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ターゲットに当てはまることだけじゃなくて、その人のなかのイメージや優先順位まで考えないとバズる施策なんて生み出せないんだな『100円のコーラを1000円で売る方法』を読んで

たまたま縁があって、2月末くらいまでに「マーケティングの入門書」を読む必要が出てきた。せっかくだから、メモ程度に感想を書き溜めておこうと思う。今回は3冊目。

大学では、一応マーケティングの授業を受けたことはあり、社会人になってからもマーケティングの現場で仕事をしてきた。だから「マーケティングの入門書」というと新人の頃は先輩にお薦めの本を聞き、今は後輩に聞かれることも多くなった。今回は、本屋に平積みになっているのを何度もみた一冊。読んでみようと思いつつも、結局手に取ることがなかったのでこの機会に読んでみることにした。タイトルで既に「勝っているなー」と感じてしまう。おそらくほとんどの人は、1000円でコーラを買ったことはなく「いやいやありえないでしょ」と思ってどんな方法か知りたくなる。マーケティングの携わる人もいくつかの手法は思いつきながらも、明確なオチをつけられるアイディアはでてこないから、答えだけでも知りたくなる。実際、このエピソードは本書の中で少し出てくるだけなのだが…。

読んだ本

タイトル:100円のコーラを1000円で売る方法
著者:永井孝尚
読書時間:150分くらい

感想

会計ソフトの会社の駒沢商会に勤める営業部でバリバリ活躍した主人公のOLが商品企画部に異動して、営業の時の不満をぶちまけ、「私が売れる新商品を作る!」と意気込むものの、出す案を毎度毎度マーケティングに精通した先輩社員にボコボコにされ、それでもめげずに皮肉なアドバイスをもらいながら、ヒット商品を作り上げるというストーリー。先輩のアドバイスが重要なマーケティング理論に基づいており、そのシーンや課題と合わせてマーケティングを学べる本である。以前に紹介した『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』と書き方としては同じで、ただ理論を並べるだけでなく、ストーリーと一緒に紹介することで、読者は記憶に残りやすくなる。ただ、『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』の題材が「レストラン」であったのに対して、本書の題材は「会計ソフト」であることを考えると、BtoBとBtoCの違いはもちろんのこと、本書のほうが社会人経験を積んだ人をターゲットとしているように感じる。例えば、営業部では顧客リレーション構築が得意で、大型案件をバリバリ獲得してた主人公が、顧客視点から見た自社の事業について尋ねられた場面では

「10年間ずっと現場でセールスとしてお客さんと接していた私からすると、顧客視点から見たウチの事業なんて当たり前すぎて、何を今さらって感じなんですけど――」
(中略)
「なるほど、当たり前ですか。では、宮前さん、その当たり前だという答えを差し支えなければ教えてくださいますか?」
(中略)
「ウチの事業は、”お客さんのお役に立てる会計ソフトを開発して、提供すること”に決まっているじゃないですか」

といったやり取りがおこなれている。(「宮前さん」というのが主人公のOLの名前である。)「顧客視点」というお題から一歩進んだ議論が最初から展開されているのと、企業で働いていれば「あーこういう営業っているよね」というあるあるネタが盛り込まれている。あとがきにも、下記のような記載がある。

「顧客が言うことは何でも引き受ける」という日本人の勤勉さは、高度成長期を通じて無類の強さを発揮しました。しかし、それは同時に過当競争を生み出し、差別化ポイントを失わせ、「高品質なのに低収益」というアイロノニカルな矛盾を生み出しています。

本書は「いわゆるマーケティング」を学ぶのではなく、「営業活動」や「なんちゃってマーケティング」を追求した結果生まれてしまった日本企業の”あるある”な課題に切り込んでいっているのだ。そういった意味で、例えば大学生や社会人1年目の人が読むと共感が得ずらい部分があるかもしれない。(そもそも「会計ソフト」自体になじみがないと思うし…)個人的な感想だが、この点については、とっつきやすいタイトルや表紙とのギャップを感じざるを得ない。

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営業で活躍した社員を商品開発・マーケティング部門に異動させるというのは、日本企業のローテーションとしては割と「あり得る」配置転換なのだと思う。実際、私もクライアントの事業会社様でこういったキャリアの方に何人もお会いしてきた。そう考えると、ドンピシャに刺さるような読者はたくさんいるのかもしれない。かくいう私も営業出身だが、一番がっくり来てしまうのはこのシーン。

「よくこの式を見てください。顧客の事前期待値が100だとします。そしてその事前期待値を100%満足させる100の価値を提供したとしますよね。顧客満足は”顧客が感じた価値”から”事前期待値”を引き算したものだから100引く100。つまり0点です。厳しい言い方かもしれませんが、私たちの要望に応えるだけだった駒沢商会さんは、実は0点なんですよ。」
顧客が感じた価値 ー 事前期待値 = 顧客満足

主人公とその同期社員がコンペで負けた理由を顧客に聞きに行くシーンなのだが、「あぁ…この失敗やったことある…」と目を覆いたくなる。二人は顧客からもらった「要望リスト」を整理し、すべてが満たさせていることをアピールするのだが、要望リストさえ出さないライバル企業に負けてしまうのだ。ビジネスのシーンでも顧客の要望に流されて、本来のあるべき姿を見失ってしまうことが多々ある。顧客を信じすぎるのも、営業中心の企業にありがちなミスだ。
こういったところからも、一定の社会人経験を積んだ人(特に営業経験が長人)にとって、マーケティングを学び、実践するのに本書が適していることがわかる。

