見出し画像

執着を手放す方法!執着をなくすとすべてが手に入る秘密

こんにちは。
西炎です。
今回は執着を手放す方法についてお話をしたいと思います。
執着といえば固執、あるいは対象を手にしたいという欲望といっても良いです。
執着があるので手に入るという段階と、執着をなくすことですべてが手に入るという領域もあります。
今回は執着の秘密についてお話をしていこうと思います。

執着とは?仏教的な意味とは?

執着というのは仏教的には何かに心をとらわれること、そしてそこから離れられないことというような意味とされます。
仏教でなくても執着の意味はそう変わりませんね。
さてここで問題となるのはとらわれる心とは何かということになります。

執着と心。執着が生じる秘密

すべての人が何かの執着を持つといって良いです。
この地球で完全に執着を解放できる人などいません。
ですので無理をせずに支障をきたすような執着だけ解消しようということで良いと思いますね。
心とは何かということですが、よく使われる言葉でいえば魂ですね。
つまり感情です。
人間のあらゆる感情が生まれる流れというのは

・対象を五感でとらえる
・その情報が無意識に到達する
・無意識から特定のインパルスが意識に到達する
・意識はそのインパルスに応じた思考をする
・心はその思考に応じた感情を発生させる

というようになります。
ここでいくつか重要なことがあります。
まず五感でとらえるということで、聴覚だと耳、つまり音の情報ですね。
あとは視覚だと目で、見ること。
このようなすべての情報はまず無意識に届きます。
無意識はその人の人格情報、つまり過去の記憶や体験を格納しているので、それに応じたインパルス、つまり衝動を発生させます。
意識はほぼすれに抵抗できずに特定の思考をします。
思考の内容は自分の過去通りであり、いわゆるルーティンとなります。
あの人は変わらないなぁというのはここに秘密があります。
思考が生まれればまたほぼ抵抗もできずにその性質に応じた感情が発生します。
対象が自分にとって心地良いと感じるものに対しては次第に何度も思考するので執着といった感情が強くなってきますね。
脳の回路はサーキット状になっていて、何度も思考するほどにその回路は強固になります。
これは記憶もそうで、何度も読んだ教科書の箇所を自然に暗記するのと同じです。
対象がたとえ好ましいものであっても、1度だけ接触してその後に接触する機会がなければサーキットは強固にならずに執着の対象とはなりませんね。
ここも重要な知識です。
執着の正体とは故に思考の性質、または思考の回数といって良いと思いますね。

そのため思考の源泉である無意識をきれいにすることは非常に重要ということになります。


執着は沼。沼にはまると運が落ちる本当の理由

執着は沼とよく似ていますね。
はまると抜け出すのにかなり時間がかかりますし、脱出できないと人生が詰むときもあります。
断易などの占術でも執着はしばしば卦に出てきます。
たとえば恋愛の卦を立てたときに、相手にはまっているのか、相手が自分にはまっているのかが問題となってくることがあります。
当然ですが、相手が自分にはまっているほうが恋愛運が良いわけですが、執着は無意識の情報なので卦にも正確に出てくるわけですね。
執着というのは対象を求めることですが、いわば対象を持っていない意味でもあります。

・対象が自分のものでない
・対象を求めている

という状態であり、無意識には空虚感が明確にあり、現在は対象を持っていないことを刻印している状態です。
無意識とは事実を観察する器官であり、執着というのは対象を持てていない状態であるということを明確にしていく過程となります。
いわば執着で苦しい思いをするのは

・対象を求めていること
・しかし対象は自分のものではないこと

この差、空虚感に対してのもだえともいえますね。
このもだえは強い感情であり、永久に中和化しなければいつまでも執着に苦しむことになります。


執着とはネガティブ?ポジティブ?

地球ではネガティブ、ポジティブでまだ判明していないものが多いですね。
非常にシンプルにいえば苦しいものはすべてネガティブといって良いです。
執着があるときは苦しいことが多いわけで、まずネガティブとなります。
精神や肉体に負担をかけるのでひどいケースだと病気をも招くでしょう。
というのもストレスであるためです。
そのため中和化して、きれいにする対象でしかありません。

そもそも地球では誤りの道徳があまりにも多いわけです。

・頑張る
・努力する
・真剣になる

など精神的態度がありますが、これらはすべて良いことだとされます。
たしかに努力しなければ成功できないことは多いです。
しかしこれらはすべて力みともいえます。
頑張りすぎることは当然ネガティブであり、不幸を招きます。
真剣も当然に力みです。
しかし頑張らないと生きていけないではないかという人もいるでしょうけども、態度は変えないで精神的態度だけ変えれば良いわけです。

