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世界史のまとめ×SDGs 目標③すべての人に健康と福祉を:1979年~現在[後編]

 SDGsとは「世界のあらゆる人々のかかえる問題を解するために、国連で採択された目標」のことです。
 言い換えれば「2019年になっても、人類が解決することができていない問題」を、2030年までにどの程度まで解決するべきか定めた目標です。
 17の目標の詳細はこちら。
 SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)が、「発展途上国」の課題解決に重点を置いていたのに対し、SDGsでは「先進国を含めた世界中の国々」をターゲットに据えています。
 一見「発展途上国」の問題にみえても、世界のあらゆる問題は複雑に絡み合っているからです。
 しかも、「経済」の発展ばかりを重視しても、「環境」や「社会」にとって良い結果をもたらすとはいえません。
 「世界史のまとめ×SDGs」では、われわれ人間がこれまでにこの課題にどう直面し、どのように対処してきたのか、SDGsの目標と関連づけながら振り返っていこうと思います。

【1】では世界史の中の「健康」と「福祉」についてふりかえってみました。【2】では1979年~現代の状況を眺め、今後の展望について考えてみましょう。

* * *

【2】1979年~現在の”健康・福祉”

ーさて、前回(【1】)を踏まえて、この時期の健康と福祉に注目してみよう。

のびる平均寿命

医療技術が進歩して、人類はだんだん健康になっていったんでしょうか?

ーたしかに、人類全体の平均寿命はどんどん長くなっている。

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ーでもその内訳をみてみると、地域によって事情はさまざまだ。


先進国には健康な人が多く、途上国では不健康な人が多いっていうことですよね。

ーう~ん、事情はそんなに単純じゃない。
 先進国・途上国のそれぞれに、特有の「健康」と「不健康」の枠組みがある。
 そしてその違いは、国を超えた「経済」や「環境」の問題とも、強く結びついているんだ。


パンデミックの脅威はつづく


国を超えた結びつき?

ーこの時期になると、ますます地域や国を超えた人の移動が活発になっていく。
 グローバル化の進展だ。

 すると、ある地域に特有だった感染症が、短期間のうちに爆発的に遠く離れたところにまで広がる現象が多発する。

 パンデミックだ。

 深刻なものはすでに第一次世界大戦(1914~1920年)のときに、戦争の死者数(約1000万人)を大きく上回る死者数(約2000万人)を出した「スペインかぜ」(インフルエンザ)があった。


    その後、植民地だった途上国でも開発が進んだことで、これまで接触がなかった地域の感染症が不意に広がる現象も起きるようになる。開発原病だ。

 この時代には、交通手段のさらなる発達と活動エリアの拡大によって、そうした感染症が短期間で世界中にひろまるリスクが高まっていったんだ。



 

開発原病についてもう少し詳しく…

ーダム(人造湖)の建設、奥地への道路や線路の敷設、農業スタイルの変化(自給的な農業から商品として売るための農業へ)、急速な都市化などがもたらす新たな病気だよ。

 例えば?

ビルハルツ住血吸虫症トリパノソーマ症、結核、河盲目(オンコセルカ病)、マラリアなどなど。
 いずれも経済開発が進んだことによる「副作用」が一因となって、かえって広まった感染症だ。

 この時期になると、熱帯エリア由来のウイルス性の出血熱症候群や、ウイルス性肝炎の世界的拡大もひんぱんに問題となっているね。


エボラ出血熱とか?

ーそうそう。
 2014年にはリベリアやシエラレオネを中心とする西アフリカの数カ国で大流行が起きたよね。
 国を超えた流行は、今なお根絶していないんだ。

 エボラ出血熱はもともと、森林の動物(コウモリやサル)の感染症の感染症だったといわれている。
 それに人間が接触するようになり、体を触るお葬式の風習によって、さらに人から人へと短期間に広まることにつながった。


でも、その儀式が伝統なんですよね。

ー2014年の感染拡大時のルポによると、感染を食い止めるための試みは、しばしば遺族の方々の抵抗に遭っている。

 宇宙服のような白い防護服に身を包んだよそ者の集団が、ウイルスに感染した遺体を埋葬するために運び出そうとしたところ、遺族が引き渡しを拒んだのだ。妊婦の霊が無事に死者たちの村へたどり着くには、遺体から胎児を取り出さなければならないという。

 (中略)

 西洋人にとって、「儀式」など忘れられた過去の記憶に過ぎないかもしれないが、人が死ねば何らかの形で葬儀を出すのは世界中どこへ行っても同じことだ。そして、その目的も世界共通である。愛する人に別れを告げて終止符を打つ。そして、死者への敬意を表すということだ。

