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20. 本は僕に自分の気持ちを言葉にすること、それを受け止めて何とかやりくりすることを教えてくれた

ここで働いて3年になるけど、こんな経験したことないよ

デンマークのある少年院。6人の少年がある本をめぐって議論していた。6人全員が同じ本を読みたくて、1冊しかないその本をだれがいつ読むのか、その予定表を作り始めたというのだ。職員は、こんなこと今までに経験したことがないと驚いている。

6人は鎖錠された個室に入る時間になると、それぞれの部屋に入り窓を開ける。本を持っている少年は、窓の外に向かって大きな声で音読し始める。ほかの少年たちは窓のそばに座り、耳を傾ける。翌日、共同部屋で過ごす時間になると、かれらはまた同じ場所に集まり、本の内容についてあれこれ話し始めるそうだ。

本なんて読まねえよ

「本なんて絶対読まないし、そもそも時間の無駄」
別の少年院では、職員が「どんな本が読みたい?」と尋ねると毎回そう答えていた少年がいた。それでも、職員が折を見ては同じ質問をしていたところ、ある日彼は別の言葉を返してきた。

「俺、本なんて読まねえけど、あんたが一緒に読んでくれるんなら、読んでも良い」

そのタイミングを逃すまいと、職員はどんな本なら読んでも良いのかと聞き出した。そして2人はハリーポッターを読みはじめる。

職員が1巻をまず声に出して読む。すると途中から少年が代わって読むようになった。2巻、3巻と少年は続けて今度はひとりで読み、シリーズを最後まで読み終えると、次は英語でも読んだ。そして彼はハリーポッターワールドにはまった。


誰にも言わないで


また別の少年院では、ある15歳の少年が「寝る前に本を読んでもらったこともないし、1冊の本をちゃんと読み切ったこともない。それがどんなだか想像つく?」と職員に尋ねたという。幼い頃から親に読み聞かせをしてもらってきて、今でも本を読むというその職員は、少年に良かったらわたしが何か読もうかと尋ねたそうだ。少年と職員はどんな本が良いか軽く話して、次の日に職員が本を持ってくることになった。その時、少年は「この約束のことはだれにも言わないで」と言ったという。

職員はこの少年との約束についてもちろん誰にも話さなかった。だが翌日以降、あちこちから「本を読んでくれるって聞いたんだけど」と声をかけてくる別の少年がひとり、ふたりとやってきた。どこかから情報が漏れたらしい。

「ぼくにも読んでくれる?」こそっと尋ねてくる少年たちの依頼を受け続けた職員は、最後には16人の少年に毎晩本の読み続けた。全員の前で読む方が効率は良かったが、皆が「誰にも言わないで」と言うので、一人ずつの部屋を回って読んでいったそうだ。

子どもたちの声を聴く

少年院や児童養護施設で暮らす子どもたちに本を寄贈するNPOで、わたしは5年ほどボランティアをしている。上に書いたエピソードは、そのNPOに寄せられた声の一部だ。本を読んだことがない、読んでもらったこともない、自分一人でも読めないけど、だれかに読んでなんて恥ずかしくて言えないーそんな子たちがいる。

このNPOでは、本を寄贈する前に、読書ガイドたちが子どもたちのもとを訪れ、かれらの興味関心を丁寧に聴き取っていく。初めは「わかんない」「本なんて読まない」と言っている子どもたちだが、少しずつ、ぽつぽつと自分の言葉を発するようになる。

サッカー、スポーツ、美容、恋愛、料理といった他愛もないテーマから始まり、少しずつ、犯罪、リストカット、ギャング、麻薬、または「主人公が死ぬ話」「主人公の家庭が複雑な話」「悲しい話」「親が裁判でいがみ合ってる話」など、自らが経験していること、自分を重ねて読めるようなものを希望し始める。

時間をかけてかれらの希望を聴きっとった読書ガイドたちのメモは、今度はわたしたち図書担当者へと引き継がれる。NPOの本棚には、一般家庭や多くの出版社から寄贈された多くの本が所せましと並んでいて、テーマや対象年齢ごとに分けられている。子どもたちが希望するテーマに合う本がない場合は職員が一部購入しつつ、なるべく希望に沿った本を選んで、箱に詰めていく。一施設につき400~1000冊ほどが箱詰めされると、本は施設へと郵送される。

箱詰めされた本が届いたら、必ず子どもたち自身に段ボールを開けさせてください。自分たちの声がちゃんと聴きとってもらえたんだということを確認してほしいから。

NPOの職員はいつもそう伝えているそうだ。


言語は自分の気持ちや周りの世界を理解するための道具

スウェーデン、ヨーテボリ大学の名誉教授で、識字研究に長年携わってきた Ingvar Lundberg は、言語が人々にとって、自身の周りで起こっていることを理解したり、考えを整理していくためのツールであり、言語を使って状況や感情を捉えることができないと、それが時に攻撃性という形で表れることもあると語っている。

