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みじかいお話たち

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短編小説集。多ジャンル。主に即興小説で書いたものを収録。他に200字ノベルや詩もあります。
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記事一覧

囚蝶(詩)

囚蝶(詩)

囚われの蝶は呟く
「あなたは私を食べるのですか」
空腹蜘蛛は糸を渡る
「私はおまえを食べるだろう」

「そうなの」蝶は空を見やる
青空に蜘蛛の糸
不覚にも美しい

「私はあなたに食べられる
あなたの一部となり 糸となって
また あの空を飛ぶのね」

蜘蛛に蝶の思いなど わからぬ
枯葉のようにパリパリと
美しい蝶を食べた

蝶のような鮮やかな
糸を紡げるのかなと 考えながら
#詩

雨巡りて(中)

雨巡りて(中)

雨巡りて(上)

「おばあちゃん、お客様がいらっしゃったわよ」

襖を開け祖母のいる和室へ入ると、お香の匂いが私たちを出迎えた。長い年月を経て部屋に染み付いたこの香りはどこか懐かしく嫌いじゃない。
祖母はいつものようにベッドにいた。
先ほど昼食を済ませたばかりだったので、ベッドの上部を少し上げて身を起こしたままにしていた。手元には薄紫のハンカチを握りしめている。
祖母の反応はいつもワンテンポ遅

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綿毛のゆくえ(詩)

綿毛のゆくえ(詩)

ふわふわ 綿毛はどこ行くの
土の布団 アスファルトの隙間
きっとそんなところ

わふわふ 毛玉はなぜ駆ける
風にのる 不思議な光を
追いかけたくて

ふわふわ
わふわふ
ふわふわ
わふわふ

ふー、と綿毛は飛んでった
遠い遠い 空の彼方 虹の向こう
その小さな綿に 光をのせて
#詩

雨巡りて(上)

雨巡りて(上)

私の祖母は八十五歳。名は小夜子という。
二十八歳という当時では晩婚と言われた年齢で祖父と結婚し、母を産んだ。母も三十路で結婚し一人娘の私を産んだのだから、どうやら我が家の晩婚は遺伝なのだと言える。
世間では晩婚が遺伝なんてあるわけないと言われるだろうが、あえてそう考えさせてほしい。
私も、もう二十七歳。
結婚相手どころか交際相手もいない、しがない事務員なのだから。
気づけば祖母が結婚した年齢にもう

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いただきます(詩)

いただきます(詩)

いただきます
いただきます
あなたの命をいただきます

この体に
この魂に
あなたの命をいただきます

抱(いだ)きます
抱(いだ)きます
あなたの温もりを抱きます

この体に
この魂に
あなたの温もりを抱きます

いただきます
抱きます
あなたの全てを受け止めて
#詩

ビー玉、落ちた

ビー玉、落ちた

砂利道にビーサンなんて履いてくるんじゃなかったと、ツヨシは足とサンダルの隙間に入り込んでくる小さな石ころに舌打ちした。
辺りでは溢れるほどの人、人、人。遠くから聞こえる笛と囃子太鼓の演奏。並ぶ提灯。今日は年に一度の夏祭りで、夏休み中の子どもたちや家族連れ、はしゃぐ若者たちでいっぱいだった。
ツヨシは笑う人たちの声をかき分けてずんずん進む。焦る気持ちを抑えつつ、冷静を装った。でも目の先に現れたその人

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灰色猫を召喚する方法

灰色猫を召喚する方法

「読書に欠かせないものといえば?」と聞かれれば、私は迷わずこう答える。「猫だ」と。
喉を潤す飲料でもなく、体を預けるソファでもなく、気分を落ち着かせる音楽でもない。
必要なのは小さな鼓動を響かせてくれる温もりと、気まぐれなちょっかい。それだけあればいい。