 医療に関する正しい情報(医療リテラシー)を普及させることはたしかに大切だ。
 でも、それだけで感染を止めることはできないのも現実。

 厳しい「防疫」システムを置く先進国は、こうした国からの感染症の進入を防ごうと必死となり、実際に感染拡大に成功した。
 でも、公衆衛生防疫といったテクノロジーもまた、歴史的に西洋でつくられた文化の中にあるという意識も持っておくべきだろう。


その国の文化と、「人の命を守る」という理念のバランスって難しいですね。

ーこれはSDGsのような開発目標にもいえる課題だね。このことについてはまた、目標5(ジェンダーの平等)でも考えてみることにしよう


肥満が栄養失調を生む?

ところで、途上国ってこうした感染症(新興感染症再興感染症)以外にも、栄養失調のような問題を抱えていますよね。

ーたしかにそういうイメージはあるけどね。

 世界全体でみると、「飢え」の問題は次第に解決されているんだよ(⇒世界史のまとめ × SDGs ②飢餓をゼロに)。

 途上国では、「飢え」というよりも、意外なことに「肥満」が問題となるケースが増えているんだ。


肥満ですか!? 先進国に多いイメージがありますが…。

ーよく考えてみて。

 ふつう、鮮度が高くて栄養価のある物って値段が高いよね。

 でも、お金がないとなると、なるべく値段の安いものに手を出さざるを得ない。

 となると、「安くて保存の効く高カロリーな食品」に依存する食生活となりがちだ。
 いつ食べ物が手に入るかわからない不安感や多くのストレスから、乳児のお母さんが過食に走れば、母乳の分泌に影響し、赤ちゃんの栄養失調につながるケースもある


「貧しさ」の問題が、「肥満」につながってしまうんですか…。

AGRI IN ASIAによれば、途上国における栄養をめぐる問題は、次のように絡み合う。

 発展途上国に見られる人口の農村部から都市部への移動は、肥満を加速させる原因だ。農村部では食料的に自立しており、穀物や野菜、果物を中心とした伝統的な食事を取っているが、脂質や糖質は低い。都市部へ移動すると、職業的に運動が不足し、糖分や脂質、穀物の多い食事になる。彼らの食生活は伝統的かつ栄養価の高いものから、エネルギー過多な食生活へと変化する。1980年代以後、コミュニケーションや情報の発展は、エネルギー過多な欧米の食生活のグローバリゼーションを促進させた。


ー安価なお菓子やインスタント麺、お肉の缶詰や冷凍食品などに頼ることで、「肥満」が進行している例はオセアニアにもみられる。

 伝統的に「太っている」ことがプラスと捉えられる文化ということもあるけど、この時代に植民地(または信託統治領)から独立したオセアニアの多くの島々(例:ツバル(1978年)、キリバス(1979年)、バヌアツ(1980年)など)では、先進国から輸入した食品によって「肥満」による健康リスクが高まっていった。


伝統的な食品から、高カロリーの輸入品にシフトすると、なかなか後戻りできなさそうですもんね。

ー脂っこいものは、あとを引くからね…。


産油国の肥満問題

ー「途上国」ってことで一括りにしたけど、この時期には産油エリアのアラブ諸国の健康事情にも変化が起きている。

 莫大な富を生み出す石油産業や金融産業に従事するのは少数のアラブ人エリートで、国民の多くは主に南アジア出身の移住労働者だ
 ゆったりしたスタイルのアラブ人の働き方も相まって、糖分の摂取量が増え、糖尿病にかかる人が激増してしまうんだ。



環境と肥満のかかわり


「経済」の変化は「健康」と大きく関わっているんですね。

ーそれに、「栄養」の問題は、「環境」の問題とも絡み合う。

 例えば、国土の最高地点が5メートル足らずのツバルでは、激甚化するサイクロンの影響や海水の進入によって、伝統的なタロイモ栽培ができなくなる状況が広がっている。
 島の人たちは首都フナフティにある主に中華系のスーパーマーケットで、ニュージーランドやフィジーなどから輸入された冷凍鶏肉やスナック菓子、米などを食べることが多くなっている。

 また、上下水道のインフラが整備されていない環境では、せっかく十分な量の食べ物にありつけたとしても、感染症にかかり下痢によって栄養分が外に出てしまい、結果的に栄養失調となってしまうケースも多いんだ(SDGs目標6「安全な水とトイレをみんなに」)。