個人的に気になった点

実務の大変さってなかなか伝わらないよなぁ…でも営業頑張ってきた人の活きる道ってこういうところにあるのでは?
マーケティングの書籍では、理論や手法を紹介し、事例を紹介していくことが多い。今回紹介した本書も実際の事例を織り交ぜながら、フィクションであるストーリー内での事例もいれてマーケティング理論を説明している。ただ、このやり方では実務でやる際の大変さは伝わり切らないことが多いのではないか。「マーケティングに興味を持ってもらう」という点では、書籍はそれでいいのかもしれないし、わざわざ仕事の大変な部分をみせることは間違っているともいえる。でも、「1年目からマーケティング業務に携われる会社に入りたい」とか「マーケティング部は予算ばかり使って楽しそうに…」といったマーケティングに対する偏ったイメージを増長しすぎてしまうことは、いいことばかりではないようにも思える。本書では、新商品のポジショニングを定めた主人公に対して先輩が下記のように伝える。

「(略)でも、残念ながら、これは戦略ではありません。コンセプトです。マーケティング戦略では、コンセプトを受けてさまざまな活動につなげて展開していく必要があります。例えば、宮前さんの話した内容を受けて、ここにいるメンバーや、開発チームやセールスが、明日から何をすればいいか?これについては何も決まっていませんよね。つまり、実行可能な戦略になっていないということです。」
「ここまで宮前さんはアイデアをまとめるのに大変だったかもしれませんが、はっきり言って、やることはそんなに多くはなかったでしょう?だって商品コンセプトを考えればいいだけでしたから。」
(中略)
「でも、これからの商品立ち上げでは、仕事がたくさんあって本当に大変です。スムーズにいくことはほとんどありません。」

この後、商品の販売を一緒に行うコンサルタントを口説いたり、広告代理店にのせられて、間違ったコミュニケーション戦略とりそうになったりと色々な苦労が書かれているが、実際にかかった時間や葛藤までは表現しきれていないように思える。(もちろん、当たり前なのだが…)また、本書で主人公は、営業時代培った能力(団取りとかリレーション構築とか…)を戦略・実行フェーズで発揮しているのだが、それに気が付く読者は少ないのではないだろうか。泥臭いこともふくめ、「総合力」が求められるマーケティング実務の実態は、マーケティングの入門書でも出来る限り表現してほしいと思ってしまう。

その人に当てはまることだけじゃなくて、その人のなかのイメージや優先順位まで考えないとバズる施策なんて生み出せないんだな
本書の中で「省エネルックとクールビズの違い」といった事例が紹介されている。省エネルックは、1979年の施策でターゲットとなる読書層もほぼほぼ記憶にない事例だと思う。以前に書いた記事で事例による分かりやすさは、時代よってすごいスピードで変化してしまうといった話を書いたが、この省エネルックの事例は、なじみのあるクールビズとの比較や衝撃的な写真のインパクトによって、本書で表したかった「戦略の一貫性」を示すのに成功しているように感じる。(私は「省エネルック」という言葉は本書を読むまで知らなかった。)

この記事に衝撃的な写真が載っているので見てほしい。
さて、省エネルックは写真にもあるように明らかにダサい半袖のスーツなどを推進しようとして失敗した政府の施策であり、一方で2005年のクールビズ施策は一定成功を収め、いまでは夏にスーツを着るような会社は少なくなってきた。この違いを本書では、下記のように記載している。

「(略)ちゃんとターゲット顧客を明確に定義し、目的を決定し、何が課題か把握したうえで、この流れに沿ってコミュニケーションを行ったからです。」

クールビスという言葉は、ターゲットとなるビジネスパーソンが受け入れやすい「かっこよく、涼しく、温暖化防止」というイメージを持たせることができたということである。本書でも省エネルックという言葉は、当時も話題になったと書かれているが、「省エネ」という言葉の意味は分かりやすいし、確かに政府の狙いがそのまま出てしまっているように感じるものの、一般消費者にとっても身近に感じる言葉ではあると思う。消費者へのメッセージを考える際に「関連するワード」をブレストし、そこからカテゴライズして、おさまりのいいワードを選んでいくという工程はメッセージを考える際に頻繁に発生するが、その際にターゲットからみたイメージや優先順位が忘れられてしまうことは、結構多いのではないだろうか。おそらくこの時も「省エネ」という言葉は消費者に伝わるし、消費者も地球温暖化防止に貢献することに関心があるという考えと、服装を変えるといことの分かりやすさを加味して「省エネルック」という言葉が生まれたのだろう。実際に何をしたいかは分かりやすく、意図も伝わるのだが、ターゲットとなるビジネスパーソンにとって、「省エネ」とは関心があるもののビジネスシーンにおけるかっこよさや礼儀のほうが優先順位が高く、ださいイメージに耐えてまで実施することではなかったのだと思う。
割と最近の施策である「プレミアムプライデー」も話題になったがうまくいかなかった。

この「プレミアム」も消費者にとっては、「分かる」ものの、自分を主語としてとらえることが出来ないような言葉だったように思える。

流行語大賞の過去の受賞等をみていると、「流行ったけどうまくいかなかった」例が結構ある。ターゲットに当てはまる、関係するといった先をさらに考えて、言葉をつくっていかなくてはならないのだろう。ん~難しい!ぶっちゃけ「クールビズ」ってそれを聞いただけじゃ、なんのことを言っているのかさっぱりわからないし、もし現場で考える立場ったら「省エネルック」のほうがよく見えちゃう気がする。

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