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研究紹介「理科における問いが生まれる思考プロセスとは?」

今回は、理科学習における問いが生まれる思考プロセスに関して検討した研究(吉田・川崎,2019)を紹介する。

研究の背景

理科の学習において、問いを持つことは極めて重要だ。

なぜなら、問いに対峙し、その問いに答えようとする探究過程が、深い学びを生み出す源泉であると考えられるからである。

しかし、問いは突如として現れるものでも、教師から提示されるものでもない。

むしろ、問いが形成される背後には、学習者が抱く素朴な疑問や、それに対する反芻など、疑問から問いへの思考プロセスが存在すると考えられる。

そもそも「疑問」とは、「なぜだろう」という感情を伴いながら、現象同士の対比や既存の知識とのずれから生じる認知的葛藤だ考えられる。

例えば、本研究の中で扱われた疑問から抜粋すると、「なぜ、牛乳はペットボトルではなく紙パックに入っているのか」という、他の飲料水との対比や「なぜ、血管は青く見えるのか」といった血液は赤いという知識とのずれなどが挙げられる。

このような素朴な疑問は「なぜだろう」という驚きや当惑といった感情を伴うものであり、科学的探究の基礎だと考えられる。一方で、このような認知的葛藤に対して、操作可能な特定の変数に着目したり、仮説や検証の計画をもつことで、それに答えることが可能になる。
このように、抽象的な疑問ではなく、探究の見通しを含むものを、ここでは「問い」と呼ぶ。

以上の違いに着目すれば、授業の中では「疑問」を「問い」へと変換していくことで、科学的な探究が進むと考えられる。しかし、この「疑問がどのようにして問いになるのか」、という学習者の思考プロセスについては十分に検討されていない。

そこで、本研究では、疑問がいかにして問いに変化していくか、その思考プロセスを詳細に検討をした。

この研究を通じて、学習者が自身の疑問を問いとして深めていく過程を検討し、より効果的な学習環境の構築に寄与することを目指した。

調査と結果

調査は、21歳から24歳の大学生または大学院生、計20名を対象に実施された。

調査の手法として、あらかじめ用意した8つの自然現象に関する疑問に対して被験者に考えてもらい、その思考プロセスを口に出してもらうことで記録する、発話思考法を用いた。

例えば、「なぜ、昆布は海の中で出汁が出ないのか」という疑問に対して、

「なぜ、昆布は海の中で出汁が出ないのか」
→「確かに海の中では出汁が出ていない」
→「日常で昆布から出汁を取るのは味噌汁などを作る時だ」
→「海水とは温度や食塩の濃度が異なる」
→「昆布だしを取った料理に塩を振っても出汁の風味は感じられる」
→「昆布から出汁をとるには温度が必要なのではないか?」

といった具合に思考を記録していく。

本研究では疑問を探究の見通しを含む形としてより明確化したものであると整理した。

具体的には「何が」「どのように」疑問視を扱う思考に至ったものを、疑問から問いへの変換が行われたと判断し、その過程をカテゴライズした。

上記の例で言えば、海水の温度といった部分がこの「何が」にあてはまると見て、問いが立てられたと判断している。

その結果、思考内容は上に記した例と比較しながら見て見ると、

A:問題状況の確認(「確かに海の中では出汁が出ていない」)
B:既存知識の想起(「日常で昆布から出汁を取るのは味噌汁などを作る時だ」)
C:要因の検討(「海水とは温度や食塩の濃度が異なる」)
D:仮説の形成(「昆布だしを取った料理に塩を振っても出汁の風味は感じられる」)
E:実験方法の考案(「異なる温度や食塩濃度で昆布から出汁が取れるかを試してみるのが良いのでは?」)
F:問いの設定(「昆布から出汁をとるには温度が必要なのではないか?」)

に分かれ、A~D,Fは問いへの立案まではすべてにおいて出現したのに対し、Eの出現率のみ15%と低い結果となった。以後、Eについては考えない。

さらにこの思考内容は次の順で出現する場面が多く見られた。

「A:問題状況の確認」→「B:既有知識の想起」→「C:要因の検討」→「D:仮説の形成」→「F:問いの設定」

これらは、先行研究とも同等の結果が得られていたが、他の研究とは、仮説の形成と問いの設定の順序という一点だけで差が見られることが多かった。

考察

本研究では問いへの変換における思考の順応性が明らかになった。

しかし、上記の順にそぐわない思考の順序や、「E:実験方法の考案」が思考の順応性にどのように関与するかは、今後の課題である。

上記に挙げた思考順序の違いは、問いありきで問題解決過程を思考するかの違いによると考えられる。

問いを設定した上で思考順序を見れば、仮説の形成を目的として思考がはたらく。

本研究成果を元に疑問→問いという流れでの、授業の構成なども今後求められる。

所感

上記の例で、例えば中学生の理科の実験でよく扱われるカルメ焼きの作成について考えてみる。

この実験は、加熱後に勢いよく膨らむカルメ焼きのようすから化学反応について考察する実験である。

炭酸水素ナトリウムが過熱をすることによって熱分解し、二酸化炭素が発生することで膨らむ。

既存の授業の中では仮設の設定を目標とする考察が多いため、「カルメ焼きが膨らむ理由を考えよう」といったところからスタートする。

さらには授業内ですでに化学反応について学んでいる生徒も多いことから、思考の途中で「炭酸水素ナトリウムの二酸化炭素が関係しているのでは?」という簡単に「炭酸水素ナトリウムが熱分解している」という仮説に到達する。

これを問いの設定を目標として授業を組み立てるとなると、少し骨が折れるようにも感じる。

「カルメ焼きはなぜ膨らむのか?」という疑問に対して、「泡立ったから」、「空気中の空気が入ったから」、「熱で膨張したか」といった具合に、仮設の段階で幅広い視点での考察が必要になる。

疑問から問いへという探究プロセスを回しやすくはなるものの、統一した科目の意図に沿った指導をする上では、教員の技術が求められるのではないだろうか。

参照

吉田美穂, & 川崎弘作. (2019). 科学的探究における疑問から問いへ変換する際の思考の順序性の解明に関する研究. 理科教育学研究, 60(1), 185-194.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjst/60/1/60_18024/_pdf/-char/ja


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