アメリカの調査では、犯罪を犯した若者の75%が読解力や語彙力などを必要とする「書き言葉」に大きな課題があるとされ、スウェーデンでも約半数が同様の結果であるとのこと。言語力が乏しいことと犯罪に関わることとの関連性も指摘されている。

読書はそうした状況を変える手立てとなり得る。活字に触れながら、わたしたちはその内容について、ときには自分自身について振り返ったり、あれこれ想像したり、また筋道を立てて考えたり、全体を把握したりしている。フィクションを読むときには、さまざまな感情や体験を通して思考や想像力を広げている。そして何より、辛いことや向き合うのがしんどい状況にいるときは、物語の世界にどっぷりつかることで、今いる状況からたとえ少しであっても距離を置くことだってできる。


出版にも子どもたちの声を生かして

家庭が複雑だったり、学校を休みがちで本に触れる機会がほとんどない子のなかには、10代半ばになっても小学生向けのような簡単な本しか読めない子もいる。かれらにとってそれはとても恥ずかしいことで、だからこそ頑なに読書を拒む子もいる。

そんな子たちが読書をしたいと思えるにはどうすれば良いか。少なくとも、かれらの関心と読解力に見合った作品が必要だ。そこでデンマークでは、施設の子どもに本を寄贈するNPOと出版社が協力し、読書慣れしていない10代の子たちの声を生かした作品作りが始まった。

〈もし自分で選べるとしたら、どんなテーマやストーリーの本を読んでみたい?〉

読書が苦手な中学生100人にこんな質問をしてみると、恋愛物語、戦争、コンピューター、ファンタジーなどさまざまな声があがった。

ー荒れた地域で生まれ育ってそこから出ていきたいけど、親が暮らしているから抜けられないっていう主人公の物語

ー第一次世界大戦で兵士だった人が主人公の物語、戦争に行きたくなくて、すごく怖がっていて、各章の最後に日記のようなものが書いてあって。最後に主人公が死んでしまって、読んでて泣けるような本だともっと良い

ーシリアからデンマークまで難民として逃げてくる人のストーリー。どんな恐怖があって、どんな異文化体験をするかとか

ー子ども時代にトラウマ体験があって、そこからとんでもない行動をくり返すんだけど、大好きな人ができて、そこから人生が大きく変わっていくような話

NPOが聴き取ったこうした子どもたちの声から作家らがインスピレーションを得て、作品として仕上げていった試みは、2017年、25冊の本として出版された。どの作品も薄くて読みやすい仕様。読書をほとんどしたことのない10代の子たちにも読める文字数、語彙レベルで、テーマもかれらの関心がしっかり反映された作品だ。

国語科教員組合出版会でも、今年は13歳から17歳の子どもたちが有償のコンサルタントとして意見を伝え、出来上がってきた原稿を読み、作家と協力しながら作品を作っている。

こうして子どもたちの声が作品作りにも反映され、それまで読書へのハードルが高いと感じてきた子どもたちが、少しでも読書を楽しめるような取り組みが続いている。


読書が人生を変えた

少年院に入所していたこともある若い詩人、Haidar Ansari は、少年院にいた頃に本と出会った経験が大きく自分を変えたと語る。

17歳で少年院にいた頃、僕は孤独で不安な日々を過ごしていました。将来はまったく見えないし、家族や外の世界との接触も限られていました。精神状態はどんどん悪化し、塞ぎ込んでいました。そんな時、僕のいた少年院にたくさん本が寄贈されました。そこで僕は文学と出会い、変わっていきました。
読書が気晴らしになったのは言うまでもないですが、何より大きかったのは、本が僕に人間とは何か、世界とはどんな場所なのか、そして僕自身についても、多くのことを教えてくれました。そうして僕は自分の過去と、これまでの様々な選択を振り返るようになりました。
本は僕に自分の気持ちを言葉にすること、自分の気持ちを受け止めて、それをやりくりすることを教えてくれました。それが僕が犯罪の世界から抜けるきっかけになりました。これは紛れもない事実です。文学に触れることは、特に今まで文学と出会ったことのない人々にとって、人生を変えるほど大きな影響力があると強く感じています。

Haidar Ansari, Læs for Livet


子どもたちの声を聴きながら、ある時は出版社が新しい作品を作り、あるときはわたしたちボランティアが、寄贈された本の中から、かれらの希望に沿った本を選んで箱詰めしていく。まるでリレーのように。少しでも多くの子どもたちが必要とする本の世界と出会えるように。生きることが少しでも軽くなるように。そんなリレーに携ることができてとても嬉しい。

Læsforlivet.dk


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