・仕事量、勉強量は下げない
・しかし仕事や勉強に対して苦手意識をなくせばしんどさも減る

という感じですね。
好きな仕事であればストレスは大幅に減ります。
そのため仕事量は人よりも多くても、無意識にしている感じになり、業績も成績も良く、かつ疲れもあまりないという感じになります。
いやいや仕事や勉強は好きになれないというときには、最初から間違いや不足があります。

・苦手意識を解消する
・仕事であれば天職を見つければ良い
・過去の仕事や勉強へのネガティブ記憶をきれいにする

などでかなり嫌な感じは緩和されます。

記憶をきれいにするなど本気の方は下のほうがより推奨できます。

記憶というのは日々蓄積しますが、その負担は人間に相当影響します。
この記憶をきれいにするだけでもまったく同じ人生を進んでも相当楽に感じるはずです。

執着を手放すと引き寄せがうまくいくのは本当?嘘?

引き寄せの法則では執着を手放すことでうまくいきやすいというのが法則になっています。
かなりの部分これは事実ですね。
恋愛などだと

・引き寄せをする
・どうしても相手への執着がある
・なかなか成功しない
・時間が経過し相手を忘れてしまう
・いきなり相手から連絡がくる

という過程はよくあると思いますね。
お金や仕事でもだいたい似たような流れはありますね。
あと重要なことは引き寄せでも何でもそうですが、自分の信仰をも壊さないといけないということです。
引き寄せをするということは当然引き寄せが効果のある方法だと思っている価値観があります。
しかしこのルーティン、自分の意見さえも無視しなければいけません。

・引き寄せ直後に引き寄せしたことを忘れる
・その後も当然意識もしない
・引き寄せの法則自体も意識しない

というような感じです。
つまり意識をなるべく空っぽにするということです。
仏教や禅でもよくある話が、瞑想をしてとらわれない心を獲得しようとするわけですが、とらわれないようにしようということにとらわれてしまうということです。
とらわれないこと自体も破壊しなければいけないのが本当に難しいことなのです。
意識が空っぽになれば何か良いことが入るチャンスが出てきますが、執着などでメモリがいっぱいだともう何も入ってきません。
これが手放すことの意味でもあります。


執着を断ち切る方法!達人の本当の手に入れ方

勉強、資格試験の合格、仕事での成功、お金、恋人などこの世で手に入れようとすれば努力、頑張ること、もっといえば何かの行動をしなければいけません。
たしかにただ寝転んでいて、いきなり完成した食べ物が口に入ってくることはないでしょう。
料理もしなければいけません。
思考というのは目標に向けると必ず感情的になります。
思考には2種類あり、感情的思考となるためです。

・目標と現在地との差を認識してしまう
・その差を埋めようとする
・その過程で必ず早く到達しよう、うまく到達しようと思ってしまう

最後のような思いが負担となり、強まるといつのまにか執着となります。
よくある現象が、この過程で目標到達が無理になる、あるいは目標自体がなくなるというときに苦しみが生まれます。
この苦しみこそが自分の思考の誤りに気づく警告的な意味合いのために存在するのであり、目標とは思考する対象ではないのです。
目標は鈍い思考ではなく、画像で持たないといけません。
画像は常時中性的であり、中立的であり、失敗したとしても苦悩を生みません。
ここが現代に数多くある不幸の正体でもあります。
しかしこの達成には地球では最高レベルの集中力を持たないといけません。
そうでなければクール、冷静に意識を維持できないためです。
この方法も後述します。


執着を手放す方法!永久に中和化する方法

執着が一旦発生してしまうとその克服までのルートは非常に厳しいものにならざるを得ません。
最良の策は、執着自体を生まないこと、これに尽きるのですが、すでに発生してしまったときは厳しい道でも中和化するしかありません。
執着とはすでに記載しましたように思考とそれに伴う感情というのが正体。
これらは解消するにはそう方法はありません。
つまり時間を味方につけるということですね。

・対象を考えない
・むしろ別の対象に集中する
・この過程を続ける

復縁、恋愛だと1年ほどかかることもありますが、この期間は自分の思考の過去の誤りと対峙、対決する時間ともいえます。
自分の思考の誤りの量が多いほど苦しくなることは避けられません。
しかし考えないことは次第にサーキットを薄めることに確実に進めるので次第に楽になっていきます。
またさらに仕事や趣味など何でも良いので別の対象に意識を集中させることも確実に執着を中和化することを早めます。
病気もそうですね。
病気を意識するほど苦しいですし、実は病気平癒の最大の秘訣は忘れることだったりもします。


執着がなくなるのは現実化の前兆?

