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スタジアムやアリーナでのスポーツ観戦でソーシャルディスタンスは確保できるのか?

先日、ドイツでは、世界のスポーツ界に先駆けて、無観客試合という形でブンデスリーガが再開された。

このニュースをみて、早くスポーツを観たいと思った方も多いことだろう。また我が国のプロスポーツに携わる人たちは、早く再開したいという思いと、無観客試合だけは避けたいという思いが交錯したはずだ。(実際には無観客試合での再開が濃厚のようだが。)

特に選手や監督らは、どうしても無観客試合は避けたいと思っているはず。もし無観客試合になれば「本当にアドレナリンが出るのか」「試合中の罵声をマイクが拾ってしまうんじゃないか」と、パフォーマンスへの影響を心配する選手も多い。

もしも仮に無観客試合を避けるとしたら、観客を入れることができるとしたら、スタジアムやアリーナはどのような状態になるのだろうか。ここではサッカーを例にしてスポーツ観戦の近未来を予測してみたい。

いま参考にできるのは「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」

5月14日にJリーグは「Jリーグ 新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン(案)」を発表した。しかしいまところ、「制限付きの試合開催」のガイドラインについての詳細は明らかにされていない。

その一方で、スポーツに関わる人間がいまの段階で参考にできそうな情報が、2020年5月14日に公益社団法人全国公立文化施設協会(以下、公文協)から発表された。「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」である。

屋内と屋外の違いはもとより、構造が全く異なる劇場とスタジアムでは当然、実施の制約も異なることになるのは、重々承知の上だが、近しい他業界を知っておくことは、スポーツ観戦の未来を予測する上で大いに役立つはずだ。

もちろん近いうちにJリーグからガイドラインの詳細が発表されるはずなので、その時は、この記事に書いてあることは無視していただきたい。

スタジアムにおける座席販売の制約

通常、チケットは指定席の場合、1枚に対して1つのユニークな席番が振られる。例えば15000席のスタジアムがもし全席指定なら、15000点の全く異なる商品が存在するという考え方になる。

チケット販売では、どの席を販売するかをあらかじめ販売前に決める作業が重要なのだが、その際に、ソーシャルディスタンスを確保できるように販売座席を決めることがキモとなる。さっそく公文協のガイドラインをあげながら、スポーツ界のこの後のスタジアムの状況を予想してみたい。ポイントは次の2点だ。

(1)「座席は原則として指定席にするなどして、適切に感染予防措置がとれる席配置とするよう努めてください」。

(2)「座席の最前列席は舞台前から十分な距離を取り、また、感染予防に対応した座席での対策(前後左右を空けた席配置、又は距離を置くことと同等の効果を有する措置 等)に努めてください」。

熱心なサポーターはゴール裏の最前線付近に密集し、楽器隊の音とともに大声援を送る。しかし、今回は密集空間を作らないために人と人との距離が必要となる。このためゴール裏の熱狂が生まれることは想像しにくい。通常、ゴール裏の多くは自由席で立ち見となっているが、公文協のガイドラインと同じようなルールになれば、ゴール裏の密集空間は避けるように席割りを作り、指定席での販売になる可能性がある。試合の運営スタッフは、席を区切るために、試合前日に養生テープで作業をする必要が出てくるかもしれない。試合が終わった後の、テープ剥がしまで考えると、運営側の負担もかなり大きくなる。

また、メインスタンドやバックスタンドの指定席も、四方八方の席を開けて距離を確保する必要がある。以下はある指定席のブロックをソーシャルディスタンスを確保して販売する場合の例である。

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オレンジの席が販売する席だとすると、約20パーセントしか販売できないことがわかる。ちなみに、ある方のツイッターの投稿では、沖縄の400名定員のホールでソーシャルディスタンスを確保すると60名キャパ(15%)になったというから、あながち間違った試算でははずだ。

また、隣席をどう扱うかという課題も見えてくる。例えば、夫婦2名で観戦したい場合、S2列8番とS2列10番は通常の座席図の概念では隣の席ではない。S2列8番の隣の席はS2列9番だからだ。だが、今回は、席を開ける必要があるため、S2列8番とS2列10番が隣の席であるという隣席情報を座席図に対して保持しなければならなくなるのだ。このため、スタジアムの座席図の制作を行う準備期間もそれなりに必要となるはず。この作業もやったことがある人じゃないとわからない辛さがある。

総じて、この座席販売の制約だけを予想しても、サポーターにとっても、運営側にとっても、相当に苦しい状況が目に浮かぶ。15000席のスタジアムが仮に20パーセントしか入れられないとしたら、3000人である。Jリーグの試合とは思えない閑散とした雰囲気になるのではないか。そして何よりクラブの収入面が心配だ。入場料収入及びスポンサー収入において大きな損失を覚悟しなければならないだろう。

