ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック

書影

フィッツジェラルドゆかりの地をめぐる訳者の探訪記や、2つの短篇の翻訳が収められている「著訳(編訳)」もの。

ブルータスの村上春樹年譜によると(重宝!)この『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』が出たのは1988年だから、ノルウェイの森とダンス・ダンス・ダンスの間となる。当時の春樹さんの置かれている状況やメンタリティで、どういう文を書くんだろう、どういう作品を訳すんだろう、と思いながら読んでいたところもある。

翻訳ライブラリー版の方では新訳エッセイ(これは訳者が書いたものではない)が加わっているが、何度かこの手のものを読んでいるとヘミングウェイは×、フィッツジェラルドは○、みたいな話がたくさん出てきて(ヘミングウェイへの賛辞もあるけれど)、他人の言葉を使って批評しているみたいに感じられるところがあって、こういうのは程度ものだな、と思わされた(つまりやや辟易してきたということ)。
春樹さんがフィッツジェラルドをアイデンティファイしていることはよくわかる。小説家としての姿勢、仕事に対する姿勢によほどの影響を受けたのだなぁ、と。

「リッチ・ボーイ」という短篇が良かった。主人公の男はどこかしら二重人格的で、策略的で頭もきれる男なのだが、話が進むにつれて順調に失っていく。安定的喪失。
昔の恋人を偶然再会し、知らされること、聞かされることに彼は傷つき変わりはててしまう。
この話、語り手が良い。「僕はどこにもいかないよ」って最後のシーンで余韻を残してくれる。
訳者いわく、かなり翻訳難度が高かったそうだけれど、そこはお見事。全くよどみなく流麗。世界のムラカミ本領発揮。

他にもエッセイ「『夜はやさし』の2つのヴァージョン」や「映画『華麗なるギャツビー』についてのコメント」なども読みごたえがあります。
「夜はやさし」は僕はオリジナルヴァージョンで読んだので次は改編ヴァージョンで読んでみます(角川文庫の方)。
映画はディカプリオではなく、ロバート・レッドフォード主演の1974年版について。ニック・キャラウェイを演じたサム・ウォーターストンが僕にはとても印象に残っています。とても良い映画でした。

(書影は https://www.chuko.co.jp より拝借いたしました)

【フィッツジェラルド関連note】

グレート・ギャツビー
https://note.com/seishinkoji/n/n9081e6b3e7d6

夜はやさし
https://note.com/seishinkoji/n/ncce7b274074d

マイ・ロスト・シティー
https://note.com/seishinkoji/n/n84b27bed5431

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