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小澤メモ|NOSTALGIBLUE|思い出は青色くくり。

9 読書。エヴェレスト、1996年。

エヴェレストの大量遭難事故。
1996年夏。友人の部屋にあった『ニューズウィーク』をなんとなく見る。途中、6ページにわたって特集されていた、エヴェレストでの大量遭難事故の記事に釘づけになった。この年の5月に起きた事故は、テレビのニュースでもさかんに報じられていたので、よく覚えていた。そして、記事によると、通信社が配信するニュース原稿とはまた別の情報や内容があるのがわかった。なぜ、著名な登山家が命を落としたのか。そして、そのときに当時史上最悪の8人もの犠牲者がでてしまったのか。記事は、このときの生還者のひとり、ジョン・クラカワーが執筆していた。彼は、アメリカのアウトドア雑誌『アウトサイド』のタイアップで、このエヴェレスト登山ツアーに参加していたライターだった。ツアー?! 最高峰エヴェレストにツアーで行けるのか?! 1996年のエヴェレスト大量遭難事故は、それまで一般人が手を出せなかったはずのハードな登山における新しいフェーズを象徴する2つのツアーチームが関係していた。

世界で一番高いところで。
専門誌『アウトサイド』でレポートを掲載したジョン・クラカワーが、一般誌の『ニューズウィーク』に寄稿依頼を受けたことでも、この事故に対する関心の大きさやここに孕んでいる問題とその検証が、いかに重要だったかがわかる。このとき彼が書いた、「世界で一番高いところをなぜ目指すのか~~」というような結び方をしていた原稿に惹きつけられた。ツアーチーム内の人間関係。事故に至った原因。非情な判断と悲惨な結末。詳細で冷静なレポート。その最後で、結局は、(世界で一番、危険で高い最高峰を目指す理由は何なのか、それは行った者しかわからない)というような、こちらを突き放すというか、山の霧とかみたいに煙に巻く感じが、不思議だった。だから惹きつけられた。1920年代、エヴェレストで消息を絶ったイギリス人登山家、ジョージ・マロリー。生前に彼が残したあまりにも有名な言葉。ニューヨーク・タイムズのなぜ登りたいのか? という当時の取材に彼はこう答えている。「そこにエヴェレストがあるからだ」。ジョン・クラカワーの結び方もこれと同じくらい、当たり前で、大きすぎて、よくわからない。

書籍化を待っていた。
友人の部屋で『ニューズウィーク』のレポートを読んだとき、この先を知りたいというか、もっと詳しく聞きたいと思ってジリジリした。口をへの字にひん曲げて腕を組むこちらを見て、一緒にいた友人2人が軽く引いていたのを覚えている。(ジョン・クラカワーは必ずこれを書籍にするはずだ)(してくれないと困る)と思った。そして、やはり、待ってました、1997年、『イントゥ・シン・エア』と題して、彼の著書が上梓された。すぐに日本語訳版『空へ』を手にして、ほんとに大げさではなく5回はすぐに読み返した。そして、1998年には、(低体温症と酸素が希薄な高所では思考力がダウンするのを加味しても、ある意味で自己弁護的なAサイドでしか書かれていない部分がある)ジョン・クラカワーへのBサイド的な本として、彼とは別のツアーチームに参加していたガイドのアナトリ・ブクレーエフが『デスゾーン』を出版。この本も待っていた(こういう本が出るはずだと思っていた)ので、すぐに手にした。

なぜ、惹きつけられるのか。
その後も、別のチームが製作したこの登山時の3D映画も見に行ったし、この事故で亡くなられたニュージーランドの登山家の遺族に連絡をとって、カルチャー誌でコラムとしてページにもさせてもらった。なぜ、1996年のエヴェレストでの大量遭難事故のことについて、これほど気になっているのか。エヴェレストどころか、トレッキングやアウトドア生活、今流行りのグランピングなど、D.I.Y.的外活動が苦手で、バーベキューの誘いも迷わず断ってきたのに、なぜ、このことは気になるのか。それは、山のことというよりも、人間の心理や極限での行動原理が、あからさまになっているからだと思う。そして、それを十分にわかっていて、それでも山頂を目指す人々について、少しだけでも知りたいからだと思う。雷や嵐などの天災や自然への畏怖の念と同じくらい、得体が知れない(良くも悪くも)魅力がある。1996年のエヴェレストでの大量遭難事故から3年後、ジョージ・マロリーの遺体が発見された。その山で消息を絶ってから75年が経っていた。彼が世界で一番最初にエヴェレストの頂に立ったのかどうかはわからないが、どれだけの命が犠牲になろうとも、最高峰を目指す人は後を絶たない。また書くことがあったら、今度は、1996年の2つのツアーチームの隊長のロブ・ホールとスコット・フィッシャーについて書きたいと思う。そして、今年もまたどこかで『イントゥ・シン・エア』と『デスゾーン』を読み返すと思う。9
(写真は、ヒマラヤに挑戦する登山家の登攀技術の研鑽場であり、究極の壁のゴールでもあるヨセミテ。この撮影旅行にもエヴェレストの本を持って行った/2018年)

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