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相次ぐ海水浴場開設中止。 ライフセーバー・飯沼誠司氏は安全対策面で警笛を鳴らす


「今年の夏は、海の事故が急増する危険があります」。

5月下旬、筆者のスマートフォンから、切迫した声が響いた。その声の主は、ライフセーバーの飯沼誠司(45)さんだった。

ライフセーバーとは、水辺の事故防止や人命救助、海辺のクリーン活動などを行う水辺のスペシャリストのことで、飯沼さんはその世界のレジェンド的な存在。心肺蘇生の知識や、水辺での人命救助能力、水難事故を未然に防ぐ危機管理能力をあわせ持つ。

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飯沼さん自身も毎年夏になると、千葉県館山市の海辺に立ち、遊泳客の安全を見守ってきた。


だが、今年の夏は、そんな夏の光景にも大きな変化がありそうだ。新型コロナウィルスの大流行により、全国の各自治体は次々と海水浴場の開設を中止すると発表しているからである。

「新型コロナウィルスから身を守るためには、それも仕方ないだろう」と思っている読者の方も多いかもしれない。しかし、飯沼さんによれば、単に海水浴場を閉鎖するだけでは、海での事故が急増する危険があるという。


海水浴場は誰がどのように管理しているのか?

筆者は、最近の海水浴場に関するニュースの中で、都道府県や地方自治体がそれぞれバラバラに方針を発表していることにひとつの疑問が湧いていた。それは「海水浴場は誰の責任の元で管理されているのか」ということだ。

海岸法を調べてみたところ、第5条の第1項で、
「当該海岸保全区域の存する地域を統括する都道府県知事が行うものとする」と規定されている。また続く第2項で「前項の規定にかかわらず、市町村長が管理することが適当であると認められる海岸保全区域で都道府県知事が指定したものについては、当該海岸保全区域の存する市町村の長がその管理を行うものとする」と書かれている。

つまり、夏の海水浴場は、都道府県知事の承認を受け(実際には、申請のみの場所もあるようだが)、市区町村の長がその管理を行うことになっている。この点から、今回の新型コロナウィルスへの対策として理想的なのは、まずは都道府県が海岸利用に関する統一的なガイドラインを策定し、それに基づいて、地方自治体が海水浴場の利用をするという形なのだろう。

だが、現実的には都道府県の対応もバラバラだ。5月下旬に神奈川県は、新型コロナウィルスの感染リスクを抑えるため、砂浜に目印を設置して人との距離を確保するなど、海水浴場の開設や利用に関するガイドラインをまとめ、複数の自治体や事業者らに通達をした。一方、同じ首都圏でも千葉県は、今のところ、海水浴場に関するガイドラインは示しておらず、その判断はそれぞれの市町村に委ねられている。


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神奈川県が発表したガイドラインでは、3密を回避するために厳しい指針が示され、海水浴場の閉鎖発表が相次いている。このような海の家の光景は、今夏はあまり見られないかもしれない。



都道府県ごとに方針に差が出るのは当たり前だが、とはいえ、都道府県はしっかり現場の意見を吸い上げた上でガイドラインを策定しているのだろうか。

海水浴場の管理は、上述のとおり現実的には自治体の長が行なっていることが多く、さらには自治体から委託を受けて、ライフセービングクラグをはじめとする民間事業者が管理をしてきた。となれば、本来は現場の意見がしっかり吸い上げられた上で、県がガイドラインを策定すべきだろう。

前例のない中で、都道府県も全国の自治体も苦しい判断を迫られている状況なのは理解できるが、一連の発表が、果たして幅広い視点で検討された結果なのかは、甚だ疑問である。

置き去りにされた海の安全対策

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取材に応じる飯沼誠司氏(左)。


この現状を、飯沼さんはどのように捉えているのだろうか。

「海水浴場を開設しないという判断だけが先行してしまい、その際の安全対策が考慮されていないと感じています。これまでの統計からも分かるとおり、海の事故の多くはライフセーバーがいない場所で起きています。海水浴場を開設しなくても、遊泳自体を禁止にすることは難しく、海で遊ぶ人は一定数は存在します。その時に、海辺の安全対策を担うライフセーバーがいなければ、海辺の事故は増えてしまうのではないかと考えています」。


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海辺でレジャーを楽しむ人々。熱海サンビーチにて。(2019年9月15日筆者撮影)


ライフセービング協会によれば、溺水の自然的な要因で1番多いのは離岸流によるもので、次いで多いのは、風によるもの。また人的要因では、泳力不足や飲酒、疲労、パニックなどが挙げられ、いずれも、海辺の知識や技術が不足していることによるものだ。


ライフセービング協会事故内訳

「日本ライフセービング協会アニュアルレポート2018」より筆者作成



このような統計を見る限り、海の事故を未然に防ぐことに重きをおくライフセーバーを配置しなければ、飯沼さんが危機感を持つように、海の事故が増えてしまう可能性は否定できないだろう。

以前、NHK社会部の記者をつとめる友人が「海水浴における事故は“自己責任”、“自業自得”といった言葉がついてまわるせいか、メディアではなかなか取り上げられない現状がある」と言っていたことがある。

多くの自治体は正しく安全対策が考慮されていない、もしくは甘く考えられている可能性がある現状で、「海水浴場を開設しなければ、事故が起きようと責任はない」というスタンスは、海を管理する自治体に無責任さを感じてしまうのは、筆者だけだろうか。

問われるライフセーバーの存在意義

これまで自治体と協力しながら水辺の安全を守り、水辺の文化を創ってきた飯沼さんは言葉に力を込めてこう続けた。

「今の社会状況下では、一人一人が水のリスク、海のリスクを熟知していれば、ライフセーバーは必要最低限の配置で良いかもしれません。しかし、水辺の教育もままならない現状では、海での安全を確保するのは非常に難しいと思います。また、 “ウィズ・コロナ”における海や浜のルールを夏までに明確に決めて、周知・徹底させるには、現場で然るべき人がそれを行う必要があります。仮に海水浴場を開設しないとしても、せめて土日、祝日だけでもライフセーバーを配置し、海の秩序、安全を確保していくべきだと考えています」。

今年の夏は、これまでにない状況下で海・浜が利用されることになる。遊泳エリアがなくても、マリンスポーツ愛好家など、一定数の人が海を訪れるだろう。海・浜を訪れた人が、安全に楽しむための新しいルールづくりも、各自治体と地域の海岸利用団体が一緒になって作り上げなければ、今後、海の事故はますます増えてしまうのではないか。


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海水浴場で水上オートバイを楽しむ若者。熱海サンビーチにて。(2019年9月15日筆者撮影)


これまでライフセーバーたちは、事故を未然に防いできたため、その必要性が大きくクローズアップされることはなかった。海水浴場を開設するかどうかの議論が進むなか、今後どのようにして海・浜の安全を確保していくのか。いまこそ、ライフセーバーたちの存在意義が問われている。


取材・文・写真 瀬川泰祐(編集者・スポーツライター・プランナー)

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