北関東の石造物③:結城家御廟五輪塔群

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名称:結城家御廟五輪塔群

伝承など:結城家歴代の墓

所在地:茨城県結城市 慈眼院跡


結城氏は、下野の豪族で鎌倉幕府の有力御家人であった小山政光の末子の朝光が結城氏を称したことに始まり、戦後時代末期に結城氏を継承した徳川家康の次男・結城秀康が加増されて越前に転封になるまで、長きに渡って結城の地に栄えた一族である(なお、江戸時代において結城氏の祭祀を継承したのは、秀康の五男・松平直基の家系である)。

その結城氏の本拠地であった結城市には、結城家歴代当主の墓塔が現存している。

戦国時代に十六代結城政勝によって開かれ、現在は廃絶してしまった慈眼院の跡地に墓所はあり、結城家御廟と称されている。

御廟にある歴代当主の五輪塔は、慈眼院が廃絶した後に各地に点在していた墓石を集めたもので、初代朝光から十六代政勝までの墓塔が立ち並び壮観である。

ただ、現在墓所内案内板に書かれている墓塔の人名比定と、五輪塔の年代は必ずしも一致せず、五輪塔が集められた際に混乱が生じたものと推測される。

また、墓所内の五輪塔で最も古いものでも鎌倉時代末期のもので、仮に初期の当主の五輪塔が当初からあったとしても、それらは鎌倉時代末期になって造立された供養塔であろう。

とは言え、この結城家御廟は、中世大名の歴代当主の墓塔がまとまって現存する事例として貴重である。


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