世界史のまとめ×SDGs 目標⑨産業と技術革新の基盤をつくろう:1979年~現在
SDGsとは「世界のあらゆる人々のかかえる問題を解するために、国連で採択された目標」のことです。
言い換えれば「2019年になっても、人類が解決することができていない問題」を、2030年までにどの程度まで解決するべきか定めた目標です。
17の目標の詳細はこちら。
SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)が、「発展途上国」の課題解決に重点を置いていたのに対し、SDGsでは「先進国を含めた世界中の国々」をターゲットに据えています。
一見「発展途上国」の問題にみえても、世界のあらゆる問題は複雑に絡み合っているからです。
しかも、「経済」の発展ばかりを重視しても、「環境」や「社会」にとって良い結果をもたらすとはいえません。
「世界史のまとめ×SDGs」では、われわれ人間がこれまでにこの課題にどう直面し、どのように対処してきたのか、SDGsの目標と関連づけながら振り返っていこうと思います。
【1】麻薬・ゲリラ・つくられた「辺境」
ーこれを見て。
道ですね。
ーしっかりとアスファルトで舗装されているよね。穴が開いたら、工事で補修もしてくれる。
でも世界を見渡すと、アスファルトで舗装された道路のほうが珍しいっていう国も少なくない(下の地図(http://chartsbin.com/view/37627))。
アフリカのマラウィという国の未舗装の道(The Malavi Post より)
ー舗装されていてもこんなふうにボコボコのままほったらかしの場合も多い(マラウイという国の舗装された道路。上図(Nyasa Timesより))。
どうしてこんなことになっちゃうんでしょうか。
ー政府に国民の声が届かなかったり、政府が国民全体にサービスを行き届かせるようなしくみになっていなかったりといったことが背景にある(注:失敗国家)。
また、仮に声が届いたとしても、道路を定期的に補修するだけの財源がないことも原因だ。
舗装の行き届かない地域というのは、その国の辺境にあることが多い。
「貧しい国」では、植民地時代に支配の中心となっていたところにある都市に、偏って発展が進んでいることが多い。
複数の民族をかかえる国の場合、その都市にたくさん分布する民族にとって、「辺境に住んでいる民族のためにわざわざ道路を補修してやろう」というやる気はなかなか働かないわけだ。
それじゃあ、辺境の道路は整備されないままじゃないですか。
ーそもそも国全体を統治する実力がなく、最低限「首輪」をつないでおくだけで、ほったらかしにしている国も少なくないね。
例えば、ミャンマーがそうだ。
ミャンマーの民族分布地図(https://www.afpbb.com/articles/-/2892457)
えっ、こんなにたくさんの民族がいるんですか…。
ーここは19世紀にイギリスの植民地になっていたエリアだよね。
インドと合わせて統治されていたんだけど、そこに日本が侵攻。
その撤退後にイギリスからビルマ人(上の白いところに分布する民族)が中心となって独立を勝ち得た。
しかしビルマ人には、北部の山の多いエリアをちゃんと支配しておくだけの余裕はなかった。
ビルマ人による「国づくり」が進むことで”少数”民族となってしまったシャン人やカチン人は、仏教を信じるビルマ人に対し、キリスト教を信じていた。
ビルマ人主体の政府は、こうした少数民族にも自治を与えるという協定をむすんでいた(注:パンロン協定)んだけど、独立の功労者でもある政府のリーダー(注:アウン・サン)が暗殺されてしまったもんだから、事態は暗転。
シャン人
カチン人
ーどちらの民族も、さらに細かなグループに分かれて分布し、熱帯気候の中で伝統的な農業を続けてきた。ビルマ人中心の国づくりに反発し、国外(中国やインド)と提携しながら、伝統的な暮らしを守ろうとしたのだ。
そのため、長年にわたり対立が続いたのだけれど、ビルマ人の政府もこうした少数民族を完全に掃討する力などない。
しかもビルマ政府としては、むしろ少数民族の武装グループ(注:クン・サー)を、中国の影響力をブロックするための「盾」として利用しようとしていたのが実態に近い。
でも、資金源は?
