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The Lost Universe 古代の巨大植物②巨大小葉植物

科学の発展と共に、生物の分類は変化していきます。陸上植物の種類は、コケ植物・シダ植物・種子植物に大別されると長らく考えられてきました。しかし、遺伝子や化石による系統分類学の進歩に伴い、植物界に新たなグループが生まれました。
その一群の名前は小葉植物しょうようしょくぶつ。古生代に超巨大な群落を形成した先駆者です。


小葉植物とは何者か?

古生代に大繁栄した維管束植物

端的に小葉植物が何かを申しますと、「かつてシダ植物と思われていたが、別のグループだと判明した胞子で増える維管束植物」です。ヒカゲノカズラやミズニラといった元・シダ植物は、分子系統解析の研究により、現在では小葉植物(ヒカゲノカズラ植物門)に分類されるようになりました。
小葉植物の多くは他の維管束植物とは異なり、葉脈が1本しかない「小葉」を形成します。シダ植物や種子植物の葉と見比べてみると、細長い突起のような形をしていることがわかります。

コンテリクラマゴケ。名前で勘違いされやすいですが、コケ植物ではなく小葉植物です

小葉植物は、シダ植物や種子植物と同様に、「維管束」という水や養分を全身に運ぶ管構造を有していました。根と茎と葉を備えている点も同じです。
植物界の中でもかなり早期に登場したグループであり、小葉植物とシダ植物の分岐は、約4億3760万〜約3億9280万年前(古生代デボン紀〜シルル紀)に起こったと考えられています。
小葉植物が本格的に地上を席巻し、大繁栄したのは古生代の石炭紀(約3億5900万〜約2億9900万年前)です。巨大な昆虫たちの暮らす森を成していたのは、ヒカゲノカズラの古い親類だったのです。

ヒカゲノカズラ属の一種。小葉植物は維管束を有しており、陸上で力強く生きていくことができます。

人類一同、小葉植物に感謝!

実を言うと、小葉植物は我々の生活を強く支えています。小葉植物が遺してくれた大地の財産があるからこそ、人類はたくましく発展してこられたのです。私たちの文明をここまで大きくしてくれた立役者は、なんとはるか太古の巨大小葉植物なのです。
読んで字のごとく、石炭紀の地層には膨大な石炭が含まれています。それはつまり、当時の地球に石炭の原材料が大量に存在していたことを示唆しており、その元になった生物こそが太古の植物たちなのです。

彼らは石炭に姿を変え、人類の進歩を支えました。19世紀の産業革命が爆発的に進んだのは、科学技術の向上だけでなく、古代の小葉植物に由来する化石資源のおかげなのです。何億年も前に生きていた植物が、時を越えて我々人類の発展を支えているーーその事実に、大自然と人のつながりのとてつもないロマンを感じずにはいられません。
では、どのようにして石炭ができるのかと言うと、それは植物の枯死から始まります。枯れた植物は大地に倒れ、その上に砂や土が降り積もり、地殻変動などの大地の変化を経て、植物は完全に埋没します。地中に閉じ込められた植物には圧力とマグマの熱が加わり、徐々に押し固められていきます。このような過程を経て、石炭の層が完成します。

石炭紀に生息していた巨大小葉植物・レピドデンドロンの幹の一部(大阪市立自然史博物館にて撮影)。高さ30~40 mにも達する彼らの植物体は多大な量の石炭を生み出し、人類の発展を支えました。

また、当時の植物たちの体や生態系は、石炭の産生に最適だったと思われます。
植物たちは大型化のために、「リグニン」と呼ばれる硬い物質を生成するようになりました。リグニンによって小葉植物は木の幹のごとく強固なボディを獲得し、大きくなっても陸上でしっかりと直立できました。リグニンを有する植物の体は腐りにくく、石炭紀の植物たちの遺骸はスムーズに石炭へと変わっていったと考えられます。当時の地球にはリグニンを分解できる菌類は登場していなかったようで、自然界で木質が劣化・腐朽することはほとんどなかったと思われます。

タケを使ったトンネルアーチ。イネ科の被子植物であるタケがこれほど硬く丈夫なのは、リグニンによる効果です。リグニンとは決して木だけが有する物質ではないのです。

こうして生み出された太古の巨大資源。そして、石炭が燃えることを知った人類は、古代植物のエネルギーを文明発展のパワーへと変えていったのです。
でも、疑問が1つ。「シダの親戚みたいな小葉植物が、あんなにたくさんの石炭に変わったなんて信じられない」と思われがちです。
答えは簡単です。太古の小葉植物は、めちゃくちゃ大きかったのです

