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-2021年5月25日/日本/代官山-『世界時々フィクション』

「人事から合否連絡がないんだが、こちらから電話かけてもいいのかな?」

友人から連絡があった。どうやら転職活動を会社に黙ってしているらしい。医療業界に行きたがっている。人事担当から合否連絡がないようだ。
多くの人間は、人事担当のことを真面目で約束を守るものだと思いがちだが、そんなことはない。世の中の変化が激しければ激しいだけ、守らない約束は増えていく。どうやら、この人事担当は、待たされる側の応募者の気持ちへの配慮が足りないらしい。

「人事担当も人だ。意欲を見せれば話を繋げることはある。催促しながら意欲を示すのはいいんじゃないかな?」

そうだ、仕事は全て、人間関係の調整だ。

それにしても、その日は、あまりやる気が起きなかった。そんな日もある。毎日同じこと繰り返してれば、前向きになれない日だってある。そんな時は、頑張らないのがいい。社会人はマラソンだ。一気に結果を出さないのも大事だ。

「わかったよ」

同僚は元気のない声でそう答えた。

ニューヨークタイムズ紙をチェックした。ニューヨークの学校のリモート授業が今年の九月、秋には終わる予定らしい。コロナウイルスの影響も少なくなりつつある。学校の先生、生徒、事務職員、清掃員、バスの運転手、近隣の飲食店、学生が学校に戻るとは、経済活動が復活するということでもある。

学校に行かなくとも授業を受けることが出来る時代になった。コロナウイルスは新しい社会のあり方を生み出した。学校の先生は生徒と直接会わなくなったのだ。どうやって授業を行なっているのだろうか。私には想像がつかない。

コロナウイルス陽性者の割合は下がっている。1%を少し上回る程度のようだ。これは去年の9月以降で最も低い割合らしい。そのこともあって、ニューヨークは学校再開することにしたようだ。さて、何が起こるのだろうか。

午後、面接が一件あった。相手は日本語検定N1を取得している中国人だった。働いている会社について質問したり、こちらの会社の紹介を行った。

「韓国の企業が親会社で、スタッフは日本人です」

グローバリゼーションだなあと感じた。東京で働く中国人は、韓国が親会社の日本支社で日本人の部下を従えて、マネージャーとして仕事をしているらしい。面接を終えてから、私は社内の採用管理システムに入力をしていった。

すると、LINEを確認すると、長澤から連絡が入っていた。

「iTuneからダウンロードしたいんだけど、出来ないの。今日仕事終わってから、ちょっとだけ来てくれない?」

在宅中の彼女は、仕事をサボっているのだろうか。長澤とは長い付き合いだ。男女の関係ではないが、ただの同僚とはいえ、友達のように仲が良いのも事実だ。返信してから、仕事に戻った。

星野に指示を出す。彼女は最近髪を染めたらしい。童顔気味の彼女に、よく似合っている。

「何人かFormsのアンケートでの回答がまだなので、伝言してください」

「承知しました」

明るい声だ。気分が良くなる。彼女は即座に作業を始める。数日前の社内アンケートに未回答の社員へと内線を鳴らして、回答を催促している。感じの良い催促だ。

休憩がてらに記事の続きを読むと、各州ごとの対応がまとめられていた。学校再開だってアメリカでは州ごとに対応が違う。カリフォルニアでは原則対面授業だご、遠隔での授業もやるらしい。ヒューストンやフィラデルフィアめは遠隔授業を今年の秋まで続けるようだ。そう考えると、ニューヨークは思い切った決断をしているかもしれない。

"New York City educators want their students physically in front of them.”