ー麻薬だ。
この時期に入ると、ミャンマーの北部、つまり政府の統治のおよばない地域で公然と麻薬(アヘン)が栽培されるようになっていったんだ。
中国とタイにもまたがる麻薬エリアは「ゴールデントライアングル」と呼ばれた。
じゃあ住民たちは麻薬をせっせとつくっていたわけですか。
ーつくりたくなくても、そのエリアでは政府の力よりも、”少数民族”の独立勢力のほうが強いからね。
板挟みに置かれた住民たちとの関係は複雑だけど、争いに巻き込まれた住民たちの運命は悲惨だ。
「辺境」って言ったって、住民たちは昔からそこを「中心」として暮らしていたわけですもんね。
ーそうだね。「辺境」とは、言わば「つくられたもの」に過ぎない。
”昔から続いている”といわれている世界の紛争も、直接的にはそこそこ数十年の歴史しか持たないことが少なくない。
ほかにもこの時期には中央アメリカの諸国で、「社会主義」を掲げた民族グループが政府に対する抵抗を強めていく。
正規の戦い方はできないから、山奥に散らばってゲリラ戦を展開することが多い。
成功したところはあったんですか?
ーニカラグアでは反政府の革命が成功している(注:ニカラグア革命)。
社会主義 対 資本主義という対立構図も一因だけど、背景には発展から取り残された「辺境」の人々の苦しい境遇があった。
周囲を包囲され、山を拠点とするしかなくなった「辺境」の人々は、資金源として麻薬の材料となる植物(注:違法作物)の栽培に手を染めるようになる。
その麻薬はどこに流れるんですか?
ーアメリカ大陸でいうと、コカインの最大の消費国はアメリカ合衆国だ。
アメリカ合衆国は、その売上金が「ソ連にバックアップされた社会主義を掲げるグループ」に流れることを恐れ、コカインを扱うグループの摘発に本腰を入れるようになるよ(注:麻薬取締局)。
だけど、麻薬ビジネスはいっこうに収まる気配はない。
たとえば、先ほどのニカラグアはソ連と仲が良かったことから、アメリカ合衆国が反政府組織(注:コントラ)をバックアップし続けた。
アメリカは麻薬の撲滅を推進した…と思うかもしれないが、アメリカでさえもこの反政府運動の麻薬取引をサポートしたともいわれる。
アメリカはニカラグアで、キューバ危機みたいなことが起きるのが嫌だったんですね。
ーまた、南アメリカのコロンビアの状況もひどい。
麻薬グループのパワーが普通の政治家よりも強かった。
コロンビアの政府はアメリカと協力して麻薬グループを壊滅させたものの、貧しい農民たちを中心とする武装組織(注:FARC)は麻薬栽培をやめなかった。
その後、政府との「仲直り」と武装解除にいたったものの、問題の根源である「貧しさ」は根絶できていない。
(注)1964年から始まった左派ゲリラと政府とのコロンビア内戦は、2017年まで続き、コロンビアの社会・経済を停滞させる大きな原因となります。
有力な左派ゲリラとして、コロンビア革命軍(FARC)(2017年からは合法的な政党となっています)や4月19日運動(M-19)があげられます。
政府は左派ゲリラの活動に対して戒厳令をしいて、疑いのある人物を次々と捕まえていきました。劣勢に立たされた4月19日運動は1985年に最高裁を占拠して、大統領に直接交渉を訴えましたが、政府は最高裁長官や人質を含む首謀者を殺害しています。この事件のウラにはコロンビアの麻薬カルテルのドン〈パブロ=エスコバル〉(1949~1993)が関与していたとされます。政府はアメリカ合衆国の協力の下、1989年に〈エスコバル〉のカルテルに対する全面戦争を展開しますが、麻薬取締りの強化をうたった大統領候補が暗殺された後、1990年には〈ガビリア〉大統領(任1990~94)が挙国一致内閣を成立させました。
その後も、麻薬カルテルと国内の左派ゲリラの活動は続き、2002年に大統領となった〈ウリベ〉(任2002~2010)は左派ゲリラの鎮圧を強化します。しかし次の〈サントス〉大統領(任2014~)はFARCとの交渉を始め、2016年に和平合意に達し同年のノーベル平和賞を受賞しました。
最近では、メキシコでの状況も悪化している。
どうしてですか?
