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「ひまわりの見た夢」5

第5章

田口がいる。
明日香が飲み物を持って戻って来る。

明日香 「田口さん、クローンってまだ人間ではできないのかな」
田口  「クローン?なんでまた」
明日香 「もし私が死んだらさ、やってみて欲しいなって思って」
田口  「どうなんだろうなあ、でも明日香ちゃんのクローンができたとしても、生まれてから今までのやってきた経験が違うと、明日香ちゃんと同じ顔でも明日香ちゃんじゃない別の人になっちゃうんじゃないかなあ」
明日香 「そうか。先天的な部分は同じでも、そうじゃない部分があるか」
田口  「同じ顔かたちでも別の人間になっちゃうだろうね」
明日香 「それってなんだか逆に悲しいね」
田口  「でも、御麿さんはクローンなんじゃないかって噂があるよ」
明日香 「御麿さんはいいなあ。御麿さんみたいになりたい」
田口  「お願いだからそれはやめてくれ」
明日香 「やっぱり人は死んだら元には戻れないんだね」
田口  「だから明日香ちゃんもしっかり生きるしかないわけだ」
明日香 「私ね、田口さんと会ってから色々変わったって自分でも分かるんだ。他人の人生と自分の人生を比べてばっかりだった。あの子よりは幸せだけど、この子よりは幸せじゃないなって思うと、結局自分が一番不幸なんじゃないかって思っちゃう。だから不幸な人を探し始めちゃう。自分より不幸な人を探して、安心しようとして。でもそれじゃ一緒に不幸になっていくだけで、誰も幸せになんかならないんだ。そうだよね」
田口  「うん」
明日香 「田口さんはいつも楽しそうにしてた。私と一緒にいたって楽しいはずないのに」
田口  「いや、楽しいよ」
明日香 「でも最初はイヤだったでしょ」
田口  「イヤだったらあの頃だって一緒にいないって」
明日香 「ほんとは?」
田口  「すっごくイヤだった・・・何言わせるんだよ。違うって。あの頃の明日香ちゃんは確かにすごく悲しそうにしてたけど・・・本当は笑ってたいって、そう叫んでるように見えたんだ。だから俺は明日香ちゃんを笑わせたかった」
明日香 「ほんとは?」
田口  「ほんとに。あの頃は明日香ちゃんを助けたかったとかじゃなくて、とにかく笑わせたかった・・・なんだか分からないけど、明日香ちゃんが笑ってくれるだけで幸せな気持ちになれる気がしたんだ・・・」
明日香 「私にとって田口さんは、お父さんであり、お兄ちゃんかなあ」
田口  「お父さん!」
明日香 「あと親友かも知れない」
田口  「お父さん・・・でも明日香ちゃんにはお父さんもお兄さんもいるじゃない。何で俺が・・・」
明日香 「なんだろう・・・お父さんにもお兄ちゃんにも素直になりたいんだけどね。私が大事に思えば思うほど、遠くなっちゃうんだ。私が素直に喋ろうとするとどっかいっちゃうし、怒れば逆切れされちゃう」
田口  「うーん」
明日香 「私ね、三十になるまでにお兄ちゃんに殺される気がするんだ」
田口  「え?どうしてそう思うの?」
明日香 「お兄ちゃんは私のこと理解しようと思ってないから」
田口  「だから殺されるって思うの?」
明日香 「何となくだけど」
田口  「ダメだよ。そういうこと言っちゃ」
明日香 「え?」
田口  「大丈夫。兄貴に殺されるなんて、そんなことは絶対にない。そんなことを思うから余計に気持ちが離れちゃうんだよ。そんなこと絶対に有り得ない。だって『家族』なんだから。俺のことは信じなくても家族のことは信じようよ。きっといつか分かり合える家族になる。家族っていうのはやっぱりすごいもんだと思うよ」
明日香 「・・・うん。そうだね」
田口  「そうだよ。大丈夫だって!・・・大丈夫だって、だって家族なんだから・・・家族なんだから・・・」

