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オランダの日本人学校で視野を広げた3年間。一歩踏み出したことで得られる喜びを、子どもたちと一緒に味わい続けたい

オランダ、ロッテルダム日本人学校の在外教育施設派遣教師として2021年4月〜2024年3月まで派遣されていた棚橋弘子さん。

派遣先の学校では、異なる背景を持つ子どもたちの価値観の違いにも好奇心を持って耳を傾け、苦労と思わず楽しんできた。学生時代から海外留学をするなど未知の世界に挑戦し続けてきた棚橋さん。そんな彼女が身を以て得た多様な実体験を、子どもたちにも伝えているそう。

棚橋さんはどのようなキャリアヒストリーを歩まれてきたのか?詳しく話を聞いた。


オランダで気づいた、子どもが自ら選ぶことの大切さ

——棚橋さんが赴任されていた、オランダのロッテルダム日本人学校とはどんな学校なのでしょうか?

私が勤務しているのは、オランダ国内に2つある日本人学校の内の1つです。主に日本国籍の子どもたちが平日に通う私立学校で、大使館やロッテルダム港に関連した日本企業に勤めるご家庭のお子さんが多く、全校で小・中学生合わせて20人の小さな学校です。

少人数ということもあり、さまざまな人たちと交流するための遠隔合同授業を学校全体で積極的に行っています。ヨーロッパにある他の小規模な在外教育施設とオンラインでつないで授業を進めており、例えばイタリアのローマや、ルーマニア・ブカレストにある日本人学校と一緒に学んでいます。

また、日本人学校以外のオランダの現地校やインターナショナルスクールの生徒との交流にも力を入れています。現地にある学校と交流する際には、一緒に授業を受け、昼食を食べ、遊んだりしています。小・中学生が一緒になって、現地校の子どもたちを日本人学校に招いて日本の文化を紹介すること企画も実施しています。

私は2021年に本校に赴任して、3年目になります。今年度(取材当時)は、小学校の3、4年生の担任をしていますが、担当学年はもちろん、他の学年の授業を担当することもあります。

クラスには計7人の児童が在籍しており、3年生と4年生それぞれの学年ごとに授業を進めています。基本的には日本の学校と同じ教科書を使うのですが、子どもたちの状況に応じて、教科書以外の素材も用いた授業をしています。

学校全体でイエナプランの要素を取り入れた、個々を大事にしながら集団で学べる環境づくりに取り組むなど、とてもユニークな学校で働かせてもらっています。

——子どもたちの実態に合わせた、多様な学びをつくっているのですね。

異なる学年の子どもたちが一緒の教室にいるということを生かして、互いに教え合える仕組みをつくったり、自由進度学習という子ども自ら学ぶ内容や方法、進度を選べる方法に挑戦するなど、一人ひとりに合った学びができるような工夫をしています。

一人ひとりに合った学習方法を選べるということで、ゆっくり授業を進めたい子は私の周りで学習することを選んだり、教科書を見て理解できるような子たちは自分で取り組みたい内容を選んだり、教科書プラスアルファの課題に取り組めるようにするなど、自分で学びを進められるようにしています。

私がオランダに来て感じたのは、子どもが小さいときから大人に言われた通りにさせるのではなく、子どもが選択することを大事にしていること。そして学校では、子どもが自ら選び、その選択に責任を持つような経験をさせていると感じました。

そんな環境における先生の役割は、子どもを一人ひとりの個性をしっかり観察して伸ばしていくことなのだと思っています。そう気づいてから私は、少しでも子どもたちが「選ぶ」という経験を、学校内でできるように心掛けています。

外の世界に出て気づく、日本の教育の良さ

——なぜ日本の公立学校から、海外の日本人学校への赴任に挑戦しようと思ったのですか?

小学6年生の担任の先生に憧れたのがきっかけで、学校の先生を目指して地元大学の教育学部に進学しました。大学4年生まで普通に学び、そのまま採用試験を受けて、大学を卒業して先生になるという流れの上にいました。

ところが大学4年生の教員採用試験の願書を書くというときにふと、自分の視野はとても狭いんじゃないかと感じたんです。これから多様な子どもたちと向き合う仕事に就くのに、こんな自分で教員が務まるのだろうか?そんな疑問を持ったことをきっかけに、方向転換し、大学院に進学。

所属していた研究室が海外の教育を研究するゼミだったこともあり、教授が企画したドイツやデンマーク、スウェーデンの学校視察研修へ参加したり、未知の世界に飛び込んでみたくて、交換留学制度を利用してオーストラリアへの留学も経験しました。それ以外にもNPOでボランティアをするなど、たくさんの経験を経て教員になりました。

しかし長年の夢を叶えて教員になったものの、一番大切な授業のための準備時間が取れずにいました。教材研究をしようにも、後回しになってしまうような日々。次第に、私の教員生活はこのままでいいのか?と悩むようになりました。

そんな中で、たまたま在外教育施設や日本人学校派遣制度のことを知り、育休から復帰したタイミングで思い切って挑戦することにしたんです。

——海外での勤務そのものがとても思いきった選択だったと思うのですが、実際に海外で働いてみてどんな印象を持ちましたか?