ーこの時期にアメリカ合衆国・カナダ・メキシコの3国の間で、貿易を自由化しようという協定が結ばれた(注:NAFTA)。
しかし、それによってメキシコの特産品であったトウモロコシがアメリカから流れ込み、価格が低下。
これに対しメキシコ最南部チアパス州(注:かつてマヤ文明を築いたマヤ人が多い)の貧しい農民が立ち上がり政府に抵抗するゲリラ活動に発展(注:サパティスタ民族解放軍)。
その収入源となったのが麻薬だったんだ(注:メキシコ麻薬戦争)。
そう考えると、産業の発展にとっても大切な道路などのインフラ整備は急務ですね。
ーそうだね。
水を汲(く)みに行くだけで1日かかるとか、学校に行くだけで半日かかるなんていったら大変でしょ。
熱帯エリアには雨季と乾季があるところもあって、そういうところでは季節によっては増水で橋が流されるなどして通行止めになってしまうような道もあるんだ。
仕事・勉強・生活の範囲内にある交通手段が安定的に使えるようになっていることって、とても大切だ。
豊かな国でも、交通手段に困ることもありますよね。
ーどんなこと?
渋滞とか。
ーあ、たしかにそうだね。
都市にキャパを超える人が集まっちゃうと、大渋滞が発生して困る例も多いね。公共交通機関や自転車の利用によって緩和したり、渋滞をなくすテクノロジーにも注目が集まっているね。
ほかに産業を発展させるには、通信手段の整備も必要ですね。
ー例えば、電話だね。
この時代には世界中に携帯電話が普及し(注:情報通信革命)、しかも価格はどんどん安くなっていった(下図は SYNODOS 湖中真哉 / アフリカ地域研究・人類学「携帯電話を手にしたアフリカ牧畜民、その光と影」より)。
電気へのアクセスが不十分で、充電できるところがとっても遠い場合もあるけど、インターネットのアクセスが、紛争の防止に役立っているケースも報告されているよ。
わざわざ電話線を引かなくても済むわけですから、ある意味効率がいいですよね。
ーだよね。
「辺境」への交通・情報のアクセスがカンタンになれば、都市部との差が埋まり、産業の発展にもつながる。
ビジネスの元手となる現金収入を得るために、麻薬ではなく別のお金になる作物をつくることができるように奨励することも大切だ。
ヘロインの流通地図(Business Insider記事より。産地は主に、中米、西アジア~南アジア、ミャンマー/ラオスである。この時期に戦乱が襲ったアフガニスタンでもやはりケシの栽培は盛んで、ロシア向けの北ルート、ヨーロッパに流れるバルカンルートのほか、その他各地に流れる南ルートが今なお存在する)
コカインの流通地図(出典は上掲。中南米から世界中に流通しているのがわかる)
* * *
【2】インフラと持続可能性(=サステナビリティ)
道路などのインフラをつくるときに気をつけるべきことは何でしょうか。
ー以前目標③で見たように、環境への影響を考えて建設する必要があるね。
豊かな国が貧しい国に援助するとき、ダムのような大きな施設を建ててあげるのって、よく聞きますよね。
ー「こんなのを建ててあげたんだ!」ってアピールしやすいからね。
でも、環境評価をしっかりやらないと負の遺産を残すことにつながる。
例えば、水を貯めたり電力をつくったりするための水力発電のために、しばしば巨大なダムが設置されるけど、ダムをつくれば産業が発展するってわけでもない。水力発電の比率が高い国の上位のほとんどは貧しい国だ。
「鉱業や製造業もなかなか育たず、そこで行き着いたのが「アジアのバッテリー」としての発電事業だった。」
貧しさ(⇒目標①)ゆえにダムに頼らざるを得ないというのは、辛い話ですね…
ーそうだよね。せっかく作っても、将来にわたって使われる(=持続可能)なインフラとはなりえないよね。
経済的な効率のことばかり考えて、災害に対して脆弱(ぜいじゃく)になってしまっては本末転倒だ。
でも、そんな本末転倒を地で行くプロフィールを持つ川がアメリカにある。
どこですか?
