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【読書録】『指輪物語』J.R.R.トールキン

ファンタジー長編小説の金字塔、J.R.R.トールキンの、『指輪物語』。原題の『ロード・オブ・ザ・リング』(『The Lord of the Rings』)と言えば、ピーター・ジャクソン監督が映画化して大ヒットしたので、ご存知の方も多いだろう。

(ちなみに、原題では「リング」ではなく、Rings、と複数形になっている。直訳すると、「(複数の)指輪の支配者」という感じか。)

大学生の時に、この小説に出会った。友人が薦めてくれて、古本屋で購入したのが、写真の、瀬田貞二訳の文庫本。1977年評論社。『旅の仲間』上下・『二つの塔』上下・『王の帰還』上下の全6冊。

授業もそっちのけで、没頭して読んだ。ファンタジー小説はそれまで読んだことがなかったが、ハマった。しかし、これは、単なるファンタジーでもなく、文学的要素や言語学的要素も多く、奥深く、なかなか難しい読み物だった。

そして、社会人になってから、ピーター・ジャクソン監督の映画、『ロード・オブ・ザ・リング』を観た。この小説の世界観を映画にすることができるのか? 違和感があるのではないか? と、観る前は心配だった。

しかし、杞憂だった。驚くほど、違和感が全くなく、自分の中でのイメージと、とても近かった。リベンデール(裂け谷)の美しい風景などは、既視感があった。

そして、最近になって、コロナで引きこもり状態になり、読書の時間が増えると、これを原文で読んでみたくなり、英語の原書も手に取った。さらに発見が増えて、さらに没頭した。

私の好きな2つのシーンを、英語と日本語で、一部抜粋してみる。映画でも、とても印象的に撮影されているシーンだ。

まずは、『旅の仲間』(下)の御前会議で、誰も自分が指輪を捨てに行く、と言わないなか、フロドが、意を決して、自分が行く、と発言したシーン。

(...) An overwhelming longing to rest and remain at peace by Bilbo's side in Rivendell filled all his heart.  At last with an effort he spoke, and wondered to hear his own words, as if some other will was using his small voice.
 'I will take the Ring,' he said, 'though I do not know the way.'
(...)裂け谷のビルボのかたわらに心安らかにとどまり、憩いたいという抗いがたい願がかれの心をみたしました。おしまいにかれはやっとの思いで口を利きました。そして自分の声を聞いて、まるで別の意思が自分の小さな声をかりてしゃべっているのではないかといぶかしく思いました。
 「私が指輪を持って行きます。」と、かれはいいました。「でも、私は道を知りませんが……。」

次に、『王の帰還』(下)で、滅びの山に向かう中、疲れ切ったフロドを、サムが背負う場面。

'Come, Mr. Frodo!' he cried. 'I can't carry it for you, but I can carry you and it as well.  So up you get!  Come on, Mr. Frodo dear!  Sam will give you a ride.  Just tell him where to go, and he'll go.'
「さあ、フロドの旦那!」と、かれは叫びました。「おらはあれを持って差しあげることはできねえですが、その代わり、旦那を背負ってさしあげられますだ。あれも一緒にです。ですからお立ちなさいまし! さあさあ、フロドの旦那! サムが乗せてさしあげますだよ。どこへ行くかちょっとおっしゃってくだせえ。そしたらサムは行きますだ。」

日本語訳の瀬田貞二訳は、独特だ。"Strider"を「馳夫」、"Rivendell"を「裂け谷」、"Sting"を「つらぬき丸」などと訳している。ちょと古臭いが、味がある。

また、サムの言葉遣いが、まるで、おじいさんの召使のようである。英語で読むと、そこまでへりくだっているニュアンスは感じないのだが、これはこれで、サムの忠誠心がよく表されている。なかなか名訳だと思う。

また、瀬田訳では、ゴラム(”Gollum”、和訳では「ゴクリ」)が指輪のことを愛をこめて呼ぶ、"My precious"(マイ・プレシャス)という単語を、「いとしいしと」と訳している。これは特にユニークだ。映画の日本語訳でも採用されている。「ひと」ではなくて「しと」になっているのは、原書で"s"の文字を多用して表現されている、ゴラムのなまりを工夫して訳したようだ。以下の箇所などが特徴的だ(『二つの塔』(下)より。)。

'Ach, sss!  Cautious, my precious!  More haste less speed.  We musstn't rissk our neck, musst we, precious?  No, precious - gollum!' (中略)'Nassty, nassty shivery light it is - sss - it spies on us, precious - it hurts our eyes.'
「いてて、ス、ス、ス! 気いつけろ、いとしいしと! 急がば、まわれ。わしら、首根っこ折るようなしどいことしちゃなんねえぞ、いとしいしと、なんねえとも、いとしいーゴクリ!」(中略)「いやらしい、いやらしい、ぞっとしるような光ース、ス、スーしそかにわしらを見張ってるのよ、いとしいひとーわしらの目をわるくしるのよ。」

また、原作には、映画では省略されているところも多い。たとえば、ファラミアとエオウィンの恋物語など。

そして、原書には、Appendix E ("Writing and Spelling"), Appendix F ("The languages and Peoples of the Third Age")という付録も掲載されていた。(私の文庫本には、付録Dまでの訳しかない。)

原書と、日本語訳と、映画。それぞれに、本当に素晴らしい作品だ。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』は観たけど、小説は読んでいない、という方へ。省略されている背景や世界観がわかるので、小説も読むのが、おすすめです。

映画を観てなくて、小説も読んだことのない方へ。これからたくさん楽しめて、ラッキーですね! どちらからでも楽しめますが、個人的には、先に小説を読んで、映画を観るのがオススメ。ピータージャクソン映画のすごさがわかるでしょう。

日本語訳は読んだけれど、英語の原書まだ読んだことがない方には、原書もお薦め。英語ではこう表現されているのか!という発見がいっぱい。

要は、原書も、日本語訳版も、映画も、全部、オススメ! 全部トライしていただくと、3倍楽しめると思う。Enjoy!

※以下、現在Amazonで買える商品のリンクを張っておきます。

まず、日本語訳。評論社の文庫セット。私の持っている1977年版文庫は絶版になっている。こちらは、新版。1992年、既に亡くなっていた瀬田貞二の訳文にもともと協力していた田中明子が全面的に見直し、両名の共訳となったもの。

原書のセット。

ピータージャクソン監督の映画。

※過去にご紹介した外国文学の記事はこちら(↓)。


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