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The Lost Universe 巨大単弓類①単弓類の始まり

単弓類たんきゅうるい。またの名を哺乳類型爬虫類ほにゅうるいがたはちゅうるい。その言葉に聞き慣れない方も多いと思います。端的に言えば、哺乳類の祖先を含む動物たちのグループーーつまり私たち人類のご先祖様です。彼らは地上の支配者として長く君臨しましたが、ある生物の出現によって生態系の王座から落とされてしまいます。
単弓類はいかに繁栄し、どんな種類を生んだのか。彼らを自然界の頂点から蹴落とした「ある生物」とは一体何なのか。知られざる人のご先祖様たちの歴史を、時代の歩みと共に学んでいきたいと思います。


単弓類とは?

哺乳類は爬虫類は両生類から進化したーそう理科の授業で先生に教えてもらった人は多いと思います。ですが、どのような生き物がどのような過程を経て哺乳類に至ったのかは、それほど詳細に学ばなかったのではないでしょうか。

大型両生類オオサンショウウオ(東山動植物園にて撮影)。彼ら両生類の中から、哺乳類の祖先(単弓類)と爬虫類の祖先が生まれました。
アフリカに棲む大型哺乳類クロサイ(東山動植物園にて撮影)。現代において哺乳類は地球上の全大陸に分布していますが、地球史の中では長らく弱者でした。
大型のヘビ類オオアナコンダ(東山動植物園にて撮影)。爬虫類の繁栄は長く、数々の環境激変を生き抜いてきました。かつては、爬虫類から哺乳類が進化したと考えられていました。

哺乳類の祖先は、最初からもふもふしていたわけではありません。単弓類と称される動物の最古参は、どちらかと言うと爬虫類的な外見をしていました。しかし、三畳紀以降に繁栄した一部のグループは、ほとんど哺乳類らしい姿へと変貌していました。
それでは、そもそも単弓類の定義とは、一体何なのでしょうか。

何をもって単弓類とするのか

旧来から使われている哺乳類型爬虫類という言葉には、分類学的な効力はありません。生物学者の間では、彼らは単弓類たんきゅうるいと呼ばれています。

全ての単弓類に共通する特徴として、頭蓋骨に「側頭窓そくとうそう」という穴があること。単弓類の側頭窓は眼窩がんか(眼球が入る穴)の後ろに左右1つずつ存在し、その下の骨が細かいアーチ型になっています。
ちなみに、ワニやヘビなどの爬虫類では、眼窩の後ろの穴が頭蓋骨の両側に2つずつ存在します。

単弓類キノグナトゥスの頭骨(豊橋市自然史博物館にて撮影)。目の穴の後ろに、もう1つ穴が開いているのがおわかりになりますでしょうか。この側頭窓の存在が、単弓類の大きな特徴です。

単弓類は、進化するごとに哺乳類らしい特徴をどんどん獲得していきます。特殊な歯や体毛や乳の分泌など、形態や生理において、新たなる特性が徐々に備わっていくのです。

ちなみに、単弓類は分類学的にはかなり大きな単位であり、我々哺乳類さえも含みます。広い意味で言えば 、人間も単弓類の一種なのです

哺乳類への道を歩み出した私たちの祖先。それほど偉大な存在なのに、古生物としては一般の人々にマイナーです。
それはおそらく、ある生物の陰に隠れているからだと思われます。

私たちの祖先は「ある生物」に負けた

古生代後期から長く地球上で大繁栄した単弓類たち。それでは、なぜ彼らは衰退していったのでしょうか。
理由は明白です。中生代の支配者となる「ある生物」が出現したからです。

ご先祖様を衰退させた「ある生物」。
それは、恐竜です。

時代が三畳紀に移り変わると、爬虫類の一群から恐竜たちが進化してきました。恐竜がめちゃくちゃ強いことは言うまでもないと思います
恐竜たちは直立歩行によって素早く活動的に動けるうえに、「気嚢きのう」という効率的な呼吸システムを有していました。当時の大気の状態を考えると、気嚢を備えている点は生存競争において極めて有利であり、恐竜はものすごい勢いで地上を席巻していきました。

恐竜時代初期の小型恐竜エオラプトル(豊橋市自然史博物館にて撮影)。三畳紀に誕生した恐竜はたちまち地球を支配し、ジュラ紀には地上最強の存在になっていました。

新たな支配者・恐竜の誕生は、地球史のターニングポイントです。恐竜たちの進撃によって、単弓類は日陰へと追いやられていきます。

ちょっとおかしいとは思いませんか?
私たちの祖先は単弓類です。
恐竜は単弓類を蹴落として、地球の王者となりました。ジュラ紀以降も恐竜たちは生態系の頂点に君臨し、哺乳類を圧倒していました。
なのに、どうして私たちは、ご先祖様の仇敵である恐竜をスーパースターのごとく崇拝しているのでしょうか

