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虫 【短編小説】
庭の芝が枯れ始めたことに気付いたのは、焼けつくような日照りの夏の日のことだった。生茂る芝は区画の外側から茶色く変色し枯れ始めていた。
日差しや気温の所為かと思い様子をみていたが、数日のうちに変色が広がってきた。日差しにしては枯れ方がおかしい。区画の外側には塀があり、むしろ日差しは遮られるはずだ。
ああっ、と。洗濯物を干していた妻が声を上げた。芝が動いているというのだ。よく目を凝らすとなるほど芝が動いている。否、芝の中を緑色や茶色の何かが蠢いているではないか。一匹見つけると次のものにも目がつくようになる。
芋虫だ。
そこかしこに虫、虫、虫。
100を超えているであろう虫の動きに目眩を覚えた。
それはコガネムシの幼虫のようだった。芝の枯れる原因は彼らだった。一寸の虫にも五分の魂という。コガネムシとて必死に生きている。幼虫は芝生の根を食み、その一帯を枯らしていく。人の敷地に蔓延る虫は、残念ながら駆除の対象だ。
私はしばらく悩み、ついに決断した。芝生を枯らして退去のときに現状復帰などといわれたら嫌だと、そんな個人的な理由でジェノサイドに繰り出した。
容易に情報にアクセスできる生活は便利なもので、その足で薬局に殺虫剤を買いに行ったが、目当ての農薬は見つからなかった。
強力なものといえばそう、有機リン系の農薬だ。誤った使用法の流布により店頭での購入は困難だが、ネット通販ならすぐに手に入る。
翌日届いた濃厚な色の液体を、芝に散布した。
科学の勝利だ。
それから二度と芝が動くことはなかった。
『なぁ、兄弟。短い生涯だったな。』
『もう体が動かないよ。なんでかなぁ。』
『次生まれたらさ、やりたいことがあるんだ。』
『うん。』
『空を飛んでみたいんだ。』
『空。空ってなんだい。』
『分からない。でもきっといいところさ。』
ー了ー
拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございました。虫が人を認識しているのか分かりませんが、私は私の都合で多くの命を奪いながら生きています。生命への畏敬を忘れてしまったら、いつか腐海と生きる未来が訪れるのかもしれません。
願わくは、命の共存を。
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