明日香、悲しそうな笑顔で去っていく。
取り残される田口。
エレベーターの停車するような音「チーン」
食卓で今日子が朝食を食べていると、勉がやってくる。
サランラップを取り、自席に座って朝食に手をつける。
その様子を田口が見ている。

勉   「しょうゆ・・・」
今日子 「(しょうゆを渡す)」
勉   「あれ、姉ちゃん今日デート?」
今日子 「なんで」
勉   「いつもよりメイク濃いよ」
今日子 「うるさい」
勉   「どう?楽しい?大学生活?」
今日子 「浪人生よりはね」
勉   「そりゃそうだね」
今日子 「あんた、自分の好きな道に進めばいいんだよ」
勉   「何?どういう意味?」
今日子 「理系の勉強、嫌いでしょう」
勉   「嫌いじゃないよ」
今日子 「じゃあもっと身を入れて勉強したら?昨日も全然勉強してなかったよね」
勉   「そんなことないよ」
今日子 「三浪してまでこだわることでもないんだよ」
勉   「うわー!ヤラレター!」
今日子 「行ってきます」
勉   「いってらっしゃい」

大学へ向かう今日子。見送って自分の食事も終えた勉が部屋へ戻る。
明日香が入ってくる。すれ違いな二人。

明日香 「おはよう」
勉   「・・・おはよう」
明日香 「(ちょっと嬉しく)」
勉   「(憎しみの目、唾を吐き捨てる)」

勉の表情を確認するも家族を信じたい田口。

田口  「大丈夫!・・・大丈夫だよ・・・」

明日香、食べ終えて去る。
エレベーターの到着するような音「チーン」
田口、捌けようとすると絵里子に出会う。傘を持っている絵里子。

田口  「久しぶりだね」
絵里子 「良かったです。電話番号変わってなくて」
田口  「いつ明日香ちゃんから連絡が来るか分からないからね」
絵里子 「(小さく笑う)すいません。お忙しいのに」
田口  「いえ、最近ヒマでヒマで。絵里子ちゃんもすっかり大人だね」
絵里子 「もうあれから十二年ですから」
田口  「三十二か。三人で表参道でピザ食べたの覚えてる?」
絵里子 「はい」
田口  「懐かしいなあ。あの頃の全ての日をまだ覚えてる気がする」
絵里子 「うらやましいです」
田口  「それでも色々忘れてるんだろうけどね」
絵里子 「あの時は興味本位で明日香の彼氏を見たかっただけなのに奢ってもらっちゃって・・・なんかすいませんでした」
田口  「ちょっとまって。彼氏?誰が?」
絵里子 「違うんですか?」
田口  「え?何でそう思ってたの?」
絵里子 「だって明日香が彼氏だって言ってたから」
田口  「マジすか!」
絵里子 「もしかして、知らなかったんですか」
田口  「知らなかったです」
絵里子 「明日香のこと好きだったんですよね」
田口  「ああ・・・付き合ってとは言ったことある・・・でも断られた」
絵里子 「明日香らしい・・・あはは」
田口  「あはははは・・・。俺、付き合ってたのか・・・」
絵里子 「一番微妙な関係でいたかったのかもしれませんね」
田口  「・・・可愛い子だったな」
絵里子 「大好きでした・・・真面目で、迎合できなくて、正しいと思ったら絶対に曲げられなくて、よくぶつかったけど・・・ぶつかるときは大体私のほうが後ろめたくて・・・本当に生きることが下手くそで・・・」
田口  「本当に生きることが下手くそだった・・・」

絵里子、ハンカチを渡す。

田口  「・・・でも俺は、そんな生き方をしてる明日香ちゃんがうらやましかった。どこまでも真っ直ぐで」
絵里子 「嫌われやすいタイプですよね」
田口  「うん、嫌われやすい・・・でも良く知るとすっごくいい子なんだよね。俺、明日香ちゃんのこと勘違いしてる人たちに分かって貰いたくてさ。だってあの子、マリア様みたいだって思わない?」
絵里子 「いや、流石にそこまでは・・・」
田口  「そうか・・・そうだよね。友達だもんね」
絵里子 「田口さん、今でもメロメロじゃないですか」
田口  「そうだね」