もしも家計に余裕があって、クラブを愛する方は、ぜひ以下のような制度を活用いただき、払い戻しをせずにクラブに寄付という形で支援をしていただきたい。

入場時の制約

・「事前に余裕を持った入場時間を設定し、券種やゾーンごとの時間差での入場、開場時間の前倒し等の工夫を行ってください」。

入場者に対して検温やPCR検査の導入を行うかどうかは不明だが、少なくとも3密を避けるために、入場にはかなりの時間を要するだろう。また、紙チケットによるもぎり係との接近を避ける意味でも、電子チケットでの購入が推奨される可能性もある。だが高齢化が進むファン・サポーターたちが電子チケットでの購入や入場に対応し、スムーズに対応できるかは、甚だ疑問である。

マーケティング活動の制約

・「 パンフレット・チラシ・アンケート等は極力手渡しによる配布は避けるようにしてください。」

Jリーグでは、「○○プレゼンツマッチ」などのように試合名称に企業名が入ることがある。またそのような日には、ブース出店やノベルティーの配布、アンケートの実施などの販売促進活動が行われるケースが多いが、そのような販促活動が行われることはしばらくなさそうだ。あらかじめ座席に配布物を置いておくなどで代替えは可能かもしれない。

今後、リーグやチームのスポンサー収入をどう守るかは大きな課題となるだろう。詳細は拙著「日本からスポーツが消えた日―コロナ禍で露呈したスポーツビジネスの法的リスクと課題」をご覧いただきたい。

観戦中のサポーターの行為の制約

(1)「来場者と接触するような演出(声援を惹起する、来場者をステージに上げる、ハイタッチをする 等)は行わないようにしてください」。

(2)「場内における会話は控えていただくよう周知してください」。

サッカースタジアムで最も特徴的なゴール裏は、熱心なサポーターほど楽器隊のリズムに合わせて飛び跳ねて、歌を唄いながら大きな声援をおくる。そもそも密集空間が作り出せない上に、声すらだして応援をすることは難しいとなると、あのスタジアムの熱狂はしばらく生み出されることはないと考えた方が自然である。

試合前後やハーフタイムのトイレ休憩の制約

・「事前に密集状況が発生しないように余裕を持った休憩時間を設定し、トイレなどの混雑の緩和に努めてください」。

サッカーの場合、目を離すことができないスポーツのため、どうしてもハーフタイムにトイレが混雑する傾向にある。例えば、NACK5スタジアムのトレイ数は、以下の通りである。仮に20パーセントの入場者で3000人程度に絞ったとしても、その3000人が一気に押し寄せたら、たちまちトイレは感染リスクの高い3密空間となってしまうだろう。

観客用トイレ 男子103基 女子90基 / 障害者用(多目的トイレ)6基

来場者の退場時の対応

・「事前に余裕を持った退場時間を設定し、券種やゾーンごとの時間差での退場等の工夫を行ってください」。

試合終了後に、規制をかけて退場させていくことになるだろう。スタジアムの観客が、公共交通機関になだれ込むことリスクを考えると、これまで以上に時間をかけて退場させることになるのではないかと思われる。

来場者の把握

・「公演ごとに、可能な範囲で来場者の氏名及び緊急連絡先を把握し、名簿を作成・保存するよう努めてください」。

チケットを購入する際、通常は代表者がまとめてチケットを購入する。すると、主催者側は、購入者の情報しか取得できていないことになる。マーケティングデータ活用の観点や、転売対策の観点から、近年は人気アーティストのコンサートチケットでは、同行する人の情報まで入力してチケットを購入しなければならないケースが増えたのは事実だが、果たして、高齢化が進むJリーグのサポーターたちが、これまでとは異なる方法でチケットを購入してくれるだろうか。

まとめ

上記の通り、とにかくソーシャルディスタンスを確保するだけで、運営上の課題、そして観客のリテラシーに依存しなければならない点があまりにも多すぎる。すでに各クラブがシーズンシートの払い戻しを初めている理由も、ここまで読んでいただいた方なら、理由がわかったのではないだろうか。年間を通じて、ソーシャルディスタンスを確保した座席を提供することなど、到底できないからなのだ。

キャパが20パーセントに抑えられ、隣の席が遠く、声も出せない静かなスタジアム。そこに応援に行きたいと思うサポーターがどれだけいるのだろうか。クラブを支えるという使命感か、静かなスタジアムに響く選手たちの生の声を聞きたいという根っからのサッカー好きしか、観戦に行こうとは思わないようにすら思えてくる。そう考えると、少し寂しくなるが、新型コロナウィルスの抗体を国民のほとんどが持つ時期まで、スタジアムにあの熱狂は戻らないかもしれない。

もしそうだとしたら、この状況の中でいかにしてクラブを支え、チームを応援するか。また新しい観戦体験が生まれることにも期待したい。オンラインで集まったサポーターたちの声を、いかにしてスタジアムに届け、スタジアムの熱狂を演出する。そんな新しい観戦スタイルがいま、求められているのかもしれない。

文:瀬川泰祐(編集者・スポーツライター・プランナー)

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