の声、しゃべってたのか。恥ずかしいな……。

「比呂ちゃん、悩んでるんだねえ」


からかうように顔をのぞき込まれる。


「おっ……大人はいろいろあるの!」


ちょっとムキになって言うと、流風くんが笑う。

朝の日差しの下で見る流風くんの笑顔には、思わず見入ってしまうほどの透明感がある。


──流風くんの目、日の光にあたると深い藍色になるんだな……。

髪も栗色でサラサラだし、肌の色も信じられないくらい白い……。


美雨ちゃんとはまた違う、不思議な魅力が流風くんにはある。

そんな容貌のせいなのか、その笑顔も眼差しもなんとなく大人びて見える。


──わたしよりずっと年下なのに……。

「じゃあ、ボク、キッチンに行くよ」

「あ……うん」


流風くんがくるりと背を向け、走りだす。


──流風くんって、やっぱり不思議な子……。


小さな背中を目で追っていると、ふいに流風くんが立ち止まる。


「あ、そうだ」


振りかえり、パタパタともどってくる。


「流風くん? どうかした?」

「あのね」


流風くんは手を後ろに組んで、ちょっと得意げな様子で言う。


「いろいろ迷うときはね。自分の心に聞いてみればいいんだよ」


そしてまた、さっきの大人びた笑顔を見せた──。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/nRwbMBZHW0w


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お読みくださり、ありがとうございます。

【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846

4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

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