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うそみたい|鎌倉暮らし日記


2024.7.19(金)

庭に、黒茶のおおきな蝶。羽に、白いもようがまだらに浮かぶ。山梨のプラムは、ちいさなりんごくらいある。あまいのと、酸っぱいのがちょうどいい具合。宝石みたいに光る。昼、しらたきを麺がわりに焼きうどん風。味噌汁は、生姜とすりごま入りで作るといちばんおいしい。

日照りがはげしく、眠たい。ひと月ほど前からはじめたれもん水。きょうは、温かいターメリック茶にれもんを入れる。夕方、水道屋さんがお風呂の蛇口の水漏れのチェックにくる。これは、修理でなく交換ですね。年代ものです。このままじゃあ水道代もかかりますし。じゃあ、そのように不動産屋さんにおつたえください。はい。できるだけ修理でっていわれてますけど、これは交換したほうがいいです。ねずみ色の作業服を着た、木みたいに背の高い水道屋さんは汗のつたう顔で、目をしかめた。



2024.7.20(土)

昨夜、二時間ほど砂に埋まった。でるころには、二本の足に風の通り道ができたように、すっきりした。手で砂に触れるのも、きもちがいい。砂は夜でも、表面からすこし下に手をいれると、太陽の熱をやわらかくとじこめてじんわり温かい。潮風でビニールのかばんも、服も、べっとりになった。帰ってシャワーをするとすぐに眠たくなって、ストレッチもせずにぐでんところがって、ねた。砂に入るとよく眠れる。もともとすぐねるし、よく眠るけれど。
昼、イ先生から借りている石焼き鍋で、ビピンパにする。えごまの葉が、とてもおいしい。



2024.7.21(日)

五時に起きて、「数学する身体」を読みながら東京へ。原宿のかわいいお家みたいな美容院。髪を切って、オーガニックパーマをはじめてする。担当してくれた人が、とてもゆっくりで、いい人。ひと昔前の原宿の美容師さんは、ごりごりしていた。最近の人は、雰囲気が透明で、やさしいと思う。雑誌の東南アジア特集を読んで、チェンマイとベトナムとモンゴルにいきたい。
店をでると、隣にマサラドーサの店。石垣島のケララキッチンですっかり、ドーサが好きになった。おいしいし、なにより、小麦でないのでたべられるうれしいメニュー。開店したばかりで、席についてから、料理人のおじさんが出勤してくる。ふるい巻物みたいなドーサが、はこばれてくる。ドーサのお腹のなかに、一口サイズのポテトが守られて、ごろごろくるまれてある。素手で焼きたてのドーサに、ぱりと切れ目を入れる。さっと裂いて、くるんと丸め、ちいさなスープカレーにひたして口へ運ぶ。

御茶ノ水のGAIAヘ。この辺りは休日、人がそんなにいない。オーガニックコットンのきもちいいアームカバー、なんども買っている漢方の入浴剤、インドのお香、丸々したレモン、もうすぐ切れる生姜を買う。ここへくると、すっと安らぐ。私は私を生きるんだと、思える。そういうことをせかいに、私もできているんだろうか。

外はじりじり焼ける。神保町の、古瀬戸珈琲店へ。せまい階段をあがって、深い茶色のカウンターで、カモミール茶。ねっとり濃い。好きなカップをえらんでください、といわれる。いちばん上の左から、三番目でおねがいします。ひとつ飛んで隣に、中国からの人たち。注文を、きれいな日本語でする。おみやげいっぱい抱えて、居住者よりは観光客だと思うけれど、注文はその国のことばでちゃんとしようとするのは、どこへいっても私もそうしたいと思う。すぐに満席になった。反対側の隣に、私もいれて四人、みんな文庫本に目を落としている。がくんと眠たくなり、店をでる。

南インド料理の三燈舎が、小川町にあり、暑すぎて入る。Santoshamは、ケララ地方の言葉、マラヤーラム語で幸せを意味すると書いてあった。ここでもドーサを頼む。これはたぶん、すこし早い夜ごはん。さわやかなミント味のチャツネつき。
隣のおにいさんは、バナナの葉みたいなのにくるまれたライスに、カレーをぐちゃぐちゃに混ぜてたべた。あとからやってきたおじさんは、その隣に座り、最初にビール、次にドーサとアッパムのどちらがライトか質問し、けっきょく、コリアンダーと牛肉のカレーとバスマティライスの小を注文して、ビールをおかわりした。

湯島で降り、入谷へ。チャリツモの映画上映イベント。三河島のおむすび屋さんのおむすびが配られる。わたしは鮭明太子。グローブみたいにおおきい。ほおばりながらマーシャル諸島が舞台のドキュメンタリー『タリナイ』を観る。タリナイは、マーシャル語で戦争、の意味。終わってから、ぜんいんで輪になって感想をいいあう。
おつかれさま会に参加して、ふなかわさんの家でぼりーさんとうーちゃんに会う。カレーもいただく。うーちゃんもたべられる、甘いカレー。ふなかわさんが大阪に行くので、同乗して鎌倉まで送ってもらう。



2024.7.22(月)

夜、砂浜時間。赤い月が、きづいたら逗子の山のうえに浮かんで、梅干しみたい。少しづつ上に、上にのぼって、オレンジ色になり、黄金になった。ごろんと横になると、魚眼レンズみたいに、空がぐわんとカーブする。空ってなんだろう。首を右にふると、江ノ島。ほとんど真っ暗で、かぼそくタワーが光る。左に、線香花火をする人びと。車がひっきりなしに行き交う。



2024.7.23(火)

首もとまで、原因不明のじんましん。ビックカメラで空気清浄機と洗濯機を見る。けっきょく、帰ってネットで注文。



2024.7.24(水)

庭の柿の木に、めずらしい鳥が口をあんぐりあけて止まっていた。蝉をねらっている。蝉がばさばさ飛んでいくと、矢のようなはやさで追いかけていった。
九時、「やさしいせかい」新版がとどく。このあたりを受け持っている、いつものお兄さん。インターホンにでると、「ありがとうございます。ヤマト運輸です」と焼きたての餅みたいな、昇ったばかりのお日さまみたいな声でいう。

段ボール箱をあけていく。ずしんと腕にくる。嗅いだことのない、紙のにおい。今回は、バルキーボールという灰いろの板紙を表紙につかった。首もとに保冷剤をまいて、ひいひいいいながら、発送作業。エアコンは、リビングにしかついていないので、扇風機でこちらへむけて送風してもデスクまわりはサウナみたいになる。

伊東の治療院へ。ひさびさに、ホームに黒船電車が乗り入れてくる。思わず、最後尾にのる。劇場みたいに段ちがいの座席になっていて、景色がよくみえる。私立小学校のこどもが三人と、日焼けしたおじいさんと、中国人の観光客ひとりと私。
あっというまに終わって、とんぼ帰り。このためだけにいつも行く。先生に元気をもらって、帰る。この出口のない街に、小学校にあがってから東京にでるまでいたなんてうそみたい。
熱海で途中下車。駅前の商店街は、ほとんど閉まっている。あいている寿司屋で、伊豆握りを注文。たまごをげそに変えてもらう。夏の魚は、あんまりおいしくない。今日も砂浜で、二時間くらい、ぼうっとして帰る。水漏れしていたおふろの水道が、あたらしくなった。








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