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【読書録】『壬生義士伝』浅田次郎

今日ご紹介するのは、私の尊敬する作家、浅田次郎先生の『壬生義士伝』

ひとことで言うと、盛岡藩を脱藩し、新選組隊士となった吉村貫一郎にフォーカスした歴史小説である。私が読んだのは、文春文庫版、上・下巻。

私は、浅田先生の本が大好きだ。浅田先生の著作ジャンルはとても幅広い。代表作のひとつ『鉄道員(ぽっぽや)』などの人間味あふれる小説に感動し、『蒼穹の昴』などの歴史小説にロマンを感じ、『プリズンホテル』などの任侠小説や、『オー・マイ・ガアッ!』などのギャンブルを題材とするアウトロー小説に爆笑し、JALの機内誌『SKYWARD』で連載中の『つばさよつばさ』など、旅を題材とするエッセイにくすっと微笑む。

なぜだかわからないが、浅田先生の本は、どれも、私の心を、とてもすっきりとさせてくれるのだ。仕事でストレスを感じたときの気分転換、悲しいことがあったときの癒し、心身の負担の大きい国際会議の息抜きなどに、とてもよいのだ。だから、浅田先生の著作を、かなりたくさん読んできた。海外出張の際には、浅田先生の文庫本を1冊、スーツケースに入れていく。

そんななか、私が最後まで手に取らなかった浅田先生の著作が、本作品『壬生義士伝』を含む、新選組三部作だった。

私は、歴史小説は好きだし、お城などの歴史の舞台を巡るのは好きだ。しかし、新撰組モノは、あまり好きにはなれなかった。冷酷非道なイメージがあるからだろうか。

しかし、ある日、友人がこの本を薦めてくれたので、意を決して読んでみることにした。

あまり期待せずに、読んだ結果…。

めちゃくちゃ良かった! 久しぶりに、心を鷲掴みにされ、涙を垂れ流した。仕事や人間関係に疲れていた心が浄化される気がした。浅田先生にかかれば、新選組の話も、ここまで感動的な物語になるのか。新選組に対して抱いていたイメージが少し変わった。食わず嫌いをせず、もっと早く読めば良かったと後悔した。

歴史小説には珍しく、関係者が過去を振り返る形式を取り入れている。多くの関係者たちが、年月を経たのちに、当時を思い出しながら様々なシーンについて語るのだ。その構成上、最初は、つながりが分かりにくい部分もあるが、読み進めていくにつれて、それらがどんどん有機的につながってくる。上巻は、かなり暗いトーンで物語が淡々と進んでいくが、下巻になって、その人間ドラマが一気にクライマックスを迎える。

吉村や新選組にかかわる人々、一人ひとりの、信念、葛藤、家族愛、郷土愛などが、とてもリアルに描かれている。時代に翻弄されながら、誰もが自分の信じるところに従って、懸命に生き、死んでいった。ひとりひとりの壮絶な人生に、言葉を失う。

ただ、やはり、そうは言っても、新選組もの。殺傷場面が多く、かなりグロい部分もあるので、苦手な方はご注意を。

また、本書で気に入ったのは、たくさんの方言が出てくること。江戸っ子の語り口、京都弁なども出てくるが、とりわけ、吉村や、吉村の出身地である南部地方の方言、南部弁が、とても人情味あふれていて、ほっこりして、かわいいと感じるのだ。

「おもさげなござんす。」「お許しえって下んせ。」

こういう南部弁を聞くためだけに、盛岡へ行ってみたくなった。

感動したシーンベスト3(ネタバレご注意)

今回は、感動したシーンベスト3を書き留めておこうと思う。すべて、下巻の後半から。

(※まだお読みになっていない方には、是非、ここで読むのを中断され、小説をお読みになってからもう一度お越しくださることをお薦めします。)

まず、最も感動したシーンから。吉村の長男であり、たった17歳の嘉一郎が、単身、五稜郭の戦いに向かい、敗れてひとりで死ぬ間際の独白。「母上様」に対し、最期に本心を絞り出すように吐露する。これは、涙なくして読めない。反則レベルだ。

母上様
最期の最期に
ひとっつだけ

嘉一郎は
父上と母上の子でござんす
そのことだけで
天下一の果報者にてござんした
十七年の生涯(しょうげえ)は
牛馬のごとく短けえが
来世も
父上と母上の子に生まれるのだれば
わしは
十七年の生涯で良(え)がんす
いんや七たび
十七で死にてえと思いあんす

母上様
どうか来世にても
父上と夫婦(めおと)になり
嘉一郎ば
産んで下さんせ
お願えでござんす母上様

んだば
母上様
母上様
母上様
(下巻・p387-389)

次に、2番目に感動したシーン。吉村の親友であった大野次郎右衛門が、蟄居し処刑を待つ間、中間の佐助が、無断で大野の実母を連れてきて、最期のお別れの時間をつくる場面。

