見出し画像

[小児科医ママが解説] おうちで健診【Vol.4】赤ちゃんが「目をそらす」意外な理由。自閉症との関連は?

「教えて!ドクター プロジェクト」の「乳幼児健診を知ろう!」にそって、解説させていただいている「おうちで健診」シリーズ。


前回は、赤ちゃんの目がどれくらい見えているのか。目でちゃんと追うかチェックするときのポイント。こんな点をみてきました。


今回は赤ちゃんが「目をそらす」ことについて。

「ウチの子、目が合いづらい気がするんです。」
「私が見ると、目をそらす気がします。」

健診や外来で、実はたびたびご相談いただく質問です。

今回も科学的な根拠をなるべくお示ししながら、見ていきたいと思います。

すべての「おうちで健診」シリーズに共通した、主な参考文献は以下です。


●米国小児科学会AAP “Bright Futures”
https://brightfutures.aap.org/Pages/default.aspx

●「正常ですで終わらせない! 子どものヘルス・スーパービジョン」
阪下和美、東京医学社、2017年

●「ベッドサイドの小児神経・発達の診かた(改訂4版)」
桃井眞里子・宮尾益知・水口雅、南山堂、2017年

●「乳幼児健康診査・身体診察マニュアル」
https://www.ncchd.go.jp/center/activity/kokoro_jigyo/manual.pdf
平成29 年度子ども・子育て支援推進調査研究事業
国立研究開発法人 国立成育医療研究センター



赤ちゃんが見える範囲・時間って、結構、限定的です。


まずは、前回の記事で紹介した【「あれ?目で追えてないかも?」と思ったときに、チェックすること】を一度見ていただきたいと思います。

とくに多いのは「⑤長い時間、かけすぎていないか」というポイントです。

「ウチの子大丈夫かしら?」と、
お母さんが赤ちゃんのことを長い時間見つめすぎている。

そして赤ちゃん側としては「もう飽きたわ」みたいになって、
単純に目をそらしている。

…というのは、実はよくあるケースです。

生後数ヶ月の子は、短い時間しか、
そもそもモノに焦点を合わせられない
んでしたね。

医学的な定義はありませんが、乳児が一点を見つめていられる・じっと物を追うのは、せいぜい数秒間プラスアルファくらいでしょう。
長い時間、1つの対象をみられるようになるのは、1歳すぎてからです。

外来で診察室に入られた瞬間から、パッと白井の顔を見て追ってくれたり、その途中で他のスタッフの顔に焦点がうつってまたじっと見つめたり・・・という様子をみて、

「あぁなんだ、私が長い時間かけて見すぎだったんですね」
「そんなに長く見られなくても、大丈夫なんですね」
と安心されることもよくあります。


それでもやっぱり、ウチの子、目を見てくれない気がする。


そんな心配に、医学的な根拠をもってお答えできないかな、と長らく思ってきました。

今回を機に色々論文を見てみたので、いくつか紹介しながら、赤ちゃんが「目を合わさない」「目をそらしてしまう」ことについて書いていきますね。

※なおこのテーマに限らず、こうした養育・発達に関する研究は、どうしてもサンプル数が少なくなったり、単純な観察や振り返りでしか検証ができなかったりして、医学的なエビデンスとしては高くない研究がどうしても多くなります。
あくまで「こういう報告があるんだな」くらいに受け止めてもらいつつ、赤ちゃんが「目が合わない気がする・そらされる気がする」というときの、ちょっとした安心材料として都合良く思い出してもらったら嬉しいです。



赤ちゃんが「目をそらす」「目を合わさない」と心配な時に、思い出してほしいこと。


大きくわけると、2点になります。

①赤ちゃんは「目をそらす」ことで興奮を落ち着かせている。
②見つめている人の顔が「無表情」・・・かどうかは、あまり関係ないかも。

それぞれ、見ていきましょう。



①赤ちゃんは「目をそらす」ことで興奮を落ち着かせている。


「え?お母さんの顔みたら落ち着くんじゃないの?」と思いがちなのですが、実は逆に、あえて「目をそらす」ことで、赤ちゃんが自分の興奮状態をコントロールしているんじゃないかという報告があります。

生後3ヶ月のお子さんを対象にした研究で(Child Dev. 1979 Mar;50(1):188-94.)、お母さんのお顔と、人形の顔とを比べたとき、赤ちゃんが見ている時間は、なんと人形の顔のほうが長かったという報告があります。
そして、お母さんの顔を見ているときのほうが、赤ちゃんの脈拍数・心拍数が上昇していました。

一般的に心拍数が上がるというのは、大人と同じで、興奮したり・びっくりしたりたときの心臓の反応です。

生き生きと動き・表情が変化するお顔は、大好きなお母さんのお顔とはいえ、生後まもない赤ちゃんにとっては、情報処理に負担がかかっている可能性
がある。
その結果、お母さんの顔からあえて目をそらすことで、頭を休めているのではないか。という仮説です。


もうすこし大きい、生後8ヶ月~1歳4ヶ月の赤ちゃんにおいても、刺激を処理する・興奮を落ち着かせるというときに、目をそらす、というのが1つの対応策としてあることが報告されています。(Child Dev. 1979 Jun;50(2):565-7.)


