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【読書録】『人間の本性』丹羽宇一郎

今日ご紹介するのは、丹羽宇一郎氏の著書、『人間の本性』(2019年5月、幻冬舎新書)。

丹羽宇一郎氏は、伊藤忠商事の社長・会長、中国大使などを歴任した、有名な敏腕ビジネスマン。1939生まれの、人生の大先輩でもある。

この本は、そのタイトルにもあるように、「人間の本性」についての著者の考察に基づき、私たちの生き方や考え方について示唆をくれるものだ。

この本を読んで、人生の大先輩からのメッセージに共感し、素直に受け入れたいと感じた箇所も多かった。ただ、それと同時に、違和感を覚えた箇所も少しあった。

備忘を兼ねて、その両方を書き留めておこうと思う。

共感できた点

まずは、共感できたくだりを抜粋してみたい。

 人間は所詮、動物です。飢え死にしそうになったら、人の命を奪ってでも食べ物を得ようとする本能を持っています。私はそれを「動物の血」と呼んでいます。
 油断をすると、人間の中に潜む「動物の血」が騒ぎ始めます。怒り、憎しみ、暴力的な衝動を内包する「動物の血」が人間には流れていることを忘れてはいけません。(p5-6)
 人間は「動物の血」と「理性の血」が入り混じった状態で生きていながら、ときにより善になったり、悪になったりする二面性を持っているのです。(p20)
 人は自分のためだけに生きるのではなく、他人を意識し、人のために何かをする「利他の精神」があってこそ、「人間」になるのだと思います。(p23-24)
 私は常々、「生きることは問題だらけ、問題があるからこそ人間は生きているんだ」ということをいっています。生きていれば、次から次へと問題が起こる。(中略)
 それなのに、「問題がないのが幸せ」という前提で構えすぎる人が多いように感じます。問題を大仰にとらえ、いざ問題が起こると、慌てて冷静さをなくしてしまう。人生において「問題はあって当たり前」なのです。
 悩みがあるから、人はそれを解決して前へ進もうと知恵を出したり工夫したりして頑張れるわけです。そういうときにこそ、もっとも人間らしさが出てくると思います。
 生きる醍醐味は、問題があればこそです。(p26-27)
  人は勝ち負けといったことに、とてもこだわります。この競争社会に生きていると、勉強の勝ち負けから仕事の勝ち負けまで、勝つことにこそ生きる価値があると思っている人も少なくありません。(中略)
 しかし、人生の本当の勝ち負けは、仕事でうまくいくとか、お金持ちになるとかの物差しだけではかれるものではありません。
 それはおそらく人生最後の心安らかな安堵の一息に象徴されることだと思います。(p28-29)
 表面的な勝ち負けということにとらわれすぎるのは、どこか卑しいものです。勝とか負けるとかいった次元を超えたところで人間を見つめる視線を常に持っていないと、勝つためにはずるいことでも何でもしていいという人生観に陥りやすいものです。
 勝ち続けても、最後に自分の人生を振り返って心に悔いが残ることがないだろうか。
 仕事をはじめ、いろいろな競争に負けたかもしれないけれど、人間としては誠実に、ちゃんと生きることができたと思えれば最高です。(p30)
 人は年を取るとともに、さまざまなものを失っていく。ほとんどの人はそう感じているようです。(中略)
 年を取ろうとも、好奇心を失わず、謙虚な姿勢でいれば、すべてのものは「師」になります。(中略)加えてこの世界のことをいろいろ教えてくれる本は読み切れないほどある。(中略)
 ですから本当は生きるほど得るものが増えていくはずなのです。まさに年を取る暇もないほど増えていく。年を取るたべに「増える」のか「失うか」は、まさに考え方次第、努力次第だと思います。(p30-32)
…何かの問題に出くわしたときは「ままならないのが人生だ」と思い定めておくといいと思います。
 そんな前提でいれば、問題にぶつかってもストレスに強くなるはずです。さらに逃げることなく正面から問題に取り組めば、よりよい結果につなげることもできることでしょう。(p34)
…「最後の一日をどう過ごすか」、つまり「最後」を意識して、自分の人生を見つめてみるのはいいことだと思います。
