見出し画像

森の住人1話 童心に帰る

深い瞑想を終えて、僕はゆっくりと体を起こした。テントから出ると朝日がまぶしい。まだ早朝だから皆寝ているのだろう。キャンプ場の早朝を独り占め出来た気がして嬉しかった。

最近は体調が良い。体操を終えて顔を洗う頃にはもう完全に目が覚めていた。実にすっきりとして爽快な目覚めだ。

僕がここに来てからもう3日目になる。簡単なクライアントとのやり取り以外は特別やることもなく、のんびりとした森の中での生活を満喫していた。僕は自由なんだ。

テントに戻って持ってきた本をパラパラとめくっていると脳が調子を取り戻して行くのを感じる。それと共に空腹を覚えた。そろそろ朝ごはんを作ろう。

バックパックから卵とベーコンを取り出し、簡単なベーコンエッグを作る。焚き火にフライパンをかけていると、自分が自然の中にいることを実感することが出来て楽しい。焚き火で調理をすると、温度調整が難しく、最初は勘を取り戻すのに若干苦心したものの、今では慣れたものだった。

無事完成したベーコンエッグを皿に移し、次にパン生地を捏ねる。パンの手作りなんて、家ではやる気になれないが、このキャンプ場の雰囲気が一時的に僕をグルメにしてくれていた。何とか上手く出来た気がするパン生地を木の棒に巻きつけて、焦げないように気をつけながら、焚き火で焼く。昨日十年ぶりに木の枝で焚き火を起こした時にも、テントを一人で張った時も、そしてこうして焚き火でパンを焼いている今も、全てが子供の頃の追体験だ。僕は子供の頃何度もキャンプでこのような楽しい体験をした。その事が忘れられなくて、大人になってから突然日常から抜け出して自然の中で一人キャンプをしようという気になって、こんな山奥までやってきたのだった。昨日も寝袋にくるまって子供の頃を回想しながら一人眠りについたのだった。

「そろそろいいかな」

焼けたパンとミルクティーとベーコンエッグの朝食が完成した。一人で野外料理が無事完成できた事に満足だった。これなら、これから何度でもキャンプに来れる。自然の中で食べる食事は家の中で食べるのとは全然違う。空気が新鮮で清々しい。気候も涼しくなってきていていい感じだ。僕はこれからどんな所にキャンプに行こうかと頭の中で忙しく考えながら、食事にふけっていた。

「あの」

そんな時、突然誰かに後ろから声をかけられた。振り向くと20歳くらいの女性だった。知らない人だった。何の用だろう?

「どうかしましたか?」

「あの、これあなたのですよね?」

見ると女性が手にしているのは僕の日記帳だった。昨日どこかに落とした気がして探していたんだ。暗かったので明るくなってから探そうと思っていたのだが。

「ありがとう。あなたが拾ってくれたんですか?」

「ええ、さっきトイレに行こうとしたら見つけて。管理所に行ったらここでテントを張っている人だって教えてくれたから」

「わざわざすみません。ありがとうございました」

それで話は終わりだと思った。だけど手帳を受け取った後も女性は何だかモジモジとその場で立っていた。

「あの、何か?」

「あの実は、私キャンプ初めてで何もわからないんです。一緒に来ようって言っていた子が急に来れなくなって、一人で来てみたはいいけど、テントの張り方もよく分からなくて、出来たら少しだけ教えてもらえないかなと思って、すみません」

随分無茶をする人だなと思ったが、特別やることがある訳でもない。

「いいですよ。それじゃまずテントから張りましょうか」

 こうして僕はこの不思議な女性にテントの張り方や焚き火の起こし方を簡単に説明した。その途中少し話した感じではキャンプは初めてだけど、アウトドアには一通り通じているらしいことが分かった。

「時々休みの日に一人で釣りをしていたりするんです。あなたはどうですか?」

「僕は釣りはほとんどやったことがなくて」

「そうですか。機会があったら一度どうです?無心になれて楽しいですよ」

「ええ。そういえばここにも川があるらしいですね」

「そうですね。山の方にあると聞きました」

女性が一人でキャンプに来ているのはやはり珍しい。僕等は隣同士のテントで過ごすことになったので、その後も何となく行動を共にすることが多くなった。テントを張り終わって、彼女は早速釣りに出かけた。後で共に昼ごはんを食べようと約束して。

僕はこの休日を満喫しようと、ごろりとレジャーシートの上で横になり、広がる青空に漂う雲をぼんやりと眺めていた。若干標高の高い位置にあるこのキャンプ場の広場だから雲が近い。白くふわふわとした雲に妙な迫力を感じながら、昼寝でもしようかと思っていたのだが、目が冴えて眠れなかった。仕方なく本でも読むかとリュックから小説を取り出して読んでいた。

小説を読んで将来に投資したいと思っていただけたら、是非サポートをお願いしたいです。小説や詩を書くことで世界に還元して行けたらと思います。