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公立中学校の体育教諭から、オランダ移住。2つの国での教員経験を生かし、平等に学ぶ機会が与えられる社会づくりの道へ

日本国内で10年間、学校の先生として教育に情熱を注いできた安井隆さん。あるとき教育委員会主催の海外現地校視察でオランダを訪れ、オランダの子どもたちの学ぶ姿や先生のあり方に衝撃を受けたという。

教育を入り口に、オランダという国にすっかり魅了されてしまった安井さんは、家族を伴ってオランダに移住。教員目線でオランダ教育の魅力はどこにあるのかを、実際に現地の小学校で体育の先生として働きながら体感してきた。

帰国を目前に控える安井さんに、これまでのキャリアのことや現地での仕事のこと、今後の展望などについて話を聞いた。

※本記事の内容は、2024年6月取材当時のものです

先生って、カッコいい。憧れて教員の道へ

ーー安井さんはご家族でオランダに移住し、現地の小学校で教員として働かれているそうですね。

はい、オランダのユトレヒト市にあるOBS Overvecht(オーバフェ)という公立小学校に体育の先生として勤めていて、4歳から12歳(日本でいう年中から小学校6年生)の子どもたちの体育の授業を担当しています。

この他にも、学校の体育大会の運営や、オランダの盛大な祝祭日であるキングスデー(国王の誕生日を祝う日)に行う催しの企画や実施、また職場におけるチームビルディング(組織づくり)担当でもあるので、教職員間の仲を深めてチーム力向上につなげるための施策を練って実行する、なんてこともしています。

同じ職場の体育の先生と一緒に

——日本でもずっと先生をされてきたのでしょうか?オランダに来るまでのキャリアもうかがいたいです。

日本では10年間、保健体育の先生として働いてきました。厳密には、日本体育大学を卒業後、愛知県や京都府の中学・高校で講師をしていて、3年目の年に教員採用試験に合格。

名古屋市立の中学校に配属されて7年間、名古屋市の公立学校で担任や部活動顧問、生徒指導主事を経験してきた、というキャリアです。

ーー教員一筋のキャリアを歩まれてきたんですね。安井さんが教員になりたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

先生ってカッコいい、という憧れの気持ちから始まっています。

最初は英語の先生になりたいと思っていたんです。中学のときの担任の先生がすごくいい先生で、その人が英語の先生だったから。授業に来た外国人講師とも仲良くなったり、当時人気だった英会話番組を見たりしながら、すごく楽しく英語を学んでいました。英語に興味のあった友達と洋楽バンドを組んで、一緒に英語の先生になろうなんて話していたほどです。

ところが高校生になってから、自分はどうやら英語が苦手だということに気づいてしまって…。英語じゃないなと思ったときに、当時の担任の先生が体育の先生で、体育の授業がおもしろかったし、自分自身も体を動かすことが好きだったので、体育の先生もいいなと思い始めました。そんなタイミングで、日本体育大学の先輩方が教育実習生として学校に来たんです。

彼らは野球部の先輩でもあったのですが、先生として私たちの前に立つ姿がすごくかっこよくて。絶対に体育の先生になろうと決めました。担任の先生もすごく応援してくれて、大学のことなどいろいろと調べてくれました。

そうした先生たちへの憧れの気持ちと、教員という仕事を通して日本を元気にしたいという思いから、ただひたすらに先生になることを目指して走ったきた、という感じです。その思いは、今でも変わりません。

オランダの学校で見た光景に衝撃を受け、家族で移住

——先生という仕事に情熱を持つ安井さんが、日本での教員生活を辞めて、オランダに移住を決意した経緯を教えていただけますか?

教員10年目のときに、オランダ教育、主にイエナプラン教育について学ぶことを主な目的とした、教育委員会主催のプロジェクトに参加し、実際に現地に教育視察に行く機会を得ました。

現地の学校では、子どもたちの学ぶ姿や表情、先生たちの働く姿や校長先生が学校のビジョンについて語る立ち振る舞いを目の当たりにし、日本とのあまりの違いに衝撃を受けました。

オランダの先生たちには、常にパッションがあるんですよ。私を含め、多くの日本の先生たちは疲れて余裕のない日々を送っているであろう状況に比べて、オランダの先生たちは、なぜこんなにも生き生きとして、パッションにあふれているんだろう、この違いはどこから来るんだろう、と気になり始めて。

これは、イエナプランだからというのではなく、国や社会制度のあり方も含めて、もっと深いところに要因があるのではないかと感じました。

安井さんが働いている小学校

そこで、この国で教員として働きながら、オランダ教育をより詳しく知ろうと思い、家族を伴って移住することを決めたというわけです。

現地での就職先や住まいを見つけていなかったばかりか、教員免許の書き換えができるのかすら分からなかった状況でしたが、飛び込みました。

——すごい行動力ですね!それだけ、オランダ教育との出会いが安井さんにとって衝撃的だったのですね。当時、日本ではどんな先生として子どもたちの前に立っていて、オランダに行ったことで価値観にどのような変化があったのか、知りたいです。

先生になってから7年くらいは、担任や部活動顧問として、目の前の生徒たちにとにかく一生懸命に、がむしゃらに向き合っていました。本当に、暑苦しいくらいに。

価値観が変わったのは、教員8年目のときです。外国籍の家庭や経済的に恵まれない家庭が多く集まる地域、いわゆる教育困難地域と言われるような場所にある学校で、生徒指導主事を任されました。

学校全体の課題を見る必要が出てきたわけです。貧困家庭の子や外国籍の子など、いろいろな家庭環境に置かれている子どもたちを見て、生まれながらにしてスタートラインが違う状況がある現実を実感しましたね。じゃあどうしたらこの差を埋められるのか、そこを自分の目標として掲げたいという思いがどんどん強くなりました。

さらにオランダ教育に出会うことで、教育課題を解決するためには教育や福祉などの社会システムを変えていく必要性があることに徐々に気づき始めて。

こうして振り返ると、自己から学校全体、そして社会から世界へと、教員としての視野が徐々に広がっていきました。

——オランダと日本の教育の違いについて、他にも印象的だったことはありますか?

