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物欲を封じ込める



節約なんて虫唾が走る。


それほど苦手な節約をせざるを得なくなった状況から、身の回りがモノで溢れていても心が幸せとは限らないと知った。

買い物中毒かと疑うほどの抑えられない物欲と戦い、一切をスルーすることで"欲しいモノ"に向き合わないようにした過去がある。

必要なものを極めることで見えてくる大切なことの話。


必要なものと不必要なものの区別


家具やブランド品といった特別な買い物とか、非日常である旅行など、そういった場面ではない"日常生活内"で自分にとって必要なものが多すぎる。

例えば必需品であるスキンケア用品やメイク用品。服も下着も靴下も、もっと言ってしまえば食品も、
一つ一つの持ち物にこだわりがありすぎて「ここのじゃないと」「あれじゃないと」という欲望が強い。強い、というよりそれ以外の選択肢はない感覚だ。それしか買えないからと私の中で決まっていた。

だから買い物が過ぎてどれほど金欠なときでも「買い物を控えておこう」ができない。…できなかった。
あまりに酷くて、自分の収入と支出のバランスがおかしいことになっていても、それらの"私にとって必要なもの"を買わないことはできなかったのだ。だって、私にとってはなければ困るものだから。



凄まじい物欲

買い物が好きというのもあって常に必要(だと思い込んでいる)情報に目を向けている。常にあれが欲しいこれが欲しいが浮かんでくるし、生活に欠かせないものの水準を落とすことができない。

なぜか子供の頃から金銭感覚がずれていた。10代の頃、「クレジットカードは作らないほうがいいんじゃない?」と本気で心配されていたほどだ。

自分にとっては自分が基準なわけで、それを贅沢だとは思っていなかったのだけど、人から言われて気づくことがよくある。一緒に化粧品を買い物に行った友達に使う金額を驚かれたり、洋服を一気に買った金額が噂になったり。そんなことが頻繁に起こると、あれ????と自分を疑うようになっていく。

特別なことはしていないのに、なんでお金が減っていくんだろうとすら思っていた。それを贅沢だと言われるのも鬱陶しかった。自分で稼いだお金を、どう使おうが私の自由だ。好きにさせてくれ、と。



頭の中から追い出す


そんな私が昔、働けなくなってしまったとき。

人生で初めて、自分が必要だと思っているものの金額に直面し驚愕した。高価なものをプチプラにすれば大幅に出費は減る。節約しなければいけない。ワードも聞きたくない、大の苦手な節約をしなければいけないーーー。


それは結局、我慢だ。
我慢は辛い。我慢するのも苦手。だから私は、湧き出てくる物欲を、その中身を、一切スルーして頭の中から追い出すことにした。そもそも買う選択肢をなくして我慢しないことにしたのだ。辛すぎて。

これはダイエット中に甘いものが欲しいときとか、禁煙中にタバコを吸いたいときと同じで、やめなきゃいけないと我慢するから辛い。だからひたすらスルーして、物欲自体を消失させていった。


人は窮地に立たされると、意外とできるものだ。

節約なんて虫唾が走るわと好き勝手やってきた私が、お金を使わないことを意識し出す。
そうすると、それでも意外と生きていけることを知った。

それまでの私は、"必要なもの"がなくなったら生活できないと本気で思っていたのだ。ただ金額を抑えればいいだけなのに。



本当に大切なもの


好きなもので溢れているけど整頓されているような、ごちゃごちゃしているようでスッキリしているような、そんな部屋が好きだけど、モノを持たないミニマリストの気持ちが少し、分かった気がする。

"最低限"を極めると、本当に必要なものが浮かび上がってくる。その一つにさえもまた、「本当に必要か?」を検討するようになる。私はミニマリストではないし、それほど厳選できていない。きっと今でも買いすぎ傾向なのだけど、無駄なものはなくなったと言える。


節約はやっぱり嫌いだし、好きなときに好きなように好きなものを好きなだけ、買いたい。私はとにかく自由でいたいのだ。
だけど、洗練された好きなものだけの持ち物は気分が良い。何を買うか選び抜いたものだけの空間は心地良い。
物欲でいっぱいになっていると、本当はそんなに好きじゃないものまで好きなのかもと錯覚していく。それがないことは本物だけ目に見えているようでいい。


物欲に踊らされない自分でいよう。私が物欲をコントロールするのだ。
本当に大切なものだけを厳選して、心を満たしていたい。



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