 母親てえのは、有難えもんでござんすねえ。婆様の顔を見たとたん、次郎衛様は子供みてえになっちまったんです。まるで、背中の芯が折れちまったみてえに。
 はあ、はあ、って声にならねえ息ばかりを吐く次郎衛様のお顔を、婆様は両手を伸ばして、愛おしげにさすってました。
「お申(も)さげなござんす、母上。次郎衛は、親不孝ば重ね申す。お許しえって下んせ」
 ようやく、そうおっしゃった。
「なんもなんも。お前(め)様のような孝行の倅殿が、この世のどこさおる。母(かが)のことなど、最早(もはや)気にかけねえで下んせ。ええ子じゃもの」
 婆様のあかぎれた掌が、次郎衛様の月代(さかやき)を撫でてね、それで、目や鼻や耳たぶやうなじや、手の届くひとつひとつを、人形でもさするみてえに愛おしんでましたっけ。
「ようやった、次郎衛殿。まこと、ようやった。お前様のことを誰が何と言おうと、母はほめてやる。母はよおくわかっておりあんす。お前様の果たした務めは、どなたも真似ができねえだもの。(中略)弱虫で泣き虫で、大きな声も出せねえお前様が、ようここまでやりあんしたなっす」
 とたんに次郎衛様は、ぽろぽろと涙をこぼされましたよ。
 わかりますかい、客人。男てえのはね、いくつになったって、どんな風に出世したって、母親からほめてもらいてえんです。ようやった、ってえ、その母親の一言が聞きてえんです。
(下巻・p297-298)

これを読んで、遠い実家にいる両親に、無償に、会いたくてたまらなくなった。

3番目に感動したシーン。大野次郎右衛門が、まもなく処刑されるというときに、知己のあった豪農、江藤彦左衛門に宛てて、親友である吉村の次男(貫一郎(父と同じ名前)、嘉一郎の弟)の養育を託す手紙。漢字とカタカナだけの読みにくい文体ではあるが、それがまた当時の武士の品格をうかがわせる。とても長いのだが、以下のフレーズが繰り返し出てくる。

此者之父者(は)
誠之南部武士ニテ御座候
義士ニ御座候
(下巻・p436-445)

親友が「誠の南部武士」であり、「義士」であったことを切々と述べている。身分違いでありながら、心の友であった吉村と大野の強い絆に、また泣かされた。

この手紙を受け取った江藤彦左衛門の反応にも感動した。

 彦左衛門は広い式台に立ったまま、黙って書状を読み始めた。読み進むほどに、和やかだった顔がみるみる固くなって行くのがわかりました。
 書状を畳んで懐に入れると、彦左衛門はいちど雪空を見上げ、それからじっと私を睨みつけた。
 拒まれると思ったのですよ。あまりに怖い顔でみつめられましたから。
「立たっしゃれ」
 低い声で彦左衛門は言った。
「立派な南部武士の子が、百姓に頭(あだま)なんか下げではならね」
(中略)
 思いついて、胴巻から巾着を引き出し、敷台の上に置きました。その中には母が持たせてくれたいくばくかの金が入っていたのです。
 養父は溜息をつきながら、巾着の中身を改めました。
「二分金が十枚どは、大金でねが。なんでこのような金を」
「父の形見の銭こでござんす。旅先から送って下さんした。どうかお収め下んせ」
 養父は痛みをこらえるようにきつく目を閉じ、金をいちど拝むように高くかざしてから、巾着の中に戻しました。
「この金子は、お預かりしでおぐ。ゆめゆめおろそがにでぎる金ではねえ。さあ、立たっしゃれ。もう心配(しんぺ)は何もいらねがら」
 私のかたらわで、佐助さんはずっと泣き続けていました。
 こうして私は、養父の温かな胸に抱かれたのですよ。越後の家族たちは、すべてを忘れさせてくれました。
(下巻・p431-433)

感想

気がつくと、これらの感動シーンベスト3は、いずれも、吉村の長男嘉一郎、次男貫一郎、吉村の親友大野、そのまた知り合いの彦左衛門など、いわば、主人公を取り巻く脇役たちが登場するシーンであり、主人公である新選組隊士・吉村寛一郎そのものの登場する場面ではないことに気づいた。吉村の独白部分も多く、そのなかでも感動するシーンは多いのだが、この3つのシーンのほうが、より強く印象に残った。

歴史に翻弄された登場人物。義のために、大切な人を思い、自らの危険や命を投げ出しても構わないという人々。そのような時代は悲劇だが、そのために死んでもいいと思えるようなものがあり、実際にそれを全うして死ねるのは幸せではないかとも感じた。

(なお、私は、自分が徹底した男女平等論者であるにもかかわらず、妻子のためにひたすら尽くすことを義とする、吉村のような男性を素敵だと感じ、その男気にときめいてしまい、少々、自己矛盾に気づいて戸惑ってしまったりもした…。)

ご参考になれば幸いです!

※ご興味を持たれた方、是非、セットで読んでみてください。後悔させません!

※まず一冊ずつ読みたい方は、こちらから。

※浅田次郎さんの、抱腹絶倒、任侠コメディ小説『プリズンホテル』をご紹介しているこちらの記事(↓)もどうぞ!

※こちらが『プリズンホテル』文庫版。思いっきり笑いたい方に、超絶お薦め!


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