 そうすれば切実に「今」という時間を見つめることができます。それによって何気なく過ごしている「今」の大切さを、心から感じることができるはずです。(p38)
 損得勘定ばかりの生き方から離れるためには、楽しいかつまらないか、面白いか面白くないか、あるいは気持ちがいいかそうでないかという選択肢をたくさん自分の中に取り入れることです。
 楽しいかつまらないか、気持ちがいいかよくないかといった価値観で行動を起こすようにすれば、損得勘定だけの窮屈な人生からは解放され、心豊かな日々を過ごせます。(p67)
 どちらかというと、絶対的なモノサシよりも相対的なモノサシで幸福をとらえる人のほうが多いのではないでしょうか。
 絶対的なモノサシで心から幸せと思える人は、貧しいとか、家族がいなくて孤独だとか、病気や障害を抱えているとか、世界の価値基準からすると恵まれていないように思われる環境にあっても、自分は幸せと信じられます。
 一方、相対的な幸福感といったものは、他人と比べて優越感を覚えたり、劣等感を抱いたりと、常に相対的な他人との比較のなかで感じているはずです。(p68-69)
 私は最初から最後まで順風満帆な人生など、ありえないと思っています。生きることは基本的に困難や苦労がつきまとうものであり、そこから免れることは、どれほど優れた人であろうと不可能だからです。(p69)
…喜びを与えてくれる体験や消費であっても、収入が増えることで何度も経験できるようになると、満足度は下がっていくものです。これはよくたとえられる例ですが、ビールは1杯目がもっとも美味しくて、2杯目、3敗目と進むにしたがって美味しさが減るという「限界効用逓減の法則」です。(p72)
 人はつい他人と自分を比べて、恵まれているとか不幸だとか思いがちですが、多くの場合、視界に入ってくるある部分だけを切り取ってそう判断しているわけです。ですから、こうした相対的な比較からくる幸福度の強弱ほど、当てにならないものはないのです。(p74)
「足るを知るものは富む」になるには、有形ではなく無形のものに目を向ける必要があります。他人と比べることで優劣を感じるのではなく、本心から自分が望むこと、やりたいことを見つめるのです。そうすれば、人と比べることは自然となくなります。(p76-77)
…生きづらさに拍車をかけているのが、「期待の心理」です。(中略)
 人への期待が大きければ大きいほど、必然的に不満は膨らみます。そもそも自分でさえはっきりしないことが多いのに、期待どおりに人が動いてくれることは、まずありません。(中略)自分のことはまず自分で行う。人に依存しないことが第一です。目標や期待は常に裏切られるものでもあるからです。(p78-79)
 もし期待や依存の生き方をやめようと思うなら、まずは自らできる努力を精一杯することです。
 それと同時に大切なのは、人から何かをもらうこと(take)よりも、与えること(give)を心がける生き方を選ぶことです。(中略)
 人間は本来、他の人を思いやったり、相手のために何かをしてあげることに喜びを感じるという、貴重な感情を誰もが同じように持っているはずです。(p82-83)
 結局、真っ当な努力を続け、しかるべき準備をした上で行動すれば、それなりものはちゃんと返ってくるものです。努力の過程が見えていない外の人からすれば、あの人は運がいいという評価になったりするのでしょう。(p90)
「禍福は糾える縄のごとし」とはよくいったもので、一時不運に見えることはどこかで幸福につながっていったりするものです。その逆ももちろんあるのですが、貧乏くじを引いたなと感じたときは、そのような心持ちで事に対処していけば、どこかで好転する。最後の瞬間まで勝負は続くのです。(p100)
 人生にまつわる多くの問題は、社会的な評価や肩書、地位と言ったものへの執着から始まります。肩書や周りの評価が自分の実力だと思い込んでいる人は、生の本当の人生を生きていないのではないでしょうか。
 そういったものにいかにとらわれずに生きていけるか。「動物」ではなく「人間」として成長するために、私はいつも「普通の人」「ただの人」であることを忘れないでいたいと思っています。(p148-149)

