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こがねの脈をゆき|佐渡日記3



2024.7.31(水)

三時半に目がさめる。
ひじの辺りがぷっくり腫れる。かゆさと、暑さからの寝ぐるしさで、空が白けるまで起きている。

二度寝をしたら八時。月の日がきて、あざやかな血がでた。ふとほかの国では、生理の婉曲表現にどんなものがあるのかしらべてみる。
フランスではケチャップ週間とか、いちごの季節。中国ではおばさんとか旧友とか、りんごパン。韓国では婉曲をやめようというので、生理は生理です、という記事。

集落のまわりを散歩。
田んぼがつづく丘から、海がひろく見える。これもまた、しらない青。
いろんな海をみた。育った伊豆の海。暮らす鎌倉の海。奄美の海。尾道の海。小豆島の海。八重山諸島の海。
台湾の海。シチリアの海。
日本海は、そのどれともちがう青。水平線のむこうは、北朝鮮。
斜面に葛がしだれ咲く。ひとつもいだ。会津のおばあちゃんが持っていた古い香水のような、つよい匂い。
つたに覆われた空き家が、点々とある。もう心ここにないみたいに、だまって風に吹かれている。

朝ごはんにおむすびふたつ、辛子きゅうり、蒸した魚。
OH! MY BOOKSで買った漫画「小さき者たちへ」(地下BOOKS)を、足あげしながら読む。
イスラエル のパレスチナ侵略を前にじぶんや生活の中の矛盾ととことん向き合い、そのままかたちにした、まっすぐな漫画。
国家、為政者、資本家、大企業などのおおきなものは、ちいさなものを巻き込まないでくれ、ほうっておいてくれ、というのは私もおなじ気持ちでいる。




Yが撮影から帰ってくる。
顔だけ洗って、昼をたべに出る。虫崎という集落にある、メレパレカイコという薬膳料理店。
佐渡でとれた蛸と夏野菜のバター醤油炒めの、バターを抜いてもらったものがメイン。
小鉢に、ゴーヤとトマトのマリネ、金時豆のスパイシーに煮たもの、玉ねぎのアチャール、きゅうりの佃煮。
濃いめの味が、夏の味。蛸、やわらかくてふわふわ。血の気のなかったからだが、すこし元気になる。


海のがすぐそこ



島の西側。よらんか舎という直売所へ。
佐渡はじつはフルーツの島、とどこかに書いてあった。いっぱい並んでいる。私はハリウッドというプラム、Yはサンライズというりんごみたいに赤い桃をえらんだ。皮ごと齧ってたべる。
ほかに島こんぶと、シンプルな番茶おかき、甘酒。柿の産地でもあり、あんぽ柿、ドライ柿、柿をねりこんだ柿もちなど買う。
車で、糖分が白くぷつぷつ浮きでたあんぽ柿、おかきをつまむ。

相川の金山へ。
佐渡はふるくは、平安時代より前から砂金がとられていた。相川金山は、秀吉の朝鮮出兵時にはひらかれていた。金(こがね)の島とうたわれ、金脈めがけて山をたたき割った。
江戸時代、世界最大級の金が採れた。
明治になると、西洋の掘削技術をとりいれてなお、金はむさぼられた。
権力者のふところに入るため、戦争の武器を大量に買うため、山はひたすら削られ、金は求められつづけた。


坑内は10度ほどで、長袖ジャンパーを二枚羽織る。足もとは、昨日の海水浴で濡れたままのアウトドアサンダル。
坑内は、地下二階ほどの深さにおりていく江戸時代の宗太夫坑と、きれいに舗装された明治時代の道遊坑とある。
江戸のほうは、採掘現場を再現した人形が、坑内のあちこちに展示されている。人形のかれらは、しかもうごく。
休息所でごはんを食べたり、首をふってなんどもこちらを見たり、「はやく外にでたいものだ」としゃべったりする。
ほんものの人が、この中にいるんじゃないか。小砂川チト『家庭用安心坑夫』を思いだした。

当時、機械などなく、手で掘っていた。
こまかに役割がわかれていて、身分や立場の差もあった。
無宿人という、幕府にとって手に余っていた都市部の浮浪者たちが、まるで囚人のような扱いをうけて沢山つれてこられて労働させられていた。
そのうち有罪者がはたらくようにもなった。

かれらは水替人足という、坑内の水はけ作業をになうもっともきつい労働にあてられた。
はたらいていない時間は、時おり落石のあってつぶれてしまうような谷間の小屋にとじこめられ、きつく監視され、生涯逃げだすことのできなかったから、佐渡御用はこの世の地獄、といわれた。

このあいだ見聞きした西表島の炭鉱もおなじで、うまい話があるとのせられて行ってみたら、ほぼ奴隷の扱いだった、逃走しないように監視や暴力や罰則がひどかったという、人びとの苦しみがある。
西表では、みずからダイナマイトを抱え命をたつ人もいた。
佐渡だって大きくちがわないだろう。

けれど、そういうことはどこにも書いていない。
プロジェクションマッピングで、なぞの生き物を坑内に映しだしてみたり、MR(VRのさらに発展したものらしい)ツアーをしていたり、世界遺産登録をただよろこんでみたり、全体をエンタメとして見せていて歴史と向き合う場ではない。
強制労働の側面や、働いていた人たちの個々の物語、ここで朝鮮からつれてこられた労働者たちがいたことも、ふれられていない。

これも、おおきなものが小さなものを巻き込んで、小さなものがおおきなものに巻き込まれていることで起こってきたことのひとつ。
世界遺産に登録されなくたって、すばらしいものはすばらしいし、登録されたって、卑怯なものは卑怯だ。
登録されたなら、負の側面をしっかり伝えていかなければいけないのではないか。アウシュビッツのように。
ひとりひとりの話がしりたい。鉱山の持ち主の、資本家の語りではなく、ひとりひとりの、生きる人間の、生きた人間の話。



佐渡金山、掘りすぎて山が割れた



宿へもどると、厨房の外、網戸ごしに野良猫が三びき、だらだら群れながら鳴いている。
いちばん小さい茶色いのが、灰色のほうのからだにしっぽをからめて、あごの下に入り込んで、腹がへったとしきりに鳴く。焼き魚のいい匂いがする。これは、猫はがまんできまい。
集落では今日、人より猫に多く会った。

夕食は、黒鯛の焼いたの。
いかの丸ごろ煮付けと味のしみたさつま揚げ。茄子の煮びたしと青菜。もずく酢に、とびうおのつみれと豆腐の味噌汁。
猫はおこぼれをもらえたかな。
テレビをつけて、新潟のニュースをすこし。
パリオリンピックの水泳も、すこし。
オリンピックがもう、ちがう星のできごとに思える。ただ、水泳は、見ると気持ちがほんのわずか涼やかになる。


今日の夕食






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