先生が生徒に会いたがっているという言葉があった。ニューヨークの学校教師たちは生徒と対面で授業がしたいという思いが強いようだ。学校教師というのは、この時代、どんな気分なのだろうか。学校というのも一大産業だ。教師に生徒、そこで働く事務員、清掃員、食堂があれば料理人の雇用だって生み出しているし、通勤に使うバスの運転手の仕事だってある。学校再開は経済活動再開と同じ意味だ。リモート授業になったことで、仕事を失った人もたくさんいるだろう。これ以上、経済を止めるわけにはいかない。そんな決断なのだろう。

渋谷を出て代官山へと向かった。長澤は代官山に住んでいる。ブティックにカフェ、美術館に高級レストラン、代官山は落ち着いていて、街並みが素晴らしい。彼女はオシャレなこの街を、一瞬で大好きになったようだ。彼女の部屋に入ると、一気に女性らしい空間が広がる。長澤はパソコンと格闘していた。何でもiTuneと新しいiPhone13が同期しないらしい。音楽の配信サービスはいくらでもあるじゃないかと言うと、

「ジャニーズはLINEミュージックとAmazon musicにいないのよ。CDをiTuneにダウンロードしてから取り込んで、iPhoneで聞いてたの」

と不機嫌そうに返してきた。なるほど、ジャニーズはCDでの売上を重視しているらしい。そして、パソコンとの格闘が始まった。長澤はジャニーズなんかまったく興味がないなんて顔をしている。どちらかと言えば、現実的なお堅い美人という感じなのだが、内面は異なる。私が長澤のパソコンをいじっていると、表示が出る。

「iTunesには新しいバージョンのapple mobile device support が必要です。apple mobile device supportとiTunesの両方をアンインストールしてから、もう一度iTunesをインストールしてください」

こんな時代だ。英語とカタカナが読めないとなにも出来ない。出てきた画面の意味がわからなかったので、そのまま検索サイトに打ち込んで解決方法を模索した。

「すべての音楽を、ひとつの場所に」

アップルのキャッチコピーは素晴らしいが、私の問題は目の前のiTunesインストール問題だ。

「サービスapple mobile device serviceを開始出来ませんでした。システムサービスを開始する特権を持っていることを確認してください」

それから何度かGoogleで検索して、あれやこれやの解決方法を試した。最終的にいくつかのプログラムをアンインストールして、それけらiTunesを再度インストールすることができた。これで、インストールは完了だ。あの忌まわしき文言が出てこなければ、私のミッションは完了だ。再起動してiTunesを立ち上げる。それから長澤にバトンタッチした。彼女がiPhoneとデスクトップをつなげる。しばらく、静かな時間が流れる。私は黙って目を閉じた。

「おおー!!出来た!!」

すると、彼女が歓喜の声をあげた。新しくなったiPhone12とiTunesが同期したようだ。

「それじゃ、帰るよ!ちゃんと仕事してました?」

「してますよー!ありがとう!ご飯食べていく?」

「今日は仕事があるんだ。また今度にしよう」

「また行きましょうね」

私は微笑んでから、長澤の自宅を後にした。それにしても、スッピンの長澤は綺麗だった。

私は電車に乗りながら、ニューヨークタイムズ紙に目を走らせた。ニューヨークでは9月に学校が再開だ。マスク着用は義務化するようだが、日常が戻っていくのは良いことだ。さて、何が起こるのだろうか?

「パンデミックが起こって、現在の社会のあり方を良くするチャンスだと考えていたが、何か良くなったようには思えない。」

ニューヨークタイムズは皮肉っぽいセリフで記事を終えていた。確かに、社会全体を改善するよりも、iTunesをインストールする方が遥かに楽だ。

部屋に戻って、事件のファイルに目を通した。今回の事件は、セクハラだった。しかも、女性上司から男性社員に対してだ。事件のヒアリングや調査は担当しなかった。戸田のセリフが頭によぎる。

「通知人のルールその6だ。確実に相手に承諾させよ」

スマホにデータが送られてくる。今回の通知相手の写真を確認した。これまた、目の覚めるような美人だった。

(続く)

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-2021年5月25日/日本/代官山-『世界時々フィクション』

参考記事:By Eliza Shapiro, "N.Y.C. Will Eliminate Remote Learning for Next School Year’", “The New York Times”, May 24, 2021

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