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いかなる花の咲くやらん 第7章第2話 「あおばと の 生きるための死ぬ覚悟」

十郎は曽我の家からしばしば大磯の永遠のもとへ馬で通い、二人で大磯の海岸をよく散歩した。
「危ない。永遠さん、馬の後ろに立ってはなりません。馬は臆病で、見えない後ろに誰かが来ると、怯えて攻撃をしてきます。思いっきり蹴飛ばされたら、胸がつぶれて息ができなくなりますよ。子供のころに教わりませんでしたか」
「はい。乗るのはもちろん、こんなに間近に馬を見たのも初めてで」
「では、覚えておいて、今後は気をつけてください。やっと巡り会えたのです。そんなことで、離れ離れになるのは、とても悲しい」
「はい、気を付けます。ありがとう。あっ、あおばとが飛んでいる」
「あおばと?」
「そう、あの鳥の名前です」
「あおばとというのですか。きれいな鳥ですね」
「はい。全体的に緑色のが雌で、羽が赤っぽいのが雄です。あぶり神社のある大山に住んでいて、夏になると、こちらの海まで飛んでくるのです」
「水鳥でもないのに海に。波が来たらひとたまりもありませんね。何故、海に来るのでしょうね」
「塩をなめにくるといわれています。海水を飲むときに、さらわれることもあります。また、その時に隼に襲われたりもします。本当に命がけで、海水を飲もうとしているのです」
「へえ、あんな小さな体で、大いなる決心を秘めているのですね」
「生きるためにどうしても塩を摂ることが必要なのでしょう」
「生きるために,死を覚悟する。私の生き方と通じるものがあるような気がする」
「死を覚悟して生きる…。それは、武士の生き方ということですか。十郎様が死を覚悟していらっしゃるのではありませんよね」
「なんと言ったらよいのだろう。永遠さんに会うまでは、武士として常に死は覚悟していました。本望を成就するためには、この命と引き換えても構わないと思っていました。でも、永遠さんと巡り会った今となっては、思い悩む夜もあります」
「命に代えて成就したい本望がおありになるのですか」
「いやいや、永遠さんのおっしゃる通り、武士の生き方としてです。亡き父の教えです。永遠さん、何故、武士が腹を切るかご存知ですか。切腹はこれしか道がない、追い詰められて死を選ぶというのではないのです。自分が正しく生きた証として、命を持って主張するのです。そのことを、死を覚悟して生きると申しあげたのです。死を覚悟して懸命に生きるアオバトに私は感慨深いものを感じました」
「本当にそれだけですね。私は遠いところから参りました。何とかして、いずれ故郷に戻りたいと思っておりましたが、今は十郎様とここで共に生きていく覚悟をいたしました。十郎様も私と共に生きる覚悟をしてくださいませ。生きるための死ぬ覚悟ではなく、生きるための生きる覚悟をしてほしい」

次回 第7章第3話 「幸せ」に続く


毎年夏に飛来します。10月頃まで見られます。
著者撮影


第1話はこちらから。


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