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2回のデジタル教科書を用いた授業経験で見えてきたこと:朝岡孝平先生(高知工科大学)

朝岡先生は、デジタル教科書を使った2回の授業経験を経て、学生同士で深く学び合う仕組みを実現しました。「授業へ挑む姿勢が素晴らしすぎる同級生のコメントを読むたびに、勉強へのモチベが上がりました」。学生のやる気にスイッチを入れる授業のコツについて教えてもらいます。

 高知工科大学経済・マネジメント学郡講師の朝岡と申します。
 私はこれまで、『1からの消費者行動 第2版』のデジタル版を用いた消費者行動論の講義を2回行いました。高知工科大学の履修者99名の対面授業と、一橋大学の履修者407名のオンデマンド授業です。性質が異なる授業でしたので、この記事では各授業の概要とうまくいった点・改善すべき点をまとめました。

高知工科大学:中規模・対面

授業の概要

高知工科大学での授業概要

 基本的には教科書に沿った内容解説と教科書への共有コメントへのフィードバックで講義を進めました。対面授業ということもあり、学生とのリアルタイムのコミュニケーションも重視しました。そのため、授業内課題を出題した際に、挙手した学生に発表してもらったり、予習課題のパワーポイントも優秀者には発表してもらったりしていました。
 デジタル教科書の予習コメントについては、デジタル教科書の使用が初めてだったこともあり各学生の学籍番号とコメントの紐づけ方などに不安があったので、基本的な平常点の枠外での加点ということにして、最終的な成績調整時に用いる(例えばギリギリAに到達しない点数の学生が予習コメントを活発にしていればAに引き上げるなど)にとどめました。

うまくいった点

  • 予習・復習(授業内課題)のサイクルの確立
     予習ではパワポ作成と教科書コメント、授業では出される問題への回答と、課題の提出が常に求められる状態なので、普段から買い物をしたり広告を見たりする際に消費者行動の内容を意識するようになった学生も多かったようです。課題の成績も全て本人に公開していたので、「より良い回答をして点数をもらう」というインセンティブも働いていたかと思います。

  • コメントや課題へのフィードバック
    毎回の授業の疑問点・感想や教科書の予習コメントはそこまで量が多くなかったので、基本的に毎回ほとんどのコメントに対してフィードバックすることができました。「自分の予習の頑張り具合が先生に届いていると考えるとやる気も出ました」という感想も最後の授業で出てきたことから、学生も自身の書き込みに反応してもらえるという点が学生のモチベーションにも繋がっていたと考えられます。

学生の授業内課題への回答

改善点

  • 予習コメント
     教科書の予習コメントについて成績への明示的な反映をしなかったので、次に見る一橋大学の授業ほどは活発にコメントの記載がなされなかったように感じました。また、授業内課題と違い点数が知らされることもないので、「より良いコメントをしよう」というモチベーションにも繋がらなかった可能性があります。後で見るように、コメントが活発になればそれだけ学生間でも返信をし合うなど、学生相互の学びの場としてデジタル教科書が機能すると考えられます(ただし、教員は全てのコメントにフィードバックできなくなるというデメリットはあります)。

  • リアルタイムのコミュニケーションについて
     対面授業の1つの利点は学生と教員がリアルタイムでコミュニケーションをとれるという点にあると考えていますので、学生にも積極的な発言を求めてはいたのですが、どうしても挙手をする学生が少数の熱心な学生に偏っていました。発言は加点対象としていたのですが、それでも発言に抵抗のある学生は多かったようです。発言しやすい雰囲気を作るなどの工夫の余地があるので、今後模索していきたいです。

一橋大学:大規模・オンデマンド

授業の概要

一橋大学での授業概要

 一橋大学での授業は、担当教員がサバティカルのため代打で2022年度だけ担当することになった授業です。担当教員から予習用の各章の説明動画をご提供いただいたので、学生には事前にそれを視聴してもらい、授業は課題やデジタル教科書コメントへのフィードバックを中心に進めました。
 デジタル教科書への予習コメントについては、授業開始(オンデマンドだが時間割は設定されているのでその時間)時までに共有したコメントを3つまでLMS上の窓口に自己申告してもらう形をとり、明示的に点数化しました。授業内で共有されたコメント一覧をスクロールしていたので、虚偽の報告はできない(したら落第)旨を事前に伝えていました。

