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そうか私の日本古典文学の読み方は人にはオススメできない危険なものだったのか!?w

昨日からこの本を丹念に読み進めていて、ふと気づいたこと↓

そうか、私が日本の古代や中世の民間信仰とか古典文学を読むのにこんなに熱心なのは、

「古代中世の人とできるだけ同じように自然や死者や夢を畏怖したい」という希求かもしれない

昔の人はそんなにも強く自然とか宇宙とかいうものに対して全身で(というか全霊で!)向き合い、敬い、恐れていたと聞くと、

私自身も現代人のリミットを何とか外して、同じような畏怖を自分の中に持ってみたい、などと思う。

けど、それって、今日気づいたことですが、気をつけないと結構アブないですよねw

たとえばこの本にも出てきた洞窟修行

すなわち、

「昔の人は神仏を幻視する為にあえて洞窟に何日もこもり特異な精神状態に自分を追い込んでいた」とか読むと、

俗世を離れて、身体の危険も覚悟で、山の中の洞窟にこもって「なにか」が見えてきちゃうのを待つのか、、、それ、やってみたらどうなるのかな、と好奇心も疼く

そういう無茶がそもそも許されない現代のサラリーマンに生まれたこと、やはり、よかったのでしょうw

結論めいたことを言えば、

近代以降の日本人が本や古典を通じて、古代中世の人々の精神世界に「好奇心で」近づくのは、個人的にはよいことと思いますが、本気で真似しようとするのはアブないw

しかし、アブないアブないと敬遠していると、それはそれで日本の膨大な精神文化のプールに触れずに人生を終えてしまうので、

おとなしいやり方、つまり、読書とか名所観光とか、せいぜいが名寺での体験修行とかで、どこまで「現代人であること」と折り合いをつけながら、そのアブなくもある深層の「何か」を掴むか、それをしきりに考えてる。


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子供の時の私を夜な夜な悩ませてくれた、、、しかし、今は大事な「自分の精神世界の仲間達」となった、夢日記の登場キャラクター達と一緒に、日々、文章の腕、イラストの腕を磨いていきます!ちょっと特異な気質を持ってるらしい私の人生経験が、誰かの人生の励みや参考になれば嬉しいです!