・・・ちなみに赤ちゃんが泣いているときは心拍数が上がっているのですが、実は、赤ちゃんが泣く前から、心拍数はすでに上がっています。

何らかの刺激や興奮で、心拍数がガーッとあがる→それを処理する方法として、泣いたり・目をそらしたり、といった行動パターンがいくつかあるよ、というニュアンスですね。
ほかにも、ストレスや興奮の原因となった対象から目をそらすことで、赤ちゃんは情動を調整しているという報告はあります。(Developmental Psychology, 25, 243-254.) 


つまり「目をそらす」といのは必ずしも、目をそらした対象に対して、ネガティブな印象を持っている、というわけではないのです。

むしろお母さんの顔を見て、あるいは、なにか他の刺激で、心拍数が上がったり・興奮したりした。それを自分で落ち着かせる一つの方法として、「目をそらす」という方法を赤ちゃんが持っている。ということなんですね。



②見つめている人の顔が「無表情」・・・かどうかは、あまり関係ないかも。


「人形とくらべて、動きのある表情が、赤ちゃんを興奮させる。その興奮をおさえる一つの手段として、赤ちゃんは目をそらす」・・・という流れを上記に書きました。

が、この逆で、見つめている人が「無表情」というのも、やはり赤ちゃんが目をそらす一因になるのでは、という報告もあります。
まだ視力も発達していない生後3ヶ月の赤ちゃんでも、お母さんの顔が無表情だったり、無感情だったりすると、視線をそらすことがある、という研究です。(Child Dev 54(1):185-93, 1983.)

ただしこれは産後うつなど、「日常的に」親御さんの表情が乏しいというケースが対象になっているので、全員にあてはめるには、ややいきすぎた解釈に思います。


「あれ?ちゃんと目で追えてる?」と心配になってずっと赤ちゃんの顔をみていると、その時の顔は無表情、というのはよくあります。

「私が普段から表情がくらいから、赤ちゃんが見てくれないんだ」とかそういうふうに思う必要は全くないです。

一定の時間、お母さんの表情がない、というだけで、赤ちゃんが追視しなくなる・見る力がなくなる、ということは医学的にはありません。

実際に「自分から視線をそらされているときの顔」を見せたほうが、赤ちゃんがより注目した・見つめていたという報告もあります。(Dev Sci. 2020 Mar;23(2):e12902.)

また別に大人が「優しい」顔をしていたところで、赤ちゃんが見つめやすいとか、そういうわけではなさそう、というのも報告されています。(Infant Behav Dev. 2007 Aug;30(3):492-8.)


もちろん、一日中、全く笑顔の瞬間がない。気持ちが落ち込む。などなど、お母さんの心の状態が、産後うつに該当する場合は、きちんと受診を検討していただけたら嬉しいです。


「目を合わさないから、自閉症。」はあまりに短絡的すぎる。


「うちの子、目が合わないんです。自閉症ですか?」って、ダイレクトに聞いてきたお母様には、私はまだお会いしたことがありません。

が、ネットを見ていると、「目が合わない 障害」とか「目をそらす 自閉症」とか、ドキっとする検索ワードがでてきます。
ネットでの子育て掲示板などでも、質問されている方、いますよね。

自閉症とはそもそも・・・を語るのは別の機会にゆずりますが、自閉症の一つの特徴である「対人社会性の質的な障害」のサインとして、赤ちゃんのときから「目が合わない・目をそらす」があるんじゃないか、という心配ですね。


生後○ヶ月から自閉症の徴候がないのか。何かサインがないのか。そういった研究は数十年前からあります。

が、結論からいえば「生後○ヶ月に○○の行動があったら、その子が数年後に、自閉症って診断される!」という絶対的なエビデンスのある、行動やサインはありません。


下記で紹介する研究についても「こういう報告があるんだ」という程度にうけとめていただき、むしろ、「目を合わさない・そらすから、自閉症」となげるのは短絡的だな、と思っていただけたら幸いです。



たしかに「目が合いづらい」は一つのサインになりうるが・・・


たしかに、のちのち自閉症と診断されるお子さんについて、赤ちゃんのときに「視線があいづらい」「視線がすぐに動く」「他人の顔、とくに目に注目しない・興味がない」といった徴候があるのでは、という報告は多くあります。

乳児のときに、より他人の顔に注目しやすい子のほうが、1歳時点など、将来の社会的な対人スキルがより優れているのではないか(Autism Res. 2019 Mar;12(3):445-457など)といった報告もあります。


だいたい生後6ヶ月ころの赤ちゃんが研究の対象になっていることが多いですが(①J Neurodev Disord. 2016 Mar 15;8:7 ②Sci Rep. 2015 Feb 6;5:8284 ③Int J Behav Dev. 2018;42(1):83-92 など)、

