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『ひとりでなんてねむれない』

コソコソと、帰り支度をする
その気配を感じながら、私は狸寝入りをしていた。
ホテルの内線で女性は後で帰ります、とその男は言いました。
靴を履く音を聞いて、私は上半身だけ起こして、「さよなら」と呟いた。
バタンというドアの音に掻き消けされたその言葉は
シャボン玉みたいに弾けた。
そんな気がした。


気怠い身体を伸ばして、時間を覗く
次の予定まで大分ある…。
よし、優雅なバスタイムと洒落こもうじゃないか。
浴槽にお湯を張る、
ジャバジャバと水の音が心地よい、
折角だから泡風呂にしようなんて液剤を入れながら、ぼんやりとさっきの事を考える…。
みんな面倒な事は嫌い、私も面倒事は嫌い。
さよならなんて言葉は、実は贅沢なのかもしれない。


少なくても、私には


これは別れ話ではない、ましてや悲恋物語でも無い。
彼と私は何でもないのだ。
言うなれば行きずりの人、連絡先も知らなければ、名前だってもう覚えていない。
きっとそれはお互い様。
一夜限りのロールプレイング。恋人気分の猿芝居。
挨拶も無しで、約束も無く、幕は降りて。はい、おしまい。
そうして、また朝になれば日常だ。

そもそも原因はわかっている。
私はひとりじゃ眠れない。
だからこんな売れない娼婦みたいな生活をしている。
誰かがいる空間じゃないと眠れない。
だから枕を選ぶ感覚で誰かを待っている。という言い訳を自分にしている。
きっと声を掛けてくる人も私を人とは思って居ないのだろう。
後腐れの無い、適当なおもちゃみたいなもの。
もしかしたら私も枕なのかもしれない。
白い泡に塗れ、浴槽に身体を沈めながら馬鹿な問答は止まらない。


「なんか、顔だけ出すと羊みたい」

SleepとSheepが似てるから
羊の数を数えると眠れるなんて言うけれど、そんな子供騙しで眠れたのなら、苦労はしない。
いや、別に苦労している訳では無いけれど。
好きってなんだったろう。
安心したいだけの人間は愚かなのだろうか。

ただ、ゆっくり眠りたかっただけ

だった。はず。
もしかしたら、ただ傷付きたいだけなのかもしれない、
さよならも言われず、通り過ぎた人達とは何も終わらないまま。
誰にも届かなかったさよならはずっと空気中を漂っている…。

自己愛ばかりが大きくなっていく
何時からだろう、恋をしなくなったのは
何時からだろう、人が人に見えなくなったのは
ねぇ、誰の所為でもない。解ってる。
でも、あの時の答えを貰えないまま
私は、あなたの事を忘れようと必死だったのだろう。
名前も知らない、誰かの腕の中で
あなたと違う所を数えて
とっくに失っていた恋を薄く薄く延ばして、眠れない夜を言い訳に自分を傷付ける。

我ながら、気持ちが悪い。

「ドライヤー、良いヤツだと嬉しいな。」

髪質が良くなるから、それだけで気分がいい。
鏡が大きいとメイクがノる。
それだけで、さっきよりはマシになる。

さよならくらい言える大人になりたいな。なれるかな。
全部中途半端にせず、終わらせて。

そしたら、夜にひとりで眠れるだろうか…。

「さよなら」

左様ならば…離れ難い人と別れる為の言葉。諦めにも似た言葉。新しい何かを迎える為の言葉。

離れ難い人にならないと、貰えない

贅沢な、言葉。

「さよなら」

「さよなら」

「さようなら…」

…日差しが眩しくて、

少し、泣いてしまった。

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