オランダでは、子どもを中心として全てが考えられているんです。そもそも子どもってどういう思考をしてどういう行動パターンを取るのか、といった研究がすごく進んでいで、それが学校にも授業にも反映されています。

もちろん、子ども一人ひとり、当然違います。だからこそ、よく観察して、その子に合わせてどんなアプローチができるかを考えていくことを先生たちはすごく大事にしている。

日本は学習指導要領を中心にした学校教育なので、先生がどう教えるか、という考え方が強いですよね。その差はすごく大きいなと感じました。

日本を、教育から元気にしたい

——2024年夏には日本に帰国されるとのこと。オランダと日本の教育の両方を身を持って体験し、さまざまなことを学んだ今、帰国後はどのように学校教育に関わっていこうと考えていますか?

帰国を決めたのは、オランダの教育を知った今だからこそ、もっと日本の教育のために、日本がより元気になるために力になりたいと思ったからです。

オランダで学んだことを日本に持ち帰り、アクションを起こしていきたい。そうすることで、日本の教育をより良くしたい。そこに自分のパッションがあります。

現在、日本の教育は変革期を迎えています。多くの情報を手に入れることはできますが、個々の学校に最適なものを選び、どのように具現化していけばいいのか迷っている学校や自治体は多いと思います。私自身も教育現場と社会システムの両面にアプローチしてより良い形に変えていきたいと思っているので、1つの学校で働くというより、さまざまな教育機関や自治体とつながって、連携しながら活動していけたらと考えています。

ーー例えば、オランダで培ったどんな経験が生かせそうでしょうか?

学校現場にはチームビルディングやリーダー研修が大切だと考えていて、オランダの学校で担当していたときの経験が生かせると思います。

あとは、体育の授業。おそらくオランダの体育は、日本が今目指している令和型の体育(特定の競技技術の向上のみに重点を置くのではなく、心身の健康を保つために、生涯にわたり主体的に運動を楽しむ姿勢を育むことを目的としたもの)にピタリと当てはまるものです。

そのオランダ教育のカリキュラムや理論を体系化し、ワークショップを通じて日本の先生やスポーツ指導者、大学生などに教えていけたらと思っています。

また、オランダで一般的に広まっている「いじめ対策プログラム」も日本の学校に紹介できます。このプログラムを教えられる資格も取得したので、可能であればどこかの学校で子どもたちに体験してもらいたいですね。

日本では多くの子どもたちが命を絶つ選択をしている状況に、すごく危機感を感じています。実は私自身、教え子の訃報に接したことがあり、もっと社会を生き抜く力や、いじめをなくすために、子どもたちの社会性を高めるトレーニングなど、伝えるべきことがあったのではないかと何度も考えました。

いじめプログラムの講師の先生と一緒に

この状況を何とかしないといけないという強い使命感が湧き上がり、社会制度のあり方を変えるために、ゆくゆくは政治の道にも進んでみたいという思いが芽生えています。

政治を通じて福祉や教育に資金が回ってくる制度を整え、多様な背景を持つ子どもたちに学ぶ機会が平等に与えられる社会を実現したい。そのためにも、両国での教員経験で得た資産や、自分の目で見た正しい情報を、自分の言葉で人に伝えていきたいです。

オランダの社会システムを参考に、日本でも取り入れられそうな事例の紹介やアドバイスはできると思うので、気になる方はお気軽に声を掛けてもらえたらうれしいですね。

——教育機関や自治体と連携して、日本の教育をより良くしていきたいというパッションが伝わってきます。最後に、教員になりたいけれど迷っている方にメッセージをお願いします。

教員は、子どもの成長を目の前で感じられる、いい仕事ですよ。

私は特に、家庭環境が複雑な子や、社会的に弱い立場に置かれていて家庭でカバーしきれないような子を学校でカバーしたいという思いが強く、そういった子たちが卒業後に安定した仕事を得たり、元気に生活していたりする話を聞くと、安心するしとてもうれしい気持ちになります。

なかなかすぐには達成感や成果が得られる仕事ではないですが、長い目で見たときにすごく充実感があり、そこが教員という仕事の魅力かなと思います。

毎年いろいろな教育ニーズのある子どもたちが来るので、自分自身も成長できますし。多様なニーズに応えようとすると、自分自身を日々アップデートしないといけないからです。常に自分を新しくしていく、刺激がある仕事とも言えますね。

いろいろな経験を持った方が学校に入ってくださるということは、間違いなく学校教育の質の向上につながりますので、いろいろな不安はあるとは思いますが、自信を持ってチャレンジしてほしいなと思います。

取材・文: 相良 直子| 写真:ご本人提供