うまくいった点

・非常に活発なデジタル教科書コメント
 各章、数百件のコメントが共有されており、非常に積極的に予習コメントが残されていました。以下の理由が考えられます。
 第1に、コメントを明示的に平常点化したことです。今回はコメントを自己申告させることでコメントと学籍番号との紐づけをしやすくし、成績に明確に反映させたことがインセンティブになったと考えられます。コメントもただすれば良いのではなく、深い考察や他の受講生にとっても学びになるようなコメントをより点数も高く評価していたので、コメントの質もだんだん向上していきました。
 第2に、教員によるフィードバックがモチベーションになったことです。「コメントが読まれて嬉しかった」という感想が毎回あり、授業の一部としてコメントが紹介されることが予習コメントをする1つの目標になっていたと感じました(「アイドルのファンサービスをされたときのような高揚感」「YouTubeでスーパーチャット(投げ銭)をする気持ちが理解できた」といった感想もありました)。毎回数百件のコメントがある中で授業中に紹介できるコメントはその極一部なので、特別感もあったのかもしれません。
 第3に、学生同士が刺激を与えあったことです。「他の授業では他の学生の方のフィードバックを見たり、感想を聞いたりする機会は少ないので、モチベーションが上がりました」「授業へ挑む姿勢が素晴らしすぎる同級生のコメントを読むたびに、勉強へのモチベが上がりました」など、他の学生の予習が可視化されること自体が学生にとっては面白いことだったようです。また、下のスクリーンショットのように学生同士で返信し合うことで、さらにコメントの活発化に繋がっていたように思えます。

学生間の学び合い

改善点

  • 授業にかける時間
     履修者数が400名を超えており、かつフィードバック中心の授業ということで、毎回の授業準備はLMSに提出された課題の採点と紹介する回答や疑問・感想の選定、デジタル教科書のコメント選定が主な作業でしたが、この作業には非常に時間がかかりました。課題については毎回350~370件程度提出があり、字数にすると15~20万字程度のものを読んで採点し、フィードバックのために回答例や質問を選び出す必要があります。デジタル教科書のコメントについても数百件の中から事前に授業で紹介するものを選定する必要があります。この作業を週2回行う必要があったので、授業期間中は業務時間のうちかなりの割合を授業準備に割くことになりました。
     この作業自体は、教員としても刺激を受けるものがあり苦ではなかったのですが、さすがに時間をかけすぎていた感はありましたので、今後は、授業のクオリティは落とさないことは前提として、より時間をかけずに済む方法を模索する必要があると思います。

最後に:授業設計の工夫とUIの工夫

 まだ課題はありますが、2つの授業を経験したことで、デジタル教科書のメリットや有効な使い方が理解できてきたと感じています。
 学生がデジタル教科書を積極的に活用してくれるかどうかは、教員の授業設計の工夫と、デジタル教科書のUI(ユーザーインターフェース)の工夫に左右されると考えられます。授業設計の工夫についてはコメントの点数化や教員のフィードバックの仕方等で学生の反応もかなり変わると実感しましたので、今後も試行錯誤を続けていきたいと思います。
 UIに関しては、例えば学生間の学び合いを促すために返信機能を追加したり、他の学生にとっても興味深い/共感できるコメントを可視化するためにいいね👍ボタンを付けたりする工夫があると思います。実際、他の学生のコメントに対して「この疑問点は私も気になるので先生に教えて欲しい」「このコメントは他の人にも読んでほしいと思っていたので授業で取り上げられて良かった」といった声も見られました。このあたりは教員個人の工夫ではまかないきれない部分なので、研究会等を通して積極的に提案していけたらと考えています。



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