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【恋愛小説】利用しませんか 12話「あの頃に」

12話 あの頃に

「どうぞどうぞ!」

緊張しながらも涼さんを部屋に案内する。
今日ばかりは、毎日掃除と片づけをしている自分を褒めてあげたい。

「買い物してきたやつ、ここでいいか?」

「ありがとうございます!」

キッチンの作業台まで運んでくれた涼さんに改めてお礼を伝える。

「お茶、飲みます?」

「頼む。なんか、いろんな汗出て疲れたしな」

そのいろんな汗の中に、私が原因による冷や汗というものが2つはあるような気がする。
涼さんに申し訳なく思いながら、キンキンに冷えた麦茶をコップにつぎ手渡した。

「どうぞ」

「さんきゅ」

涼さんは喉を上下させながら、ゴクゴクと一気に飲んでしまった。

「なんか、高校の頃思い出しますね。あのときはスポドリでしたけど」

「だな」

粉末タイプのスポーツドリンクを買ってきて、それを溶かして大量のスポーツドリンクを作っていたのを思い出す。

毎年、夏になるとマネージャーをしていた頃の思い出が色濃く蘇る。
その思い出はいつ思い出しても、ずっとキラキラしている。
私のキラキラした思い出の中にいる涼さんは、ユニフォームを着て野球をしていて、――――咲希先輩の隣で幸せそうに笑っている。

「…………暑いですね!窓、開けましょうか」

からから、とリビングの大窓を開けると、セミの大音量と共にわずかに涼しさを含んだ風が入ってきた。

あの頃より、私たちは大人になった。
涼さんと他愛もない話をしていると、あの頃となんにも変わっていなような気がするけれど、確実に大人になっている。

今年で30歳。高校を卒業して、いろんなことを経験してきた。
25歳あたりを過ぎると、世間からは立派な大人として見られてしまう。急に責任感が重くのしかかってくる。
恋愛に対しても同じだ。
結婚とか出産とか、いろんなものが自分の中に付け足されてしまって、恋というものをしんどくさせてしまっているような気がする。

でも、涼さんと再会した途端、16歳の私が出てきてしまった。
恋愛に対する責任感なんてほとんどなかった16歳の私が――――。

「……も、………いな」

窓の外を眺めていると、耳にやっと届くくらいの小さな声で涼さんがなにか言ったのが聞こえた。
けれど、セミの声にかき消され、ほとんど聞こえなかった。

なんだか、聞き返さないほうがいい気がして、私は聞こえなかったふりをした。

「すぐに作れるものなので、座ってテレビでも見ててください」

「…………じゃあ、今日はお言葉に甘えるとする」

涼さんはリビングにあるソファーにもたれかかり、テレビをつけた。
テレビの中では、高校球児たちが汗を流しながら、白球を追いかけている。

私は、甲子園の実況中継とブラスバンドの演奏をBGMにしてキッチンに立った。

♢♢♢

「お待たせしました!」

涼さんのところへ出来上がった料理を運んでいく。
なんにも反応がないので、ちらりと涼さんの方を伺うと、静かに寝息を立てて寝ていた。

疲れてたのに、無理させちゃったかな、とちくりと罪悪感が胸を刺す。

強引すぎちゃったかな。

涼さんの形のいい薄い唇を見つめながら、昨夜、ベッドの上で涼さんの唇から発せられた咲希という言葉を思いだす。

さっき、聞き取れなかったあの言葉。
もしかして――――。

「戻りたいな」

そう言ったのかな。

頭につくのは「高校のころ」じゃなくて「咲希先輩と付き合ってたころ」だったりするのかな。
涼さんが高校を卒業したあとの14年間を私は知らない。けれど、涼さんと咲希先輩の間には2人共有の思い出がある。

私の涼さんとの思い出は、たった1年しかない。

「…………人の顔見すぎ」

急に涼さんの目がぱちりと開き、慌てて誤魔化す。

「み、見てませんよ!ご飯できましたよ!」

食卓に並んだご飯を見て、涼さんは「うまそうじゃん」と言ってくれた。
その言葉に私は今すぐにでも踊り出したいような気分になった。
単純なやつだな、と自分でも思う。

「正直、おっちょこちょいなピーチから、こんなちゃんとしたご飯が出てくると思わなかった」

「なんたって、管理栄養士免許と調理師免許持ってますので」

「ドヤ顔やめろって」

「管理栄養士的に説明をさせていただきますと、涼さんは、食欲不振気味な気がしたので、薬味を活かした三つ葉の炒り卵と、セロリとグレープフルーツのゆず醤油で味付けた和え物、それから、肌荒れとくすみを解消し、血の巡りを良くしてくれる鯖缶まるごと入り味噌汁です」

「…………悪い、聞き取れなかった」

「もう1回言います?」

「いや大丈夫」

「で、これ飲んでください」

私は急須で淹れたばかりのお茶を涼さんの湯吞みに注ぐ。
湯吞みから、ふわふわと湯気があがる。

「夏なのに、熱いお茶かよ」

「夏だからこそ、ですよ!涼さんは、今胃腸が弱っている状態だと思うんです。だから、その状態が肌に出てきている。これは、はと麦茶なんですけど、はと麦茶は胃腸を整えてくれるんです。そして、夏に内臓を冷やしすぎないのは大事なんですよ!適度に熱を冷ますのも大事ですが、こうして温かいお茶を飲むのも大事なんです」

「へーーー」

「あ、聞いてなさそうな返事。…………身体を冷やさないためっていうのもありますが、なにより、温かいもの飲むとほっとしませんか?」

涼さんは、湯吞に口をつけ、ズズとお茶をすすったあとふっと笑った。

「…………そうだな、ほっとするかもな」

その笑みが昨日から見ている笑みよりも柔らかい気がして、私の心も柔らかくなる。

「じゃ、ありがたくいただきます」

「どうぞ!…………私も一緒に食べていいですか?」

「は?なんで許可がいるんだよ。いいに決まってるだろ。ピーチが作ったんだし」

「あ、ありがとうございます!」

「なんでお前がお礼言ってんだよ。ククッ…………相変わらず面白いなピーチは」

そう笑った顔に、胸が高鳴る。

私はドキドキと高鳴る胸の音が涼さんに聞こえていませんようにと願いながら、涼さんと食卓を囲んだ。


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