中には、生後1週間や3ヶ月などといった生後まもない赤ちゃんも対象になっている研究もあります(①Dev Psychopathol. 2019 Apr 23:1-11. ②J Neurodev Disord. 2017 Sep 13;9(1):34 ③Sci Rep. 2016 May 20;6:26395 など)。

うーん、じゃあやっぱり、生後まもない時期でも、目が合いづらい・目をそらすように見える赤ちゃんって、自閉症や発達障害のリスクなの?と考えがちですが、実は、逆の報告もあります。



「目をちゃんとそらせる」ほうが言語能力が高いという報告も


早産のお子さんを対象にした研究ですが、新生児のときの目の動きに注目した報告です。「目線をそらす」行動が「ない」ほうが、むしろ、2歳時点での自閉症スクリーニング陽性と関連があるのでは、という結果でした。(Am J Occup Ther. 2015 Jul-Aug;69(4):6904220010p1-11.)

適宜「目線をそらす」赤ちゃんのほうが、将来の言語能力も良好なのでは、としています。

赤ちゃんが「目線をそらす」ことで、興奮を落ち着かせたり、ストレスをコントロールしたりしている可能性は、上記にかいたとおりです。

こうした「制御力がある=必要に応じて目をそらせる」ほうが、実は発達にとっては良いのでは、という説ですね。

また仮に自閉症であっても、生後すぐは、目線をそらす・目線が合わないといった徴候は、まだ出ないのでは?とする報告があります。(Nature. 2013 Dec 19;504(7480):427-31.)

この研究では、生後1ヶ月では、まだ目を見つめるなどといった対人的(ととらえられる)赤ちゃんの行動は認められると。
しかしその後、生後2ヶ月から6ヶ月にかけて、徐々に、目線を合わせるといった頻度や行動が減少していくことを指摘しています。


ほかにも、目を合わせる行動が、(「生まれつき」というよりかは)月齢・年齢とともに減少していくのが自閉症の特徴なのではないかという報告はあります。(J Autism Dev Disord. 2015 Aug;45(8):2618-23.)

ちなみに定型発達と思われる子でも、生後9ヶ月の時点で、一度「他人と目を合わせる」という行動・頻度が一度減少しうることも、この研究では示唆されています。

定型発達の子は、その後、また他人と目を合わせるという行動・頻度が復活するのですが、のちに自閉症と診断される子は、そうした回復傾向がみられないままだった、という報告です。



赤ちゃんの「対人社会性」はほかにも沢山ある。


というわけで、一時期の赤ちゃんの様子だけをみて、しかも目線が合う・合わないだけで、自閉症などの発達障害をうたがうにはデータが乏しすぎる・議論があることが、おわかりいただけたでしょうか。

しかも、上記のいずれの研究においても、対象としているお子さんの人数は十分でなかったり、家族や兄弟に自閉症がいるというもともとハイリスクのお子さんを集めていたりします。一般的にすべてのお子さんに当てはめられる結果か、というのも、そもそも議論があるところです。


そして赤ちゃんが見せる「対人社会性」は、「目が合う」以外にも沢山あります。

人見知り。
●大人の目線をおって、一緒のモノをみようとする「共同注視」
●指差しが出るか?(指差しにも「要求」「叙述」「応答」など発達段階で種類があります。)
●自分が何かできないときに、親に助けを求めようとするか
他の子と一緒に遊べるか?
ごっこ遊びできるか?
ルールのある遊びができるか?


ぶっちゃけ「目線がどうこう」よりも、こうした、生後半年を超えてから徐々にでてくる発達段階・行動のほうが、医学的には大きな手がかりになることが多いです。

生後3ヶ月の段階では、まだ赤ちゃんの感情としても「快」か「不快」かしかないとも言われています。

生後6ヶ月をすぎてくると、やっと「不快」から「怒り」や「恐れ」などが派生。
1歳をすぎた頃から、「喜び」という感情のなかに「愛情」が加わってきます。
2歳頃になってようやく、大人がもっている情動がひととおり、お子さんの中にも芽生えはじめるのでは、という発達です。

生後数ヶ月の間もない時期に、目線が合うか・合わないか・そらすか、といったことだけで、発達を議論するにはやはり限界がありすぎる、というのが現状です。



いかがでしょうか。


今回もかなりつっこんだ話題になり、ここまで読んだくださった方がいたら、その気力が素晴らしいです。笑 ありがとうございます。


目線があう・あわない、目をそらされた気がする。赤ちゃんと四六時中一緒にいると、なんかちょっとしたことが気になりますよね。

ネットで調べる。そのうち検索ワードの予測欄に「自閉症」とか「障害」とかでてきて、また不安になって・・・の繰り返し。

ただでさえ情報過多の育児において、私のnoteも、無理やり読んでください!!!というわけでは決してないんです。
が、「医学的に根拠がある」情報としては、こういうものがあるよ。不安になったときにたまに思い出して、安心できる材料のひとつにしてね。

そんな気持ちです。

(この記事は、2023年2月15日に改訂しました。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?