石炭紀~ペルム紀まで栄えた植物の復元図(佐野市葛生化石館にて撮影)。これらの植物の体にはリグニンが豊富に含まれており、自然界で腐りにくかったと考えられます。彼らの遺骸は石炭へと変化し、人類の重要な資源となりました。

古代の巨大小葉植物

シギラリア ~全高30 m! 石炭紀の湿地にそびえる緑の巨塔!!~

いきなり大物の登場です。植物園で見かける高さ10 cmくらいのヒカゲノカズラの姿からは想像できないと思いますが、石炭紀の地上には10階建てマンションほどもある巨大な小葉植物が無数に立っていました。
代表種の1つがシギラリア属(Sigillaria)です。植物体表面の六角形の模様が封印の紋章に似ていることから、「フウインボク」の異名を与えられました。

高さ30 mに達した巨大植物シギラリアの化石の一部(大阪市立自然史博物館にて撮影)。幹の表面に並ぶ六角形の模様がトレードマークです。
シギラリアの復元図(栃木県立博物館にて撮影)。植物体が木のごとく硬質なので、巨体を支えることができました。

シギラリアの高さは約30 mにも達し、もはや小葉植物というより大木です。現代の日本の里山に生えていたら、周囲の木よりも抜きん出て大きく見えるでしょう。
リグニン由来の強固な体を備えるシギラリアは、もはや草ではなく大木です(生物学的に言えば、木というより草なのですが)。石炭紀の動物たちはまだまだ小さかったため、シギラリアの迫力には圧倒されたことでしょう。もちろん、後の時代の大型脊椎動物でさえも、大きさではシギラリアにはかないません。

レピドデンドロン ~まるで異世界の巨樹? 史上最大の小葉植物!~

シギラリアはとてつもない巨躯の小葉植物ですが、石炭紀の王様はさらに大きくて高い超巨大種でした。まさに異世界の物語から飛び出してきたかのような、ダイナミックかつファンタスティックな巨樹(厳密には木ではありません)。
その名はレピドデンドロン属(Lepidodendron)。高さ約40 mにも及ぶ、史上最大の小葉植物であったと考えられています。石炭紀の植物化石として最も多く発見されており、私たちに最も多くの石炭を提供してくれた植物だと思われます

レピドデンドロンの模型(豊橋市自然史博物館にて撮影)。幹にあしわれた鱗状の模様が彼らの特徴です。高さ約40 mと推定される巨大個体も発見されています。
レピドデンドロンの復元図(栃木県立博物館にて撮影)。枝は細く分岐しており、先端に胞子嚢穂があります。

レピドデンドロンの特徴は、植物体の表面にあしらわれた鱗のような模様です。この外観が由来となり、鱗の木ーーすなわち「リンボク」という別名で呼ばれることもあります。
小葉植物は胞子によって増殖します。レピドデンドロンの茎の先端には胞子の穂があり、そこから大量の胞子を飛ばしていたと思われます。超巨大なレピドデンドロンの群落が一斉に胞子を放てば、それはきっと壮観の極みだったことでしょう。

レピドデンドロンの「地中の茎」の化石(豊橋市自然史博物館にて撮影)。この1本だけで長さ約6 mあります。地中部分なので根だと勘違いされやすいですが、本当の根は植物体表面の窪みから生えていました。

巨大植物たちの生命エネルギーが詰め込まれた石炭。その奇跡の遺産があるからこそ、人類の大規模な産業革命は成し遂げ、科学全体の大いなる発展につながったのです。世界の原動力が再生可能エネルギーへと移り変わりゆく今、我々は学術資産として石炭を活用すべきだと思います。
莫大な量の石炭が大地に眠っているという事実は、異世界のような巨大植物の楽園が太古の地球にあった証なのです。その不思議な時代の実像は、これからどんどん解き明かされていくことでしょう。

【前回の記事】

【参考文献】
マイケル・J・ベントン(2011)『生物の進化 大図鑑』河出書房新社
巌佐庸, 他(2013)『岩波 生物学辞典 第5版』岩波書店
小川真(2013)『カビ・キノコが語る地球の歴史: 菌類・植物と生態系の進化』築地書館
土屋健(2014)『石炭紀・ペルム紀の生物』技術出版社
Morris, J. L., et al.(2018)Proceedings of the National Academy of Sciences 115(10): E2274-E2283.
長谷部光泰(2020)『陸上植物の形態と進化』裳華房
学研キッズネスト せきたんき【石炭紀】https://kids.gakken.co.jp/jiten/dictionary03400288/ 
九州大学総合博物館 石炭コーナー http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/publications/annual_exhibitions/MINE2001/02menu.html

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