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街角のいっぱいある街|ソウル日記1

 

2024.5.8(水)

スーツケースの重さは12.1kg。コンビニでおにぎりとジュース、水を買ったら777円。飛行機で、生活綴方出版の『あいだからせかいをみる』を読む。

空港から、冷房のつよくきいた各停電車で一本。からりと晴れた農地とビニールハウスを抜け、ハンガンと高層団地がみえてきて、地下に潜る。

ホンデ駅で下車。開放的なカフェのならぶ、緑道ぞいをあるく。空気が澄んで、いつかのベルリンみたい。うつくしい季節に来た。22年ぶりの、韓国。

ヨンナムドンの宿、パジャマパーティへ。ホストは妻と子がオランダに留学している、陽気なチャントルさん。むかし、現代アートの作家だった。大阪にも招聘されて滞在したことがある。今はマラソンが趣味。 

部屋は二階の隅っこ。きいろい壁に、革張りの黒い一人がけ椅子が二脚。あいだにガラスのミニテーブル。小さめのシングルベッドふたつ。正面上部に三つの小窓、それぞれ、オレンジ、きいろ、緑のブラインドがついている。いちばん右の窓だけがひらくようになっていて、目の前の工事現場の音がよくきこえた。洗面と風呂とトイレはティッシュ箱みたいにほそながい、コンクリートむきだしの小部屋にいっしょになっている。浴槽はなし。

身軽なかっこうで、宿のまわりをうろうろする。煉瓦づくりの古い建物が多く、道も昔のまんま、入りくんでいる。街角のいっぱいある街でよかった。角を曲がった先に、なにがあるかわからない。

韓国らしい乾いた手ざわりの器や置き物の店、사유집 思惟輯へ入る。お皿を手にとってみる。土の匂いがちがう。土の記憶がきっとちがう。


NAVERマップでたまたまみつけた、オムマ食膳という店に入る。ヴィーガンオプションがあり、ベジピビンバをたのんだ。Yはごぼうと牛肉のごはん。隣の席で、黒いパーカーを着た小学生くらいに見える大学生くらいの女の子が、ヘッドホンをすぅぽりかぶり、ちいさな口で粛々とたべていた。うしろの席には通勤帰りの、働きさがりのつやつやした女性がふたり。

道路より一段さがった店内のカウンター席は、通りに面していて、窓が開けてある。花束や花籠を片手にしたカップルが、若い人も年配の人も、親密そうに道を横切っていく。今日は、韓国の父と母の日。

魚の泳ぐみたいにすいすい歩く店主のおじさんは、さらりとした日本語を話す。ハングルもこんなふうに、さらさら砂の落ちるみたいに喋るんだろうか。店のいちおしは、ごぼうだと言った。おぼろになった湯豆腐に、辛いソースのかかったものが前菜。パンチャンに、細切り大根のキムチ、甘いいりこの田づくりみたいなの。青唐辛子と玉ねぎと大根のすっぱいの。あぶらげの刻んだもの。どれもやわらかい味。味噌汁は、チーズみたいなふしぎな味。


ベジピビンバ
前菜の、湯豆腐の辛いソース


歩いてすぐの、独立系書店YourMindへ。行きたかった店のひとつ。なんとなく予約した宿の、たまたまそばにあった。店内は日本語のインディーズの、どこかで聴いたことのあるような、やっぱり聴いたことのないようなうたが、しずかに流れている。私たちが、今日さいごの客。

壁一面に、ずらりとブックマークがならぶ。日本にはない、力のぬけた雰囲気のものや、留め具のついたのや二重になっているもの、デザインを工夫の凝らしたものがある。本を好きだということの表現のひとつに、こういうふうなのもあるんだと、作った人たちを想像する。三つえらんだのは、ぜんぶ緑いろで、鳥の、下を向いてなにかをついばむ絵。原っぱで棒人間みたいな人がすやすやねむっている絵。押し花みたいに草を描いた絵。

おなじ建物の一階に、(TO)DAYという、日本に留学していたおにいさんのライフスタイルショップがある。時間も時間で、閉店している店の多いなか、明かりがついていたのでふらりと入ったら、おにいさんの日本語がとまらない。おにいさんは表情をあまり変えず、口調だけは彩り豊かに、留学時代の話をした。きみどり色のビーズに、透明な小さな石の三つついた、せんさいなブレスレットを買う。iroiroというブランドのもの。


外にでると、すこしひやっとする。八時くらいで、やっと暗い。うしろに、ほの蒼い空を背負った低い山。マントをばっさり着たような、影の山ひとつみただけで、ここは日本じゃないと感じられる。いちばん近い外国は、ちゃんと外国で、つま先でぴんぴんあるくくらいうれしい。文字が読めないのも、うれしい。なにもわかった気になれない。

Sarugaというスーパーマーケットを、ぐるぐる見てまわる。魚コーナーに、水族館みたいな水槽がある。割引のついたお惣菜パックは、なんだかみんな大きい。ひとりでたべるより、みんなで分けあってたべることがこの国では、あたりまえなのかもしれない。オーガニックコーナーもあった。ひととおり買いこんで、仮の台所を得て、ゆっくりためしてみたい。たべものを見ると、その国に住みたくなる。この国に暮らすとはどういうことか、その土地の食べ物をひとつづつ通過することで、体で味わいたくなる。

黄色いひょうたんみたいなかたちのメロンと、よくあるオレンジを買って帰った。明日の朝ごはんにする。 





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