ーミシシッピ川だ。
冷戦の終結から約10年、同時多発テロを受けてアメリカ合衆国はアフガニスタンを攻撃(2001年)、さらにイラク戦争(2003年)を起こした。しかし、この2つの地域の混乱は一向におさまらず、住民・兵士の死傷者の記録ばかりが積み上がり、大統領の支持率も低迷した。
そんな中、巨大ハリケーンによるミシシッピ川のはん濫による被害(2005年)が直撃する。
政府の対応の遅れや、黒人に対する対応の差別などによって、犠牲者が増し、さらに支持率を落とすこととなった。
もとをたどれば、ミシシッピ川の下流付近は沼地だらけだったんだけど、19世紀中頃に開発ブームが起き大部分が干拓(かんたく)され、農地にされた。
その何が問題だったんですか?
ー沼地って大切なんだよ。
洪水が起きたとき、一定の水を受け入れてくれる「容器」としての役割がある。
それがなくなってしまったものだから、洪水が増加することになったわけだ。生産を重視したばかりの副作用だね(注:フレッド・ピアス『水の未来 ー世界の川が干上がるとき』日経BP社会、2008年、p.446)。
そもそも近代的な都市は、水害に弱い。
地面がコンクリートや石畳で覆われているから、水の逃げ場がない。
水を逃がしてどこかに貯めておくとか、トイレや噴水・スプリンクラーなどのために再利用するしくみが必要だ。
だけど、貧しい国ではそんなインフラが整わず、短時間に大雨が降ると街は水浸しという例も珍しくない。水が長期間引かなければ、衛生上の問題にもつながってしまう(⇒目標⑥ 安全な水とトイレを世界中に)。
標高の低い島々も、海面上昇の影響が大きな問題となっているね。
そういったインフラがなければ、産業を発展させるなんて難しいですもんね。
ーもし災害が起きたときにも、被害を最小限に食い止め、その後に迅速に復興できるような仕組み(注:レジリエンス)が必要だね。
この時期、日本でも東北地方で巨大津波を伴う巨大地震が起きて、そのことが痛感された。
その地域の持つリスクをできうる限り把握し、日々「当たり前」と感じている生活関連のインフラと、産業を発展させるためのインフラが重なり合って、バランスを取り合ったものにすることが大切だ。
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【3】グローバルバリューチェーンと経済統合
でも、貧しい国が工業を発展させるのって大変じゃないですか?
ーまずは輸入品をマネして国内向けに売るところ(注:輸入代替工業)からスタートして、だんだんそれを海外に輸出して(注:輸出指向工業化。はじめは非耐久消費財(食品、繊維等)→耐久消費財(家電製品、自動車等)・中間財(鉄鋼、化学)→資本財(機械設備等))、国際的に価値のある通貨を得ていくっていうシナリオが「教科書的」だね。
でも近年では、ひとつの製品(注:下図はスマートフォン)をつくる行程をいくつかに分割し、経済的に連携している複数の国で緊密に「役割分担」しようという動きが活発だ。
その輪(注:グローバル・バリュー・チェーン)の中に貧しい国をうまく入れてあげれば、工業化への呼び水にもなりうる。
それに、インターネットを利用すれば、離れている場所でも研究・開発の仕事に取り組むことも可能だ。冷戦の終結後のインド(注:ラオ首相)では、IT産業が積極的に推進され、経済発展の推進力となった。
イチから製品をつくるのではなく、ひとつの製品を共同でつくるっていうイメージですね。
ーこの時期には、世界各地で経済を「ひとつ」にまとめようという動きが進んだ。
たとえば、東南アジアではASEANという組織が形成されているね。
世界の経済は、かつてのように、「自由な経済」を推進する西側(=アメリカグループ)と「計画的な経済」を推進する東側(=ソ連グループ)という東西の軸や、豊かな先進国(=北)と貧しい途上国(=南)という南北の軸では図れなくなってきているんだ。ビジネスを通して増殖していく資本は、国を越えて移動するからね。
つまり、そのビジネスが「社会」や「環境」に悪い影響を与えていないか、ちゃんと見ておくことも必要ですね。
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