薬に頼ること勿れ 【漢方医放浪記】
内科医は薬で病を治療する生き物です。
現代医療の進歩は目覚ましいもので、新薬が次々と開発されています。有効性と副作用の観点から臨床研究を経て実用化される薬たち。不治の病が治るようになったら、それは素敵なことと思います。
しかしながら外来診療をする中で少なからず存在する危機的患者のことを、私は考察せずにはいられません。
生命には恒常性があって、生体には不調を治すための自己修復システムが備わっています。例えば風邪をひいたとき、薬など飲まずとも粥でも食べて暖かい布団で寝ていれば治ります。そういうシステムがあることを、現代医療は軽視している節があるように感じます。古代の医学書『黄帝内経』では中途半端な腕前の医者にかかると却って病状を悪化させることや、大病に至る前に予防し養生することの重要性が克明に記されています。そんなもの大昔の医学だろう、と馬鹿にしているようでは医道の真髄に到達することはできないでしょう。現代医学など僅か数百年の歴史に過ぎず、有史以来脈々と継承され磨かれてきた東洋医学の深淵さを軽視すべきではありません。
治してください、と他力本願な患者。
薬をくれ、と病の原因を直視しない患者。
そういう人たちを私は危機的患者と呼びます。
自分では何もせず、或いは努力の方向が頓珍漢なまま「治してください」を連呼するような他力本願では、病を克服することなど叶いません。そして病の発症には必ず原因がありますから、これを直視せず薬物療法に依存する姿勢では、同種の病魔に幾度も取り憑かれることになるのです。いずれの場合にも根本的な治癒に至ることが極めて困難で病苦に苛まれ続けることが殆どで、因って私は彼らの患いを危機的だと称します。
私の外来では、所作すべてが診療の一部です。非言語的情報も大いに活用して病邪を見極め、診察それ自体も治療を兼ねながら、言葉を重要な治療手段のひとつとして捉え、薬を処方し、必要に応じて経絡治療を併用します。
薬に頼ること勿れ。
使わないということではありません。西洋薬も漢方薬も、或いは薬物療法以外の外科的治療を含めてもよいでしょう。必要十分なものを取り入れることは重要で、なにも原始時代に回帰する必要はありません。大切なのは、それらが治療手段のひとつに過ぎず、主役は病を患う自分自身だということです。
非科学的な持論を述べますと、病にも意味があります。正確には意味があると考えて生きたほうが楽です。病邪は敵ではない。それは自分を護るために、或いは自分の不徳を糺すために訪れるものだ、と。
人生には不可避の八苦があります。
生苦 世に生まれる苦しみ
老苦 老いる苦しみ
病苦 病む苦しみ
死苦 死ぬ苦しみ
求不得苦 欲しいものが得られない苦しみ
愛別離苦 愛するものと別離する苦しみ
怨憎会苦 怨み憎しむものに会う苦しみ
五蘊盛苦 肉体があるという苦しみ
苦しいよね、人生ってさ。
逃げても逃げても避けられず、八苦の全てが付き纏うのが人生です。そんな人生に意味なんてあるのか。ないかもしれません。なくてもいい。あったほうが良ければ自分で決めればいいだけのこと。探しているうちは見つからないものだから、(仮)でいいから決めればいいでしょう。どれも正解。どれも不正解。正誤も善悪も人間社会の勝手な尺度なのだから、そんなものに惑わされずに自分の心に集中すればいいのです。それで社会から外れたら、まぁそれはそれでいいじゃない。殺し殺される自然界が好きって人もいるでしょう。私たちを害するものは容赦なく滅ぼすけれど、そうでなければ平和です。それでいい。それがいい。
……って、
なんのはなしですか。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方の不調が日々の生活の中で解けて健やかになりますように。
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