これらを私なりにまとめると、次のようなことを言っていると思う。

人間には、「動物の血」が混じっている。他人と比較したり、競争したりする。そして、思うようにいかないことがあると、妬みや怒りが出てくる。それが人間の本性。

人生は思うようにいかない。また、人はこちらが思うようには行動しないので、期待しても報われない。

幸せは、相対的ではなく絶対的なもの。勝ち負け、損か得かという問題ではない。有形ではなく無形なもの。自分が楽しいか、気持ちいいか、ということ。自分軸で判断、行動し、他人と比較しない。

利他の精神がないと幸せにはならない。誰かのために何かをしてあげることが幸せなのだ。

幸せかどうかは、死ぬ瞬間までわからない。最後の瞬間に悔いが残らないように生きる。努力を続ければ報われる。

これらのくだりには、素直に共感した。

また、私が過去にご紹介した他の本とも共通するところがあるなと思った。

自分軸で物事を考え、他人と比較することなく行動する、という点においては、『selfish』という本で学んだこととシンクロした。

利他の精神については、『Die革命』という本の説くことにも通じると感じた。

共感しにくかった点

上記のように、共感できた箇所が多くあった反面、以下の2つの箇所が、厳しすぎると感じた。

ひとつめ。「楽なほうを選ぶな」と小見出しのある部分。次のような記載が続く。

 楽に進める道と、見るからに険しい道。もし目の前にこの2つの道があった場合、たいていの人は楽なほうを選ぶと思います。
 楽をしたい、楽に生きたいと考えるのは何もその人が怠け者だからというわけではなく、人間の本性のようなものです。楽なほうへ流れてしまうのは自然なことです。(中略)
 ところが、いつも楽なほうを選んでいると、楽でなくなる状況になったりします。(中略)
 反対に、先に厳しいほうを選んでおくと、後で楽になりやすいともいえます。(p114-115)
 楽なほうを選んだ対価として厳しさが待ち受け、厳しいほうを選んだ対価として楽な道が開ける。もっとも、厳しいほうを選んだ結果、楽な状態になったとしても、そこに安住していたら、また厳しいほうへ傾きます。
 人間が生きていくということは、そんなことの繰り返しではないでしょうか。
 休息は必要ですが、あまりにも楽な状態が続いているときは、その反動がどういう形で将来やってくるか、因果応報的な気持ちを多少なりとも持つことは必要かもしれません。(p118)

このくだりを読んで、私の、既に亡くなって久しい祖母の言葉を思い出した。常々、「苦労は買ってでもせよ」と言っていた。

苦労した分だけ経験値が上がり、その後楽になるというのはそのとおりかもしれない。しかし、常に苦しい選択肢を選ぶべきかというのは、状況によっても異なるだろうし、万人が受け入れることのできるものでもないだろう。

状況によっては、楽なほうを選ぶこともアリだと思う。何も考えず、がむしゃらに、苦行のように、マゾのように、苦しい道に盲目的に突入するというメンタリティーを植え付けてしまうことにもつながりかねず、少々危険な気がする。

そして、「楽をしたい」という動機から、イノベーションが生まれるということもよくある。がむしゃらに、厳しいほう、苦労するほうを選んでしまい、楽をしたいという動機による、課題の抽出や、それを解決するための工夫や発明を生む機運を阻害してしまわないか、と、少々心配になった。

ふたつめ。SMAPの有名な曲「世界に一つだけの花」について触れている点。

 十数年前に「世界に一つだけの花」という歌が大ヒットしました。「オンリーワン」という言葉が盛んにいわれるようになったのは、そのころからだったと思います。
 ありのままの自分でいい。他人と競争することなんかない。おかれた場所でただ一つの美しい花として咲いていればいい。(中略)
 言葉としては美しいけれど、果たしてそうなのか。力の限り努力している人がその自負を持って、私はオンリーワンだというならまだしも、たいして努力もせず、何かあると周りのせいにするような人が勘違いして「自分はオンリーワンな存在なんだ」と思っていても、ちっとも美しくありません。
「世界に一つだけの花」なんて自分で勝手に納得しているだけのことではないでしょうか。結局、自分を甘い幻想のなかに置いて美化しているだけではないか。そう感じてしまいます。(p158)

このくだりも、厳しすぎると感じた。努力もせずに何でも他人のせいにするようなことは確かによくない。しかし、それ以前に、誰もが、自分がオンリーワンの存在であると信じ、自己肯定感を持つことは大切だと思う。そうでないと、厳しい努力を継続するのはつらい。

この有名な歌の、この素敵なフレーズに対して批判的と捉えられるくだりがあったことを、少々残念に感じた。

以上の2つのくだりを読んで、こう思った。

著者は、敏腕ビジネスマンだ。そのため、ご自分に厳しいのはよくわかる。そして、そのような、厳しいメッセージを起爆剤として、自ら研鑽を重ねていくことのできる読者もいるだろう。

しかし、すべての読者が、そのような厳しさを、すんなりと受け止められるとは思わない。著者のメッセージを、そのまま前向きに消化できない人も多いと思う。

結局、この本の説くところは、自分の生き方について、自分で考えることのできる人や、精神的にタフな人にのみ、消化できるものなのではないか。分かる人だけ分かればいい、ということなのだろうか。そもそも、この本に興味を持ち、自ら手に取るような人にとっては、心配は無用なのかもしれないが…。

おわりに

人生で困難に直面していたり、人間関係に悩んでいたりする方におすすめ。ベテランビジネスマンであり、人生の大先輩からの、厳しくも温かいメッセージがいっぱいだ。

ただし、読む人によっては、ちょっと手厳しすぎるように感じられる部分もあるので、適度に割り引いて読むとよいと思う。

ご参考になれば幸いです!


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