時代劇レヴュー㊼:徳川家康(1988年)他

タイトル:徳川家康

放送時期:1988年1月1日

放送局など:TBS

主演(役名):松方弘樹(徳川家康)

原案・脚本:高田宏治


TBSがかつて毎年元日の放送していた「新春大型時代劇」の第二弾で、徳川家康の生涯のうち、桶狭間の戦いから関ヶ原の戦いまでを描いた作品である。

巨額の予算が投入されて、関ヶ原の戦いなどの合戦シーンも大掛かりに作られ、キャストも主演の松方弘樹を始め、緒形拳(豊臣秀吉)、山城新伍(織田信長)、十朱幸代(築山殿)、真田広之(石田三成)、千葉真一(石川数正)、丹波哲郎(関口氏純、作中では「関口親永」)、佐久間良子(濃姫)、岩下志麻(北政所)、池上季実子(淀殿)と言ったオールスターが顔を揃えている(括弧内は役名)。

また、甲冑の再現に関しては結構凝っていて、井伊直政や本多忠勝の甲冑などは現存する彼らの甲冑を再現したものであるし、関ヶ原の戦いのシーンで家康が来ていた甲冑も、日光東照宮に伝来する家康が関ヶ原で着用したと伝承のある南蛮甲冑をイメージしたものになっている(あくまでも伝承ではあるが)。

このシリーズにしては比較的史実に沿った「まとも」な展開であるが、信長が葉巻をふかしているなど考証的におかしなシーンも随所である。

とは言え、本能寺の変の後くらいから尺の関係か、史実と異なる描写が目立つようになり、それは副主人公的な役回りである石川数正に顕著である。

数正は史実通りの小牧・長久手の後で出奔するのではなく、家康が江戸に入府した後で、秀吉の国替えに唯々諾々と従った家康に不満を覚えて浪人すると言う設定であり、その後も家康を陰ながら見守ってはいるものの、関ヶ原の戦いで小早川秀秋を寝返らせて勝利を得ると言うやり口の汚さに絶望して、旧知の石田三成を戦場から離脱させるために身代わりになって死んでしまう(史実では数正は関ヶ原の前に没している)。

他の部分が比較的史実に沿っているだけに、この数正のシーンだけは異様さが目立っている。

他にも、家康の家臣団の設定が雑であり、大久保彦左衛門が家康と同年くらいの設定だったり、井伊直政が桶狭間の戦いの頃から家康の側近になっていたりと史実と異なるものも多い。

キャストの特徴としては、全体的には合っていると言うか、緒形拳の秀吉、池上季実子の淀殿、真田広之の三成など、過去の作品、あるいはこれ以降に同じ役を演じると言うような当たり役を再現している部分が多いために配役の違和感が少ない(緒形拳は大河ドラマ「太閤記」と「黄金の日日」で秀吉を二度演じており、池上季実子は1981年の大河ドラマ「おんな太閤記」で淀殿を演じ、真田広之はこの後で1996年の大河ドラマ「秀吉」でも三成を演じている)。


所で、徳川家康は戦国時代に終止符を打ち、太平の世を築いた人物として数いる戦国武将の中でも屈指の著名人物であるが、織田信長や豊臣秀吉に比べると主役になる機会が少ないように思われる。

これは「タヌキ親父」のイメージに代表されるように、関ヶ原の戦いや大坂の役で多くの謀略を用いていることがある種の「暗さ」を連想させ、それが信長や秀吉に比べると不人気であることにつながっているのかも知れない(もっとも、戦前においては立身出世のシンボルとして大衆人気があった秀吉も、近年では晩年の失政が強調されるきらいがあって、大衆人気は幾分低下しているような気もする)。

そうした「タヌキ親父」の家康のイメージを真っ向から否定し、彼を太平の世を築くために苦闘する求道者的な人物として描き直したのが山岡荘八の代表作『徳川家康』であり、これを全編完全に映像化したのが1983年の大河ドラマ「徳川家康」である(部分的な映像化作品はいくつかあり、そのうちの一つ1992年にテレビ朝日で放送された「徳川家康・戦国最後の勝利者」については「時代劇レヴュー⑤」を参照)。

この作品は、滝田栄と言うおよそヴィジュアル的には従来の家康像とは全く反するキャスティングをし、「誠実」なイメージを全面に出した作品で、このあたりは山岡荘八の原作そのままであった。