日本の学校と違うのは、日本から転校してきた子もいれば、ずっと海外で暮らしている子など、多様なバックグラウンドを持っているということ。子どもだけでなく、保護者の方も同様に多様なバックグラウンドを持っています。

そんな環境に苦労される方もいらっしゃるとは思いますが、私は新しいことにチャレンジするのがとても好きなので、一人ひとりの子どもや保護者と向き合いながら、楽しく働くことができました。

また、オランダで働いてみて、日本では当たり前に教えられていることが、世界では教えられていないことがあると知りました。

例えば、道徳の授業で思いやりや奉仕の心を育てたり、自分たちで掃除をしたり、給食を通して食べ物を粗末にせずバランスよく食べるという食育的な視点など。日本の学校ならではの教育について現地の先生に話してみると、とても興味を持ってくださいました。

それから日本の先生は授業を考えるときに、板書の計画を立てて、発問を吟味してという感じで、1つの授業について丁寧に準備されますよね。そんなところが日本の教育の良さだと感じています。

学校の外観

—— 3年間の滞在生活の中で、思い出に残っていることはありますか?

運動会の運営ですね。コロナが収束し、2年ぶりの開催だったので、これまでのことが分からない人も多い状態での企画を始めました。この運動会は、校内で実施するものではなく、オランダ国内にいる日本人の子どもたちが一堂に会して行うという大きなイベントです。

日本の学校で言う運動会は、学校単位で実施するものが多いため、どちらかというと集団で動く意識を育むためのものという感覚が強い印象です。でも今回実施した運動会は、オランダ国内にいる日本人が一堂に会するもの。つまり、集まることに意味があるというわけなんですよね。

1つの学校の先生だけでなく、他の日本人学校や補習授業校(平日現地校に通う子たちが国語を学ぶ場所)の先生たちと協力して運動会を企画したため、価値観の違いはどうしても生まれます。そのような中で何度も話し合いを重ねて、意見や価値観をすり合わせていきました。

話し合いを重ねた末、当日は、子ども・保護者合わせて合計2,000人ほどが集まる大きな運動会と開催することができました。

教員としてではなく、一人の人間としてやりたいことを

—— 子どもたちとはどのような挑戦をされてきたのでしょうか?

日本人学校では、現地の子どもたちと交流するために現地校にときどき出かけます。あるとき私は、1人の子に「現地校の子に英語で話しかけてくるように」というミッションを授けました。日本人学校に通う子にとって、現地の子と英語で交流する機会は実はとても貴重なんです。

その子は、現地校に行く前からすごく緊張して硬い表情のまま学校に入りました。そんな中、たまたま隣にいた現地校の子が「好きなサッカー選手いる?」と話しかけてくれたんです。

その話題をきっかけに、その子たちはサッカーの話で盛り上がり、休み時間には一緒にサッカーをするまで仲良くなっていました。交流が終わったあとは「楽しかった、話が通じたよ!」と喜びに溢れた表情で私に報告してくれました。

私は学生時代、英語があまり好きではありませんでした。そんな私でもオーストラリア留学する中で徐々に英語が話せるようになり、言葉が通じることでたくさんの世界の人と話せるようになると気づきました。そのときに、コミュニケーションをとる喜びを感じたんですね。

Hello!とかThank you!というたった一言、勇気を出して声を掛けただけで、世界の人とつながることができる。子どもたちにも、そういう感覚をたくさん味わってほしくて、ミッションを授けたというわけです。

ーーミッションを与えられた子にとっても、良い経験になったと思います。棚橋さんは2024年3月に任期を終えられるそうですが、帰国後に挑戦してみたいことはありますか?

学校現場に戻ることは決まっているのですが、そこでどんな挑戦をしようかは、まだ迷っている部分で答えが出ていません。

一つ言えることは、新しい文化に触れたり、自分が起こしたアクションが誰かに届いて思いが伝わる経験を、日本の子どもたちにしてほしい。そしてそこから得られる喜びを感じてほしいと思っています。そのためにも、広い視野を持てる子どもたちが育つ機会や環境をつくっていきたいと考えています。

例えばオランダで学んだイエナプランの考え方をもとに、異学年での学びや、サークル対話などを授業の中に取り入れたりしてみたいです。

日本の先生たちが少しでも働きやすくなるような「働き方の提案」もできたらいいなと思っています。家族との時間を大切にするオランダでは、定時に帰るのが当たり前。先生たちも生き生きと働いているからこそ、子どもたちも幸せ、というのがオランダなのだと思います。

今の気持ちを正直に言うと、帰国後は楽しみも半分、不安も半分です。環境が大きく変わるので、家族と過ごす時間を大切にした働き方が続けられるのだろうかという心配もあります。

でもそんなときこそ、自分自身がどうしたいのかをもう一度問い直すタイミングでもあるのだろうなと思います。

ーー棚橋さんも迷いながら、前進されているのですね。最後に海外の学校で働くことに関心のある方へ、メッセージをお願いします!

もっと視野を広げたい方にも、在外教育施設で働くことをおすすめしたいです。私だったら母親であり妻であるなど、人によっていろいろな立場や役割がある中で、海外に行くという選択をするにはたくさんのハードルがあると思います。

でも、できる・できないで判断してしまわず、自分が持っている肩書きを一度取り去って、「自分は本当はどうしたいか?」を考えてみる。そうすると何かいい答えが出るんじゃないかなと思っています。

一人の人間として本当にやりたいことを志していくのが、教員としても人としても大事なんじゃないかと思いますね。

もし迷っている方がいたら、行動したもの勝ちだと私は思いますこれを読んでくださった方が、もし迷われているのだったら、ぜひチャレンジする方を選んでいただけたらうれしいです。

取材・文: 坪谷 彩子| 写真:ご本人提供