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修羅場の話

 最近は少しづつニュースが緩やかになってきましたが…(そうでもないのか?)
 撮り鉄というのは中々に世間を震撼させるものです。よく自分も、
「そうした事してないよね?」
だったり、
「なんであんな事するんだろう?」
と質問されたりしますが…
 なんだろう、つまるところは自分の写真の為ですよね。写真の為なら何でもする、それがカメラを持つと武器のような行為になり、狂人と化してしまうのです。
 これは、そんな中のお話…

 もう随分前ですよね。
 こんな事がありました。
 何十年も走行していない救援車と呼ばれる車両が、役目を終えて本戦を走行し、廃車回送される…という話です。
 中年世代、老年世代の鉄道ファンの方はこの車両を何度も撮影しており、
「なんでそんな騒ぎになるんやろ?」
とも言われました。今でもこの素気ない反応、覚えています。だからといって恨みはしませ
 昨年の夏くらいでした。
 何十年も走らない車両の久しぶりな本線への凱旋。
 それは阪急京都線の桂〜正雀、営業電車が全て終了した深夜に実施されました。

 今回、廃車回送…(処分される)される車両がこちら。
 阪急電鉄では、万が一に備えて救援車両をかつては保有していました。現在は車両としての形状を維持する移動式倉庫のようなものです。
 この真っ黒い車体の中には、『脱線復旧用のジャッキ』や『溶接カッター』など、通常の電車とは異なって資材が大量に積載されています。
 ちなみに、ですが
 こうした営業で活躍しない電車の事を、鉄道の世界では『事業用電車』として呼称します。
 この『救援車』。実際のところ活躍した経験は大半なく、遡れば阪急神戸線での六甲駅構内で発生した昭和59年の阪急電車と山陽電車の衝突した通称『六甲事故』以来稼働はなく、その活躍以降は車庫内で『いざ』を待機している状態でした。しかし、稼働はそれ以降なくなります。
 まぁ、脱線復旧用の電車ですから稼働する頻度があるのもおかしな話なのですが…
(ちなみに阪神・淡路大震災では稼働していません)
 そうした中で、この電車にも不穏な影が。
 遂に廃車となり、解体される運命を迎えるのではないか…と囁かれます。
 そうして、その不穏な動きが出たのが昨年夏。
 桂の基地に所属する救援車が1両、廃車解体に向かう片道旅行に出発しました。

 改めて冒頭の画像を。
 廃車回送に向かう発車準備をしている最中です。
 桂の主…として車庫内で暮らしたこの洛西の土地に別れを告げます。
 そして、長岡天神に先回り…
 というかこのあとが大変でした。
 この撮影中に、車を出してくださった友人と合流。本格的な撮影に向かいます。

 先回りはどれだけの時間で間に合っただろう…というのは覚えていませんが、少し後。救援車の廃車回送列車がやってきました。
 同じような考えの人が集い、廃車回送の先回りとしてあまりにも多くの人が大挙した長岡天神駅前。深夜にも関わらずの大騒ぎに
「何が来るんや?」
と店終いしたオッサンに聞かれたので答え…
 そして通過。
 終電後ですが、踏切が鳴りました。
 自分の記録程度のカメラではコレしか…でしたが、友人は良い画角で撮影できたようです。
 しかし、この後が本当の修羅場…
 ちなみに終電後の追っかけでこのネタの撮影が可能だった人たちは車での参加でしたので、周囲には乱雑に自動車が駐車されていました。

 この部分を長岡天神の通過時には撮影したかったんです。
 救援車と一般の車両の連結部分。
 阪急の救援車は自走できないので、走行する際は編成を組成している車両に併結して走行します。
 かつては何度も見られた光景でしたが、この風景を撮影している人は大半知らない世代。
 写真を見て、多くの撮影者が集っているのがわかるかと思います。
 この後、救援車が通過した後…
 多く集った撮り鉄たちが遮断機を破壊するかのような勢いで線路に(乱入していた人もいた)、なだれ込み、騒然としました。
「それはアカンやろっ…!」
と思いましたが、まぁ、聞く耳すら持たないし自分も同じ構図で撮影したかったので。
 ちなみに自分は踏切が開扉するのを待ちました。

※マナー、踏み切りの解放は守って撮影

 何故、遮断機破壊の勢いで撮り鉄が殴り込んだのか?
 それはこの駅の撮影環境が最も良かった事にあります。長岡天神ですが、この駅は終電後も灯が確保され視界が綺麗に見えます。
 夜間に撮影しても光線が確保され、被写体が綺麗に映るわけですね。
 多くの人(何人か数えない)はこの構図の撮影に踏み切りを押し退け、遮断機の開扉しないうちに記録していましたが自分はしっかりと順番を待って。
 ちなみにこの様子は深夜でしたが野次馬の撮影によってXに動画が上がり、翌朝には拡散。
 何とも言えない結末でしたとさ…
 しかし、車追っかけの撮影は終わりません。
 周辺に駐車させた自動車たちに再び乗り込み、湾◯ミッドナイト、頭◯字Dかのように車を急発進させて次の撮影地に…(しかし大概は列車の早さについて行けず間に合っていません)
 さながらカーチェイスが繰り広げられたような長岡京市の深夜。その後どうなったかというと…

 正雀での構内入換には間に合います。
 桂からの片道旅行、最後の終着地です。
 ここで台車を剥がされ、車両を廃車陸送する準備に入る、本当の最後の終着地になります。
 この入換に関しては間に合いましたが…
 自分の後方には『ひな段』が形成され、人垣に埋もれて撮影の困難さを実感…
 ちなみに、この後正雀基地の不法侵入の警報が作動し、警察が駆けつけます。自分は知らんふりでしたが…(本当は良くないのだろうけど)

 よく見ると灯が落とされる時に、車両の中身が見えます。
 阪急を使って10何年かにはなりますが、救援車の中を見たのは初でした。中身はかなり空洞なんですね…
 救援車としての脱線復旧機材などは既に廃車に向けて撤去されており、廃車の準備を刻一刻進めていた事がわかります。

 最後の旅路に沿った車両を解放。
 これで廃車回送終了です。
 ちなみに。
 この正雀の前駅、摂津市では長岡天神と同じように遮断機を押し退け線路内乱入のようにして撮影をしようとした事象があった事から、偶々撮影されていた動画によって悪行が拡散され、翌朝のニュースに。有名俳優、谷原◯介によって言及されてしまう胸糞な朝になりましたとさ…
 ちなみに自分はニュースを確認しただけです。
 なお、この翌日に?阪急では撮影注意事項なるものを公式Xに再び上(何度かはあります)げ、その注意事項には
『踏み切りを押し退け撮影するのは…』
と踏切に関する事項が追記されていました。
 会社にも目をつけられる事態にもなったこの事件。
 後にこの救援車は何日か先に陸送となり解体所に搬送(出棺)されていき、ある意味騒がせた一夜は終了しましたとさ…

 てゆーわけで。
 自分が遭遇した撮り鉄のクソ治安悪いネタでした。
 皆さんも撮り鉄は安全に、適度に。

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