きっと答えは明白で、大半の人は「だって恐竜の方が強くてかっこいいじゃん」と答えるでしょう。確かにティラノサウルスやトリケラトプスは見た目的にも大きさ的にも迫力満点なので、古生物展示のスターとなるのは間違いなく恐竜です。

博物館の企画展でも、単弓類の展示だけにフォーカスしたものは少ないでしょう。イベントでの集客力という観点では、単弓類のフックは弱いと言わざるをえないかもしれません。せめて本記事では、単弓類がいかに魅力的な生物なのかをしっかり伝えて、ご先祖様への敬意を表したいと思います。

ティラノサウルスの全身骨格(豊橋市自然史博物館にて撮影)。確かに、このかっこよさを目の当たりにすると「恐竜の方が好き」という気持ちもわかります。

はるかなる哺乳類への進化の旅

単弓類が三畳紀の生存競争に敗北したことを強調しましたが、我々のご先祖様は決して弱者ではありません。恐竜が誕生するまで、単弓類は非常に長く生態系の上位に立っていました。

ご先祖様の獲得した形質、能力。それは現代の我々に受け継がれています。ふさふさした体毛も、子供を育てるための母乳も、全て単弓類から託された遺産なのです。

単弓類は、哺乳類への始まり。それでは、単弓類の祖先はいったい何だったのでしょうか。

ご先祖様の、そのまたご先祖様

判明している最古の単弓類は、カナダにある古生代石炭紀後期(約3億1130万〜約3億920万年前)の地層から発見されています。その時代には他の原始的な爬虫類も存在しており、単弓類の直接的な祖先種は、石炭紀前期または中期まで遡れると思われます。

現在のところ、単弓類と一般的な爬虫類の共通祖先の可能性が高い生物は、両生類から進化してきたウェストロシアナ・リッズィアエ(Westlothiana lizziae)もしくはそれに近い仲間だと考えられます(下記リンク参照)。

ウェストロシアナは約3億8000万年前(石炭紀前期)のスコットランドの地層から化石が発見されていて、その骨格には両生類のような特徴が特徴が認められます。しかし、足首や頭骨には明らかに両生類とは異なる特徴が見られ、爬虫類の前身的な存在だったと考えられています。

現在発見されている古生物の中では、ウェストロシアナは最初期の有羊膜類ゆうようまくるい(卵をしっかりと膜に包んで産み落とし、地上で発生し続けられるようになった動物)と思われます。ただ、前述の通り、ウェストロシアナにはまだ両生類的な特徴も少なからず存在するため、有羊膜類の起源については今後の研究で覆るかもしれません。

単弓類は、哺乳類と共に生きていた?

20世紀までの定説では「強力な恐竜の登場や気候変動により、三畳紀に単弓類は絶滅した」とされてきました。しかし、後の恐竜全盛期時代の地層からも単弓類の化石が続々と発見されるようになり、この学説は完全に覆りました。

確かに、三畳紀後半(約2億2340万年前)において、大半の単弓類が絶滅したと考えられます。それでも、系統は完全に途絶えたわけではなく、環境激変を乗り越えた種族が間違いなく存在したのです。
その証拠となる化石は、日本国内からも出土しています。代表的な例が、1997年に石川県にて発見されたモンティリクトゥス・クワジマエンシス(Montirictus kuwajimaensis)です(下記リンク参照)。本種の生息年代は約1億3000万〜約1億2000万年前(中生代白亜紀前期)と考えられており、ちょうど恐竜時代の真っ盛りに当たります。

この事実が示唆することは、単弓類は古代哺乳類と同じ時代を生きていたということです。恐竜が支配していた世界にて、ご先祖様の一族と哺乳類が白亜紀の森の中で顔を合わせていたーーそんな光景をイメージするとロマンがあふれてきます。

石炭紀に誕生した単弓類。彼らが白亜紀前期にも生存していたという事実は、実に約2億年(あるいはそれ以上?)もの間、単弓類の歴史が続いていたことの証明となります。

哺乳類への道を歩み、長く厳しい戦いを生き抜いてきた単弓類。ご先祖様のはるかな旅路を追ってみると共に、その過程でどのような巨大種が生まれたかを見ていきたいと思います。

【参考文献】
金子隆一(1998)『哺乳類型爬虫類 ヒトの知られざる祖先』朝日新聞社
小畠郁生(2007)『面白いほどよくわかる恐竜―その分類・生態から発掘史秘話・最新の恐竜研究まで (学校で教えない教科書)』日本文芸社
長谷川政美(2014)『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』ベレ出版
Matsuoka, H., et al.(2016)A new Early Cretaceous tritylodontid (Synapsida, Cynodontia, Mammaliamorpha) from the Kuwajima Formation (Tetori Group) of central Japan. Journal of Vertebrate Paleontology


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