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【1話完結】世の中に合格のハンコをもらうことの引き換えに自分らしさを捨てる

「うちには無いです」
ぶっきらぼうに店員が言い放つ。
えっ、という私のリアクションが虚しく無視されて、レジ前にひとり取り残された。
普通のカフェに、アメリカンコーヒーが無いことってあるのか。
店員は忙しそうに他の客のオーダーを用意しながら、
まだ何か用があるのかよ、
と言いたげにちらっとこちらを見る。

私はなんだかカフェでくつろぎたい気持ちをすっかり削がれてしまって、
何も言わずにそのまま店を後にした。

誰でもこういうこと、経験すると思う。
特別私が変なわけじゃない。
特別私がおかしい人間だから、こんな目に合うんじゃない。
分かってる。分かってるけど。

舐められてんなあ、わたし。

思わずこぼした。
突然街中で独り言を言ってしまった自分に気づいて、慌てて周りを見回しても、東京じゃ誰も気にしない。
むしろ皆、今日が早く終わりますように、って顔して、
辛そうに早歩きで通り過ぎていく。
誰も他人になんて興味は無い。
ここはそういう街だ。
だから好きなのだ。

もしわたしがもっと、モデルみたいにすらっとした体型で、
今風のメイクをばっちり決めて、流行りのブランド物で身を固めていたら、
きっとあんな風な対応は受けないだろう。
今をときめく絶世の美女だったら、
誰も失礼な態度は取らないだろう。

シェルターに避難しよう。
わたしにとってのシェルターは、すなわちどこでにもある、誰が利用していても変な顔をされない、チェーン店のファストフード店だ。
シェルターに無事避難したわたしは、一杯100円のコーヒーをすすりながら、SNSを開く。
今流行りのファッションや、メイクを眺める。
やっぱり、と思わずため息が出た。
毎度湧き上がる疑問が、今日もまた浮上した。


本当に皆、これが好きなのか?


本当に好きで、本当にこれが可愛いと思っているのだろうか?
自分らしさが一番と言いながら、なぜ同じような服、色で身を包み、同じ髪色で同じ髪の長さ、同じ髪型をしているのだろうか。


普通でいれば、舐められないから?
普通でいれば、誰にも変な目で見られないから?
普通でいれば、誰にもいじめられずに済むから?


だとしたら、
皆と同じものを良いと思えなくて、
皆と同じように振る舞えなくて、
皆と同じようなものに憧れられない、
皆と同じような人生を歩めない、
こんなわたしは、
普通じゃないから舐めてもいいし、変な目でみていいし、差別してもいいってことなのだろうか。

先日、日本の遠い街で、発砲事件が起きたそうだ。
理由は、店員に冷たくされたから。
ニュースキャスターは犯人を、
「どんな神経してるんでしょうねえ」
と言って鼻で笑った。

私は犯人の気持ちがわかるような気がした。
文字に起こせば、くだらない理由に見えるけど、
誰かに差別されている、
自分だけ尊重されていない、
って、苦しいことだ。
(もちろん、だから人に危害を加えても良いかと言われたらそれはまた別の話だけど)

その苦しみが分かってしまうわたしは、
おかしな人間、なのだろうか。

自分のお気に入りばかりまとった土曜日の午後、
お前は変だよ、普通じゃないよ、
と世の中に言われているような気がして、チェーン店に逃げ込んでいる自分が、
惨めだ。

しかしながら、私は思い悩む。
普通に身をまとって、
普通の顔と髪型にセットして、
世の中に合格のハンコをもらったわたしは果たして、
生きた心地がするだろうか?

明日は日曜日。
休日は後1日ある。
明日のわたしは、普通と自分の、どちらを取るんだろう。

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