仕事へ行く前に、通り道の公園へ足を運ぶ。
そこは市立図書館と隣り合わせの少し大きめの公園で、私は天気のいい日には必ず寄るようにしていた。
片隅

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ありがとう[絵本/色鉛筆画]

ありがとう[絵本/色鉛筆画]

作・絵 いのり

気づけば ぼくは 土のなか。

とても あたたかい大地につつまれて 眠っていた。

あたたかい大地
守ってくれて ありがとう。

土の中で 動きだすころ
ミミズたちが ぼくを はげましてくれた。

「がんばれ がんばれ もうすぐ あと もうちょっと」

ちからづよい声
ミミズたちよ ありがとう。

少しこわがりながら 出たぼく

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金の樹と若者

金の樹と若者

その村にはとても美しい樹がありました。
なぜ美しいかというと、その樹の葉は金でできていたからです。枯れることのない金の葉は、村人にとって宝でした。

ところがある日、村にやってきた若者が、その樹を見たとたん感動のあまりに、樹を根こそぎ掘り返してしまい、自分の家へ持ち帰ってしまったのです。村人は悲しみました。
若者はうばった樹を大きな鉢へ植えかえると、自分の家の中央に置きました。金の葉がきらきらと、

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ガラスの船

ガラスの船

船が一隻あります。ガラスでできた船です。
それを見ている男の人がいました。男の人は、今からこの船で旅に出るのです。旅へ出るなら、この船だと決めていたのです。
透明に透き通る船の底には、海がそのままに映し出され、きっと美しいにちがいない。男の人はそう思ったのです。
一流のガラス職人に船作りを依頼し作ってもらいました。三年もかけて作ってもらった、最高級のガラスの船です。
男の人はいざ、船に乗り込みまし

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まばたき一瞬

まばたき一瞬

旅人は今日も旅を続けています。
目的などない旅でしたから、自由気ままに過ごしていました。

よく晴れた日の午後歩いていると、大木の下で何やら耳をたれ下げため息をついているうさぎと出会いました。
うさぎは何だかとても寂しそうな様子です。

「君はなぜ、寂しそうなんだい」

旅人は聞きました。うさぎは、うう、とうなると言いました。

「なぜって、昨日ぼくは迷子になってしまってね。ひとりぼっちで歩いてい

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神の手を持つ画家とマヌケな化け物

神の手を持つ画家とマヌケな化け物

ある街に神の手を持つと言われる一人の画家がいました。
その画家が想いを込めて描かれた絵には魂が宿り、キャンパスから飛び出し動くことができたのです。

女の子が言いました。
「素敵な歌を歌うカナリアがほしいの」
画家が愛らしい瞳のカナリアをキャンパスに描くと、たちまちそこからカナリアは飛びたち歌を披露しました。
病気がちで寂しかった女の子は、喜びを溢れさせ礼を言いました。
「ありがとう、画家さん」

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さっちゃんの肌

さっちゃんの肌

暗闇の中で響く水が跳ねる音。
それがシャワーの音だと気づくのに、寝ぼけ眼の私には時間がかかった。当時まだ八歳だった私は夜の闇が苦手で仕方がなかったので、布団から這い出てすぐに部屋の電気をつけた。
人工の明かりが闇を追い払うと、目をごしごしこすった。時計を見ると短い針は二の数字を示している。
夜の二時。その数字に思わず、ほぅ、と息が漏れた。
今までこんな時間世界にいたことがなかった私は、ぼうっとして

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メモリーズ・シンドローム

メモリーズ・シンドローム

「やぁ、これは珍しい症例ですな」
先生はペラリと僕の診断結果の紙をめくると次にこう告げた。
「メモリーズ・シンドロームですね」
「は?」
「直訳すると思い出症候群、となります」
そして僕は二度目の、は?を出さざるを得なくなる。一体何なんだ、それは。

「最近事例が多くなりやっと認知され始めた症例なんですがね」
先生は脚本でもあるかのように、滔々と語り始めた。
「何かをきっかけに過去の思い出がフ

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