小山内美江子の脚本もこれ以上ないくらい原作に忠実であり、家康の死を悼んで松平忠輝が家康から贈られた笛を吹くと言うラストシーンも、原作のラストと同様である。

長大な原作を五十話(初回と最終回は時間拡大版で通常の二話分の時間があるため、実質的には五十二話相当)にまとめているため、ダイジェスト的な部分や、やたらとナレーションを多用して登場人物の心境を説明する所など、さながら総集編的な箇所もあるものの、原作の重要なシーンはほぼ抑えており、過不足なくまとまっていて山岡『徳川家康』の映像作品として見ればかなり出来が良く、NHKの力の入れようがうかがえる(当時NHKは、この翌年の1984年から大河ドラマは現代劇を放送すると言う方針を打ち出しており、この作品が最後の時代劇作品になる予定で、それに相応しい題材として山岡荘八の『徳川家康』を選んだと言う。なお、1984年からの現代劇路線は不評によって三年で終了し、1987年から元の時代劇に戻している)。

家康と絡む架空の人物がやたらと登場する割には、本多忠勝や榊原康政など家康の重臣や、結城秀康や松平忠吉と言った家康の諸子であっても途中でフェードアウトしてしまってその最後が語られない所は個人的に不満であるが、これについては脚本のせいと言うよりも、山岡荘八の原作にも見られる傾向のため、むしろそうした部分も含めて「原作に忠実」なのかも知れない(笑)。

新人とヴェテランをうまく取り混ぜたキャストも概ねそれぞれのイメージに合っていて、信長役を演じた役所広司はこれが出世作となり、NHKに届いたファンレターの数は全キャストの中で一番多かったと言う。

個人的には小山内美江子の推薦によって豊臣秀吉役に抜擢されたと言う武田鉄矢(ドラマ「3年B組金八先生」シリーズで、小山内と武田は長年タッグを組んでいる)が印象的で、特に晩年の耄碌した秀吉役が非常にはまっていた(個人的には俳優としての武田鉄矢には「何を演じても同じ」と言うイメージがあるのだが、この秀吉役や1991年の大河ドラマ「太平記」における楠木正成役など、大河ドラマでは当たり役が多いように思う)。

後、大河ドラマにしては珍しく、青年期と壮年期(あるいは老年期)で違うキャストを充てている役が複数いるが(榊原康政や鳥居元忠など)、井伊直政が豊原功補から平泉成に変わるのはちょっとミスキャストではないかと思った(直政は美男子設定であるし、家康の家臣の中では比較的若死をするのだから豊原のままで良かったのでは、と思ってしまう)。

この1983年の「徳川家康」と真逆の、従来型の謀略に長けた「タヌキ親父」のイメージをベースにし、かつ度量の大きい戦国の覇者として家康を描いたのが、2000年の大河ドラマ「葵 徳川三代」であった。

家康役は、それまでにも度々家康を演じたことのあった津川雅彦で、まさしく彼の家康役の集大成と言うべき演技であり、ジェームス三木のこだわりが前面に出た史実に忠実な展開の脚本もあって、現在も評価の高い大河ドラマである(なお、この作品は家康・秀忠・家光の三人の将軍が主人公で、かつ全編を通しての実質的な主人公は二代将軍の秀忠なのであるが、前半の配役クレジットの筆頭は津川が務めた)。

世の大河ドラマファンの評価の高い本作であるが、個人的には悪い作品ではないものの、以下の二点であまり評価はしていない(と言うか、あまり好みではない)。

まず、ジェームス三木の史実へのこだわりが悪い方に出てしまって、特に後半は年表風のドラマ展開になってしまい、物語としての面白みに欠けたこと。

私自身は歴史ドラマにおいて史実重視は大事だと考えているが、流石にただ何年何月に何があったかと言う歴史事実を垂れ流すだけでは飽きが来てしまう(それへの対策の意味だったのか、中盤以降語り手を務める徳川光圀役の中村梅雀の無意味なギャグ的シーンが妙に増えたが、これも度が過ぎると正直言ってしらける)。

もう一つは、登場人物がかなり多い点である。

本作では徳川家の家臣についても一般にはほとんど知名度がないような人物まで登場させており、それはそれで丁寧で好感が持てるのであるが、人物の多さが仇となって限られた時間の中でキャラクタを活かすことが出来ず、登場させたまま放置してしまったり、著名な俳優が演じているのにほとんど台詞もなく「これで終わり?」と思ってしまうような人物も多くいた(例えば、島津忠恒役の中村俊介など)。

いささか欲張り過ぎた感があり、この点は歴史ドキュメンタリーならともかく、ドラマとしては不満が残った。

後、これは完全に好みの問題であるが、どうも配役の平均年齢が高過ぎる感があって、役にうまく合ってない例が多い印象がある。

浅井三姉妹などは特にそうであるし、家康役の津川と石田三成役の江守徹は四歳しか年齢が違わず、義理の父娘である家康とお江を演じている津川と岩下志麻の年齢差が一歳と言うのも何だか違和感があり、キャストを見ただけだとある人物とある人物が実際にはどれほど年が離れているのかが非常にわかりにくい(せいぜいカツラの髪の色くらいか)。

重厚なキャストを揃えるのは大変結構であるが、場合によっては善し悪しである(笑)。


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