元ダーツのプロがSEになり欝を発症するまで#10 ~睡眠薬と社会の厳しさ~
おはようございます、クラひろです。
目次
今日の近況
今日は、早朝から予定が入っており早く寝なければと思いながら12時過ぎには
睡眠薬の効果もあって眠りにつきました。
予定では5時におきる予定でしたが、携帯を充電することも忘れ、目覚まし時計のセットをすることも忘れ、気絶するように睡眠したため
予定の1時間遅い6時に、友達からの電話によって目が覚めました。
サイレントモードを解除することすら忘れていた私は
PCからLINEの着信音が鳴っていることに気がつき起床することとなりました。
PCを起動したままにしていなければ、きっと約束をほかしてしまい、
罪悪感に苛まされ、どのような行動に出るかわかりませんでした。
6時30分の電車に乗り8時30分に小田原駅に着き、
友達と趣味の会話や作業を続けていたら17時30分になっていました。
時間の過ぎるスピードが一人でいるときとは段違いでした。
その後、なんとなく海が見たくなり
海まで歩いていき写真を撮ったり、足だけ海に入ったりと
リラックスすることができました。
本当に久々にリラックスすることができたと思います。
欝には自然環境も効果があるのかもしれません。
抗欝剤が手放せない生活から早々に脱却したいな、と思いながら
本日の日記を午前3時48分に記入しています。
これだけ活動したのになかなか眠りにつくことはできません。
不思議です。
明日は整体院に行って体のメンテナンスをしようと思います。
どんな環境、どんな状況においても体の健康が
一番の節約であり、一番必要なことである。と友達と再認識することができた一日でした。
明日はその第一歩です。
体は資本です。心は資本です。
しっかりとメンテナンスすることを心に刻みながら
明日はもっと早く眠りにつけたらいいなと思います。
下記から本編に入ります
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元ダーツのプロが群馬の駐在出張から突然帰還することになったこと
前回のnote(https://note.mu/se_tandk_09/n/n62705d1c214c?magazine_key=mec773b64c5db)では社会の常識と個人の常識、常識の細分化についてかきました。
群馬県に駐在出張をはじめ3ヶ月が経過し
行きつけのダーツバーや、だんだんと慣れてきた群馬県での生活、
一人暮らしの楽しみ方などを理解し始めた最中、突然本社から辞令が下ります。
3日後に東京に戻ってきてほしいとのことです。
理由はわかりかねますが、上司と課長の間では話が進んでいるようで
現場の主任にまで話は及んでいました。
私に決定権はありませんので、せめて土日を挟んで、引越しをする猶予を設けていただけるよう申請いたしました。
辞令が水曜日にくだり、金曜日に現場に挨拶を行い
金曜日の終業後には自身の車に家財を積み込み
また、一人で引越しをすることになりました。
だんだんと慣れてきた生活からまた実家へ戻ることになり
だんだんと社会へ、その現場へ、カメレオンのように適応してきた中での辞令で
とてもショックを受けたことを覚えています。
私はそのときに受け持ってくれていた上司にとても懐いていたため、
とても別れが惜しかったです。
今回の辞令は通常ありえないことで、
この辞令を受けることにより私の評価は上がり、キャリアになるだろうから、受ける必要がある。といわれたことを覚えています。
私はその上司とともに働けないのであれば、身の振り方を考えます。とまで言いました。
上司は、そんなに甘えたことを言ってはいけないとおっしゃいました。
これから働く上で、ずっと私とともに働けるわけではない。
あなたはもっと輝く必要がある。私よりも上にいけるはずだから今回の辞令もしっかりと対応し、また会いましょう
と、私に言ってくださいました。
私はその言葉を真摯に受け止め、辞令に逆らうことなく群馬から東京に戻る決意を固め
土曜日に賃貸を引きはらい、実家へ戻ることとなります。
ですが、私はキャリアなぞまったく関心がなく、
ただただ人間関係でのストレスが無い環境に身をおきたいだけなのに
なぜ周りの人間はそれを乱そうとするのか、
なぜ私には決定権が無いのか、それが社会の常識なのか、この会社の常識なのか、
頭の中は疑問で埋め尽くされていました。
頭の中にあった疑問をそのときの上司や課長にぶつけたらどのような回答がもらえたのだろうか、もらったところで理解できるのかどうかはさておき
回答自体はもらっておく必要があったと、今はそう思います。
いざ、実家に戻る際に、
実家に戻ることを連絡していなかったため、両親にとても怒られたことが記憶に強く残っています。
実家に戻って荷物を降ろして日曜日が終わり
月曜日は品川駅にて集合とのこと、
また満員電車に揺られ、2時間を無為に過ごす日々が始まることを想像すると、とても体は重く、つらい経験だったと記憶しています。
社会とは、こういう世界なのか。とそのとき、とても考えさせられました。
今回はここまで、次回に続きます。
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