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金の樹と若者

その村にはとても美しい樹がありました。
なぜ美しいかというと、その樹の葉は金でできていたからです。枯れることのない金の葉は、村人にとって宝でした。

ところがある日、村にやってきた若者が、その樹を見たとたん感動のあまりに、樹を根こそぎ掘り返してしまい、自分の家へ持ち帰ってしまったのです。村人は悲しみました。
若者はうばった樹を大きな鉢へ植えかえると、自分の家の中央に置きました。金の葉がきらきらと、若者の家の中を照らします。

「はあ、なんて美しい樹なのだろう。村人たちには悪いことをしてしまったが、こんなに美しいのだから仕方がない」

若者は毎日毎日、その樹を見つめては美しさをたたえていました。
その樹がこの家にあるというだけで仕事にもやる気が出ましたし、退屈だった毎日がとても充実したものになりました。

ある日の晩、若者がベッドで眠っていると、どこからかしくしくと泣き声が聞こえてきました。若者は目を覚ましガウンをはおりました。
「なんだこの泣き声は。ゆうれいか」
しかしその悲しげな声は、樹から聞こえてくるのでした。
樹の精が、樹の枝に腰かけしくしくと泣いているのです。その精もまた、金に光り輝く美しい女性でした。
「なぜ泣いているのだい」
すると樹の精は顔をあげて、ぬれた目で若者を見つめました。か細い声で、ささやきます。
「ここには太陽がありません。あの光り輝くまばゆい日差しがないのです。それが私は悲しいのです」
そしてまた顔をふせ、しくしく泣くと、樹の精の姿は消えてなくなりました。
はて、これは夢か幻か。若者は夢だったのだろうか、と考えましたが、あまりにも樹の精が悲しそうだったので、どうにかしてやらないといけない、と思いました。

次の日、若者は屋根に上り屋根に穴をあけました。ガラスをはめこみ、日差しが直接、樹に当たるようにしたのです。すると家の中でも樹は太陽の日差しを浴びることができるようになりました。きらきらと輝く樹はますます美しい姿となりました。

その晩、若者はまた樹の精の泣き声で目が覚めました。
はて、なぜ泣いているのだろう、と若者はまた声をかけました。
「なぜ泣いているのだい」
すると樹の精はふるえる声で、こう言いました。
「ここには大地がありません。小さな鉢の土ばかりでせまいのです。それが私は悲しいのです」
そう言い残すと、樹の精はまた姿を消しました。

次の日、若者は床の板を全てはがし、そこに栄養豊かな土を大量に運びました。家の床はあっという間に一面土になりました。ついでだ、と若者は考え、草や花も植え込みました。すると家の中はまるでちょっとした森のようになり、その中で樹は満足そうに立っているのです。その姿は本当に美しく、若者も樹も満足しました。

さてこれでもう大丈夫だろう、と思ったその晩、また樹の精の泣き声で目が覚めました。若者はまた声をかけました。
「なぜ泣いているのだい」
すると樹の精は遠くを見つめながら、こう言いました。
「ここには小鳥が来てくれません。うさぎも、リスも。それが私は悲しいのです」
そう言って樹の精はまた姿を消しました。

そんなのはお安いご用と、若者は次の日森へ行きました。
そして小鳥やうさぎ、リスをつかまえると家へ連れ帰りました。樹のまわりにはたちまち動物たちがたわむれるようになりました。そして若者は、動物たちがいつでもこの家を出入りできるように、玄関の扉をいつでも開けるようにしました。
そうして樹の精はもう泣くことはなくなりました。

ここには以前と変わらぬ光も土も小動物たちもいます。何よりも若者が本当に優しくまた熱い眼差しで見てくれているので、樹の精もより美しくなりたいと思うようになったのです。
若者も、前よりも元気に見える樹と一緒に暮らせて、それはとても幸せでした。

しかしある晩、樹の精がまた泣いているのでした。
それは静かに泣いていたので、若者は気づくのに時間がかかりました。若者はそっと声をかけました。
「なぜ泣いているのだい」
すると樹の精は申し訳なさそうに言いました。
「ここには村人が来てくれません。村人はいつでも、私を大切に温かく見守ってくれました。村人にはもう会えないのでしょうか。私はそれが悲しいのです」
そう言うと、樹の精は姿を消しました。
若者は悩みました。こればかりは、どう叶えればいいのかわからなかったのです。村人はきっと若者を恨んでいるでしょう。

けれど樹の精の願いを、若者はどうしても叶えてやりたかったので、次の日若者は樹があった村へ出かけました。そして村人たちに言いました。
「みなさん、私の家へ遊びに来てください。樹がみなさんに会いたがっているのです」
けれど村人たちは、怒って若者に言いました。
「誰が行くものか。もともと私たちの樹だったのを、お前がうばっていったのではないか。どろぼう!」
石を投げつけられ罵声を浴びて、若者はすごすごと帰るしかありませんでした。帰ると樹に向かい、言いました。
「すまない。私には村人をつれてくることはできない。だから私には、こうするしかないみたいだ」
若者は樹を根こそぎ掘り返しかつぐと、村へまた出向きました。そして元あった位置に、樹を植えたのです。
「さあこれで元どおりだ。樹よ村人よ、悪いことをした。さようなら」
そうして若者は樹の前から去りました。

村人はふたたび樹が戻ってきて嬉しく思いました。けれどなぜだか前の樹と少し様子が違ったようです。樹の葉は前よりもさらに美しく、虹色にきらめく葉となっていたのです。
「前も美しかったが、より美しい」
「ああ、こんなに美しくなって戻ってくるなんて」
「あの若者は、どんな魔法を使ったのだ」
村人はその秘密を知りたくなって、若者の家へこっそり出向きました。
するとなんということでしょう。若者の家は草や花で生い茂り、小鳥や小動物がまわりをたわむれています。扉があけ放たれているので中が見えるのですが、その家の中にまで太陽の日差しが差し込んでいるのがわかりました。とても美しい家でした。
「あの家こそ、この樹がいるにふさわしいのではないか」

村人たちは悩みました。村に帰り長老に相談すると、樹に問いかけてみるのが良かろうと言われました。
「樹よ、あの若者の元へ戻りたいか?」
樹は、金と虹色に輝く葉をさぁっと風になびかせました。
それだけで、村人たちには十分樹の気持ちがわかったのです。

村人たちは樹を掘り返すと、若者の家へ届けました。若者はおどろきましたが、とても嬉しくなり村人たちを歓迎しました。
今日はなんて素晴らしい日でしょう。こんな日は料理でおもてなしをしなくてはなりません。
若者は村人たちに、サラダや卵スープ、魚のハーブ焼きやアップルパイをもてなしました。村人たちは大喜びです。
樹を取り囲んでの若者と村人たちのパーティーに、中央にいる樹もとても嬉しそうです。虹色や金の葉を風にそよがせ、まわりのみんなを温かく見守っています。
パーティーに来ていた子どもたちは、若者に聞きました。
「ねえ、樹にどんな魔法をかけたの?」
すると若者は答えました。
「ぼくは何もしてはいないよ。ただこの樹と寄り添っただけさ」
そうして若者はグラスを樹に向かい高くあげ、乾杯をしました。
樹の精も嬉しそうに、微笑みました。



おわり

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