先進国の健康問題


栄養に関する知識だけでなく、環境の整備も大切なんですね。

ーさらに、「痩せ」や「肥満」の問題は、先進国も例外ではないよ。

 栄養バランスや摂取量の偏り、ストレスフルな環境の影響から、栄養失調や生活習慣病のリスクも高まっているんだ。


先進国には食べ物がたくさんあるのにバランスが悪くなるなんて、皮肉ですね。

ー仮にバランス良く食事を食べられていても、複雑化する社会の中で「心の不健康」のリスクも高まることも懸念されている。

 例えば、1991年のソ連が崩壊した後、雪崩を打ったように「自由な経済」がこれまでの社会主義経済に取って代わると、旧ソ連グルーでプの国々での自殺率は一挙に高まった(下図は社会データ図録2774より)。

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経済や社会の変化が心に与える影響は無視できなさそうですね。

ーこの時代には国境を超える「自由なビジネス」が世界的に広まっていくよね(⇒”世界史の中の”日本史のまとめ1979年~現在)。
 そうなると先進国内でも経済的な格差が進み、先進国の人々の間に食べ物の「質」の格差が進んでいるわけだ(下図。社会データ図録4660より)。

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 とくにアメリカではフードスタンプという貧しい人を対象にした食べ物のサポートが、2000年代以降拡大されている(注:トランプ政権では削減)。

 経済的な格差は食生活の質の格差につながり、さらに健康の格差にも連鎖する問題だ。その際、食事を「どうとるか」「誰ととるか?」ということも重要だ。


こうしてみると、健康の問題は世界のどんな地域に住む人にとっても「未解決」の問題だということがわかりますね。

何が「健康」で「不健康」かということは、その社会によっても変わるしね。


障害者の権利の保障がすすむ

「障害」もそうですね。

ーなにが「障害」となるかも、その社会の「環境」にも大きく左右されるからね。
 この時代には、「障害」や「健康」の定義は「あるひとつの基準」によって決まるものではなく、個々や社会の違いに応じた幅の広いものであり、その背景にはさまざまな要因が絡み合っているものだというふうに、いっそう考えられるようになっていくよ。

 この考えの原型はもともと世界保健機関の憲章の中にもあるものだったけれど、その後1986年の世界保健機関(WHO)による健康づくりのためのオタワ憲章や、1991年の健康の支援環境についてのスンツバル声明を経て、1998年には「健康の社会的決定要因」として明確化されていった(下図はhttp://keiyukai.info/wp-content/uploads/2017/11/auto_CAGdbv.pdf より)。

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どういう意味ですか?

カナダ公衆衛生機関の説明がとってもわかりやすい。

――どうしてジェイソンは病院にいるの?
それは、彼の足にひどい感染を起こしたからだよ。
――どうしてジェイソンの足には悪い病気があるの?
それは、彼が足を切ってしまって、そこから感染を起こしたんだよ。
――どうしてジェイソンは足を切ってしまったの?
それはね、彼が、アパートのとなりの廃品置き場で遊んでいたら、そこには尖ったギザギザの鉄くずがあったからなんだよ。

 ここで終わらせてしまいがちだけど、「問いかけ」はさらに進む。

――どうしてジェイソンは廃品置き場で遊んでたの
それはね、彼が荒れ果てたところに住んでいるからだよ。そこの子どもたちはそんな場所で遊ぶし、だれも監督していないんだ。

――どうしてそういうところに住んでいたの?
それはね、彼の両親が、もっと良いところに住む余裕がないからさ。

――それはどうしてもっと良いところに住む余裕がないの?
それはね、彼のお父さんは仕事がなくて、お母さんは病気だからね。

――お父さんにお仕事がないって、どうして?
それはね、彼のお父さんはあまり教育は受けていないんだ。それで仕事が見つからないんだ

――それはどうして?...


なるほど、そうなった「背景」にしっかり注目しようとするわけですね。

ー適切に原因をつかみ、それを政策に生かすことができれば、「健康はつくれる」んじゃないかという発想だね。
 同じことは「障害」にもいえる。
 身体的な障害が、その社会の中で「障害」となってしまうのは、その社会の受け入れ体制が整っていないからだという発想だ(注:障害はではなく社会にある)。

 1988年には「パラリンピック」という名称の障害者による国際スポーツ大会がはじまった。現在ではこの「パラ」には、オリンピックに「平行(para)」した「もう一つのオリンピック」という意味合いが含まれている。生涯をとおしてスポーツに関わることは、障害を抱える人だけでなくすべての人にとって様々な点で重要と考えられている


 また、国連の継続的な取り組みを経て、2008年には障害者権利条約が発効した。まだまだ道半ばというところだけど、科学技術の力に対する期待も大きいよ。


次回の「目標5: ジェンダー平等を実現しよう」に続きます。

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