復縁でよくいわれるのが執着がなくなったときが復縁の現実化の前兆ということです。
結論からいいますとこれは嘘ですね。
執着がなくなるというのは意識のキャパが上がった状態というだけであり、もちろんそのタイミングで復縁が現実化する可能性もあるにはあるでしょうけども、それ以外の現実化の可能性もあります。

・仕事がうまくいくようになる
・新しい相手が見つかる
・人間関係がうまくいく
・金運が上がる

などですね。
意識の状態が上がるので、別の方面で良いことが起きるほうが確率としてははるかに高いと思いますね。
そもそも前兆というのは存在しません。
肉体系の話だと前兆はありますが、恋愛も含めてすべてのイベント、運は反作用のない、質量のないことなので前兆も好転反応もないということです。
前兆なども一切無視して、ひたすらさまざまな運を上げることで問題ありませんね。


すべての執着は病気?

強い執着の傾向がある人は病気ではないかと疑問を持つ人もいるようです。
しかしもっといえば強弱にかかわらずすべての執着は病気であるということです。
正確にいえばエラー、未熟というところでしょうか?
人間というのは純粋生命といった永遠属性の箇所だけ転生を繰り返します。
このページでもすでに書きましたような苦悩を経験し、自分の誤りに気づき、修正をして次第に生きるのが楽になっていきます。
その過程は800億年ですが、地球人は相当生きているのが短い種族であり、未熟なわけです。
そのため執着といった愚かなエラーが生じます。
生きているのが苦しいほど未熟で生存期間が短いだけであり、直せば良いだけです。
劣っているのでなく、生存期間がまだまだなだけです。
仏陀だと100億年以上生きていると聞きますが、そういう天才も昔は執着しまくりだったわけです(笑)。
ですので人間である限り恥じる必要もないですし、仏陀のような天才にまったくこびる必要も、崇拝する必要もありません。
仏陀もイエスも未来のあなたです。


ネガティブ思考は論外。ポジティブ思考に執着するのもダメな理由

ネガティブ思考がダメと思える人は多いと思います。
思考は無意識に蓄積し、刻印され、やがてその内容は現実化するので当然です。
ネガティブ思考は自分の人生を破壊することに等しいです。
どうせ自分なんかというような思考は論外です。
しかしポジティブ思考に執着するのも実はだめです。
ポジティブ思考は勘違いされやすいですが、そういう意識があること自体ダメです。

・無理をしている
・力んでいる

無理をしてポジティブ思考をしているのは表情に出ますし、内的に無意識はネガティブ思考者であることを正確に論理的に把握していますので効果はありません。
力みも同様で、無理と同じ理屈でダメです。
ごく自然に人からみてポジティブ思考にならないとダメです。

仏陀もいうような中道というのは中道にいようとして実現するものではないです。
無意識に中道でないとダメなわけですね。
ここは非常に重要です。


執着は地獄に落ちる原因?

地獄、天国という概念もよくいわれますが、両方とも嘘ですね(笑)。
恐れを抱かせて宗教を信仰させようという悪意の捏造だと思います。
ですので執着が強いと地獄行きというようなこともありません。
もっといえば執着が強いとこの世で地獄を見ます。
地獄や天国は彼岸にあるのでなくこの世に今この瞬間に存在します。
つまりともに心の状態であるということです。

・彼氏に振られた
・好きで仕方なかったので復縁を願う
・叶わず苦しい
・空虚感が数ヶ月続く

この空虚感が地獄です。
会社が倒産する、仕事がなくなる、お金がない、結婚できない、人間関係がうまくいかない、これらはすべて地獄です。
しかし誤解してはいけません。
マイナスの事象が地獄なのではありません。
マイナスの事象を苦しいと感じることが地獄なのです。
客観的に観察できる能力を持つ人にとってはお金がないことはお金がないという客観的現象形態が存在するだけであり、その事象にネガティブな思考と感情を抱かないので地獄にはなりません。
内的に苦しむことすべてを地獄といい、それはあなた次第なわけです。


そもそも執着は無意味かつ非論理的な理由

執着というのはエラー、未熟であるということでした。
しかし恋愛も、お金も、仕事も、人間関係も、やりがいなどといった感情的なこともすべて無常です。
今この瞬間から変動するしかないものです。
そのため執着するだけすべて無駄だったということです。
そのためエラーとなります。

意識を賢くして、楽に生きるのは根本的には正しい瞑想をするしかありません。
無理なら禅をする方法もあります。
正しい瞑想では事実を直視することを強要され、やがて深い瞑想をすれば本当の自分とも出会えるようになります。

そういう意味では本当の自分を理解することこそが完全に執着を手放し、なくす方法でもあり、さまざまな能力を獲得することでもあります。

というのも第三の目、つまり松果体を覚醒させることでもあり、同時にそれはいわゆる千里眼などといったような超能力を獲得することでもあるためです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?