二人、笑う。

田口  「家に一度でも遊びに行ってたら違ってたよなあ」
絵里子 「行ったことなかったんですか」
田口  「明日香ちゃんが亡くなる三日前に、うちに来てくれって言われたんだ。家族でケンカをしてて誰も分かってくれないから助けてくれって言われてさ。でも初めて家に行くのに家族の仲裁ってのも難しいでしょ。だから・・・」
絵里子 「ああ・・・」
田口  「俺は明日香ちゃんを見殺しにしてしまった」
絵里子 「そんなこと・・・あんな事件が起こるなんて想像できませんよ」
田口  「だとしても、結果はそういうことだ」
絵里子 「・・・」
田口  「絵里子ちゃん、明日香ちゃんからひとつ伝言があるんだ」
絵里子 「伝言?」
田口  「絵里子ちゃんと明日香ちゃん、仲直りできないままだったでしょ」
絵里子 「はい」
田口  「明日香ちゃんが殺さ、亡くなる前日、少しだけ会ったんだ。俺も家に行かなかったことでケンカみたいになってたから」
絵里子 「ええ」
田口  「そのときね、『そろそろ絵里子ちゃんと仲直りしたら』って聞いたんだ。明日香ちゃん言ってたよ『明日の夜、絵里子に電話してみる』って」
絵里子 「・・・」
田口  「明日香、絶対にあの日の夜に電話してたよ。でも結局電話する前に・・・」
絵里子 「本当ですか?」
田口  「これは本当に本当の話。絵里子ちゃんに会ったら最初に言わなくちゃって思ってた」
絵里子 「・・・ずっと引っ掛かってたんです。ありがとうございます」
田口  「早く教えてあげられなくてごめん(ハンカチを返す)」

そこにやってくる山崎。

山崎  「絵里子。終わった?」
田口  「もしかして、絵里子ちゃんの・・・ペット?」
絵里子 「あ、すいません。何してんのよ」
山崎  「ペットじゃありません。彼氏ですけど?何か?」
田口  「そうか。随分若い彼氏だね」
山崎  「なんすか?なめてるんすか?」
田口  「いや、そういう意味じゃないよ。よかったなあって思ってね」
山崎  「あ、そうすか」
絵里子 「バカなんですけど、結構いいとこもあるんで」
山崎  「バカじゃないっすけどね」
絵里子 「そういうところがバカなのよあんたは」
山崎  「なんだよ」
田口  「邪魔して悪かったね。絵里子ちゃんが元気で安心した」
絵里子 「田口さんも」
田口  「じゃあ、また。絵里子ちゃんを大切にね」
山崎  「ういっす」

田口、去ろうとすると雨が降り始める。

山崎  「雨・・・」
絵里子 「田口さん!」
田口  「?」
絵里子 「殺しに行かないでくださいね」
山崎  「え?ええ?」
田口  「(微笑む)」
絵里子 「気持ちは分かります。私も同じ気持ちです。でも殺したら田口さんが人殺しになっちゃいます。・・・殺すのはだめです」
田口  「(頷く)」
絵里子 「明日香のためにも約束してください」
田口  「うん」
山崎  「おい!絶対だぞ。約束したからな!(何故か自分の傘を渡す)」
田口  「分かった」

田口、去る。
絵里子、傘を差しながら見送る。暗転する。
エレベーターの到着するような音「チーン」
雨が強くなる音。
勉が歩いている。その後を尾行している田口の殺意。
しばらくつきまとう田口。
意を決して傘を畳んで握り締める。

田口  「勉くん!」
勉   「(振り向く)」

強い雨音、街の喧騒、対峙する二人。
暗転。
雨音カットアウト。
エレベータの到着するような音「チーン」



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