【3分で読める世界史】コーヒーがヨーロッパに伝わった2つの理由
今回も中公新書『コーヒーが廻り 世界史が廻る』を参考に、コーヒーから世界を見ていきましょう。
これまでのお話
コーヒーの起源と、イスラーム世界で流行った理由。そしてコーヒーの禁止と、そこからの復活をお話してきました。
今回は見事復活したコーヒーが、イスラーム世界からヨーロッパに広まった2つの理由についてお届けします。
さっそくですが、その理由は
・メッカへの巡礼
・コーヒーの家
にありました。
それでは、一つずつ見ていきましょう。
まずメッカへの巡礼ですが、引用して説明します。
メッカは、イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの生誕地であり、クルアーン(コーラン)において預言者イブラーヒーム(アブラハム)とその子のイスマーイール(イシュマエル)が建立したとされるカアバがある。
メッカへの巡礼が可能なムスリムには、巡礼を行う義務がある。この義務は信徒が守るべき主要な5つの義務の一つであり、巡礼を行ったムスリムは、ハッジと呼ばれ、人々に敬われる。
いずれもWikipediaより引用
このようにイスラーム教徒(ムスリム)は一生に一度の巡礼が義務付けられているため、メッカへ多くのひとの往来が伴いました。
ひとの流れは、自然と交易と結びつき、メッカへの巡礼は一大交易イベントとなります。
すなわち、ヨーロッパとアラビア半島の間の商品交換や情報伝達に大いに貢献したのです。
これにより、巡礼の最中メッカで出会ったコーヒーは、たちどころにヨーロッパへ伝わりました。
つづいて、二つ目の理由はコーヒーの家です。
飲酒が禁じられているイスラームでは、お酒に替わる飲み物を渇望していました。
そこに現れたコーヒーに、多くの飲食店や裏で営業していた居酒屋は飛びつき、カフェのようなコーヒーの家に鞍替えしていったと言われています。
あっという間にイスラームの社交の場となったコーヒーの家。
そこにメッカの巡礼に帯同していた商人や旅人などが、立ち寄ったのでしょう。
その雰囲気、コーヒーに多くのひとが魅せられました。
同時に当時ヨーロッパ人が求めていた公共的議論の場が、そこにはありました。
このような背景から、コーヒーはヨーロッパに魅力的な商品として伝わっていったのです。
ついにイスラームで流行ったコーヒーが、ヨーロッパに伝播していきましたね。
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