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誰かのためのごはん【短編】

経営してた三ツ星のフレンチレストランがつぶれ、借金を抱えた。

従業員は解雇し、自分はツテを頼って知人の店に。味の意見が衝突して辞めた。
何度かそれをくりかえして、ハローワークへ。
そこからまた何軒か転々とした。

今は格安のチェーンで、決まったメニューを出す日々だ。
味付けは会社が指定している。変えたらクビだと言われた。

クリスマスに、客なんか来やしない。

すみのテーブルに、牛丼を食べているサラリーマンがいるだけだ。

かつて客だったセレブ達は、どこかの有名レストランでディナーだろうか。プロポーズしたカップルは……

俺は、ここで、なにをしてるのか。

「料理は芸術だ」と包丁を操っていたシェフはもういない。
いるのは料理マシンだ。

両手に目を落とす。店も常連客も情熱もどこへいったのだろう。

「あの」
声をかけられた。
「は、はい?」
「会計を」

ひとり牛丼をかっこんでた年配のサラリーマンが、伝票をかざしてレジの前にいた。

「すみません、ただいま参ります」
慌てて立ち、レジを打った。
「350円です」
昔の職場より1桁すくない金額を伝えるのにも、慣れた。

いち、に、とサラリーマンは数えながら小銭を出した。財布は角がささくれていていた。

ぽつりと、
「久しぶりに人の作ったメシを食べた……」
聞かせるつもりはなかったらしく、最後のほうは口の中で消えた。
財布から色あせた母子の写真がのぞいていた。

家族がいるのかとかは分からない。ただ彼が、ふだん一人で食べているらしいということは伝わってきた。
俺が機械的に作った牛丼が、彼にとっては大事な一杯だったことも……。

「うまかった」
レシートを受けとると、サラリーマンは明るく冷たい冬の夜へと出ていった。

「あ──ありがとうございました」

すぼめた背中に、頭を下げた。



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こちらはTwitterの 140字小説( https://twitter.com/asakawamio/status/1342408236427710464?s=09 ) を、追加修正して再掲したものです。

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